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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章

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64 引っかかり

 

 思わぬアクシデントにより、へそを曲げてしまったキラだったが、アシハラが100を超える雪玉を操った包囲弾の魔法を詫びとして教えてやると、彼女はすぐさまその魔法を会得して彼に復讐を果たした。無数の雪玉を浴びながら迫真の断末魔をあげるアシハラを見て、すっかり機嫌を取り戻したキラはますます彼との仲を深めていた。


「ちょっと……懐きすぎじゃないですかね?」


 私と大賢者はピクニックテーブルから二人の様子を見守っていた。テーブルの上には様々なホットドリンクの素とお茶菓子が並べられていた。


「そうね。でもまぁ、アイツの場合は単純に強くてタフなヤツが好きなんだろうな。見ろよ。あのオッサン、キラの魔法攻撃を正面からあれだけ受けてピンピンしてやがる。キラ!! ムガ相手だったら、アレを使ってもいいぞ!?」


 大賢者の声かけにキラが頷くと、彼女は杖から3本の魔力の鞭を伸ばして攻撃を仕掛け始めた。アシハラは驚きながらも雪原をピョンピョンと跳躍し、3本バラバラに動く鞭の間合いを見切った動きで完璧にかわし続けた。すると突然、3本の鞭は稲妻が枝分かれするかのように長さを伸ばし、そのうちの1本が轟音を立ててアシハラの右肩を捉えた。


「ぐわぁぁぁぁぁ!!?? アチャチャチャチャ!!!!」

「デュフフフフ」


 攻撃の効果だろうか、着ているローブの右肩の部分が炎上したアシハラは慌てて雪面に前のめりに倒れ込んだ。すぐさま何事もなかったかのように起き上がったが消火は間に合わず、ローブの右肩部分から袖までが燃え尽きて肌が露わになってしまっていた。アシハラの丸太のような二の腕には樹枝のように分岐した赤い模様が刻みこまれていた。それは先日、客船の中で大賢者が私に見せた傷と同じ種類の模様だった。


「吉良殿!! 御見逸れいたしました!!」

「……なんで死なねぇんだよぉ~!?? デュフフフフ」


 二人の様子を見届けた大賢者はキラ以上に満足そうな笑みを浮かべて私を見た後、甘い匂いをさせる温かいレモンティーを作ってそれをすすった。


「かぁ~……温まるねぇ!!」


 念のため私は大賢者のカップの中を確認した。紛れもなくただのホットレモンティーだった。


「あの二人に、もしもの事があったらどうする気ですか?」


 雪原をもう一度見ると、治療魔法のできないキラがアシハラの傷を優しく撫でている姿があった。それに対してアシハラは大げさに痛がり、心配そうな顔をさせていたキラの表情をあっという間に明るいものに変えてしまった。


「もしもの事って?」

「だからその……そういう……男女の関係などに……」

「ははははは!! 無くはないか!! 年齢的にはキラだって成人してるんだし、それはそれで問題ないじゃんか。美しいエルフと不細工な侍のラブコメかぁ……めちゃくちゃ面白そうだな、それ」


 私の話を真面目に取り合わず、大賢者は想像を膨らませて楽しみ始めた。


「あの子の事が心配じゃないんですか?」


 普段から父親面してるくせに、なんでこの件に関しては寛容な姿勢を見せるのか。私は彼の真意が知りたかった。


「ああん? キラの方が懐いてるのに、心配もクソもあるかよ。逆だったらさすがに俺だって警戒してるよ? お前のそういうところがルッキズムを感じさせるんだよ。勘違いされたくないなら、言動には気をつけた方がいいぞ?」


 何も言い返せなかった。しかし、あの二人の組み合わせは見た目が犯罪的であり……そういえば、前にもこんなことを考えていた。大賢者が言うように、深い根っこの部分で私はルッキズムなのかもしれない。


「それにあのオッサン、熟女にしか欲情しないんじゃないか? お前を見て若すぎるなんて言ってたし」


 それはそれで複雑な気持ちになる。魔女である自分が若いと言われても、侮られているような気分にもなるし、単純に嬉しい気持ちにもなる。それは私が言葉を素直に受け取れない年齢の境界線上にいるからそう感じるだけなのかもしれないが、今回の場合は……嫌な気分はしなかった、という所でひとます落ち着こうと思う。


「本当に、この世にそんな男が存在するんですか?」


 呪いによって姿が変えられていた期間を除いて、社会に出てから自分の親とそう変わらない年齢の、時にはそれ以上に年齢を重ねた男たちから、うんざりするほど、こちらに性的な嫌悪感を抱かせる言動を容赦なく浴びせられてきた。あろうことか、それに嫉妬してくるような壮絶な魔女たちなんかもいたりはしたが、それは別問題だとして、あの経験によって、世に生きるすべての男は例外なく若い女が好きだということは疑いようのない事実だと思っている私は、いわゆる年上趣味な男の存在を信じきれないでいた。


 私の質問を受けた大賢者はパチパチと目をしばたかせ、少し考えてから残酷な統計結果を吐き出した。


「……しないかも。言われてみれば、知り合いの熟女好きを謳っていた連中は、軒並み年下の若い女と結婚しているな。もしかしたらあの二人、本当にカップル成立するんじゃねぇか?」


 そう言って、大賢者は私から雪原の二人へと視線を移した。


「……ですから、そうなっちゃったら、どうするんですか!?」


 私は先ほどよりも感情をこめて彼に迫った。


「なぁに、楽しみが増えるだけのことよ。将来、俺の子供とあいつらの子供を戦わせたっていい。良かったぁ……半人半妖って人間より寿命が長いらしいから、そこだけが心配だったんだよね。友達なり、ライバルなり、どんな関係だっていい。同じ時代を生きられる存在が自分の子供にできるのは、こちらとしては大歓迎だ。今夜からあいつらを同部屋にしてやろうかな?」

「そんなこと!!」


 テーブルを両手で叩き、身を乗り出した。


「冗談だよ」


 大賢者は困ったように笑って私に再び座り直すように手を動かした。


「それに、決めるのは俺じゃなくてキラ自身だ。あらかじめ言っておくが、俺はアイツにそうするように頼まれたら喜んで応じるからな?」


 私は絶望し、絶句した。この旅における悩みがひとつ増えてしまった。


「なあ、タル。キラの事が心配なのはわかるが、行き過ぎた干渉というものは、なんというか……本人を幸せな生活から遠ざけてしまう行為なんだ。青春時代、俺自身が母親に死ぬほどやられていたからよくわかる。有能なお前を信じて、最初で最後の忠告をさせてもらう。あまり入れ込み過ぎるな。さもないとキラの根性は根っこから腐って、それでも芽吹かせ咲かせた猛毒の花からは胸糞の悪い花粉しか出さなくなるぞ? まるで俺のように、な?」


 卑怯な男だ。そんな説得力のある話を出されたら、こちらの考えに非があることを認めざるを得なくなってしまうじゃないか。私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「……何か、飲むか?」


 ぐうの音も出すことのできない私を気遣ってか、彼は優しくホットドリンクの希望を聞いてきた。


「……できるだけ、甘いやつをお願いします」


 毒には毒をもって制す。私は顔を上げ、頭痛の種を甘い飲み物で流し去ろうとオーダーをした。大賢者は私の心の痛みを共有するかのように眉間にしわを寄せながら何度も頷いていた。


「いい傾向だ。旅はまだまだ続く。俺たちや、キラの人生にしても同じことが言える。まだ起こりもしていない事を、今からそんなに心配してどうする? ……だが、最悪の事態を想定しておくという事は良い事でもある。俺はお前のそういった部分も買っている。また不安に陥ったら、遠慮なくいつでも相談してくれ」


 私はしばらくの間、差し出されたマグに浮かんだマシュマロをスプーンでかき混ぜて溶かす行為に無心で挑み続けた。





 気がついた時には、顔をツヤツヤに輝かせたキラが半裸のアシハラを従えて帰ってきていた。


「お疲れさん、なんか飲む?」


 大賢者が息ひとつ切らしていないアシハラを労った。


「いえ。自分はこれから、不殺の剣技を編み出すための修業をしたいと思っておりますので」

「真面目だねぇ……良かったら、今から俺が教えようか? 不殺の必殺剣があったの、思い出したわ。繰り返しになって悪いけど、下に降りてくれる?」

「御意っ!!」

「ギョイッ!!」


 不殺なのか必殺なのか、大賢者のよくわからない技の指南が始まろうとしていた。




 大賢者とアシハラは再び雪原へと戻った。私は何やら熱心にやり取りをする二人の様子と、それを土台から身を乗り出すようにして見ているキラが下に落ちないか、両方に気を配った。


「ドレインってわかる? 主に魔力を吸引する技術のことなんだけど」

「聞いたことはありますが、実際にやったことはありません」

「そうか。コツはねぇ、対象よりもちょっとだけ魔力を弱くすること。そうすると綺麗に吸える」

「ははぁ~……理解しました。魔力の流れを強制的に変えさせるわけですな?」


 一般的な魔女代表の私には、その説明だけでは全くと言っていいほどに全容が掴めなかった。しかしアシハラは異様な早さで理解を示した。それはアシハラの持つ魔法理論の下地が段違いに優れている証拠でもあった。


「うん。でも、あんまり弱くしすぎないように。魔力差がありすぎるとこっちが大怪我しちゃうから、気をつけてね? それと今回は魔力変換はしなくていい。吸い取った魔力はそのまま捨てちゃっていいから」

「承知」

「他にも要求される能力だとか、細かいことは色々あるけど、オッサンならなんとなくわかるだろうし、問題ないと思う」


 二人の前の地面からモコモコと雪だるまが生えてきた。大賢者が作り出した魔力の雪だるまだ。


「じゃあ、こいつ相手にやってみて。あ、そうだ。直接、素手でやってもらえる? その方が感覚的に武器に応用させやすくなるから」

「承知」


 すぐさまアシハラは雪だるまの頬のあたりに手を伸ばした。アシハラの掌と雪だるまの頬が触れるか触れないかという瞬間、雪だるまはボロボロと崩れて地面に還った。


「うまいね、さすが。今度はそれを自分の手じゃなくて、刀に伝える魔力の方を調整して……」

「ふむふむ……」


 声を落として、なにやらボソボソと男二人でひそめきあい始めた。おかげで、こちら側には会話の内容がほとんど聞こえなくなってしまった。キラだけはつけ毛をめくって尖った耳を澄ましてよく聞いていた。


「それじゃあ、本番いってみようかぁ!?」


 そう言って大賢者は先ほどよりも大きな雪だるまを出現させた。アシハラは刀の柄に手をかけて雪だるまと対峙した。


「接触……瞬間に察知……集中……」


 アシハラはすぐには斬りかからず、大賢者から受けたアドバイスと思わしき言葉を低い声で復唱した。


「……ムガ、頑張れ」


 凛と張り詰めた空気の中、キラは邪魔にならない小さな声でアシハラを応援した。


 ほんの短い時間だけアシハラの腰の前あたりがギラリと光った。それが抜刀によってもたらされたものだと私が認識した時には、彼はもうすでに雪だるまの後ろに移動して納刀まで済ませていた。


 大きな雪だるまはいくつもの魔力を持たない雪塊に分かれ、それらは重量感のある音を上げて地面に積み重なって小さな雪の山を作った。


 私はその場で見た映像を頭の中で何度か再生させた。地面に沈んでゆくどの雪塊にも、鋭利な刃物や打撃による衝撃で傷つけられたような形跡はなかったように思えた。


「そうだ!! それこそがレオナルド名物ドレイン斬りよ!! ムガよ、見事なり!!」

「……まっこと、感謝の極み」


 アシハラはにこりともせず、額に汗を浮かべながらその場で片膝をついて大賢者に向かって深々と頭を下げた。浮かれた大賢者とは正反対の、どこか緊迫感のある反応を見せたアシハラに対して私は少しだけ引っかかるものを感じた。


「カッコいい……けど、かわいいに戻ってほしいな……」


 隣のエルフがアシハラを見つめながらぼそっと口にした言葉には、もっと引っかかるものを感じた。

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