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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章

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62 採用試験

 

 テントの設営された土台の方まで全員で行っても、やはりアシハラは階段を上がろうとしなかった。大賢者がイライラしながら上がるように言っても、彼は「その資格はまだない」と言って聞かなかった。仕方なく私たちはその場で話すことになった。




「ふんふん……つまりぃ、子作りの約束をした魔女とエッチができなかったから、それに怒って謀反を起こしたってことね?」

「はい、その~……え~と……」


 片膝をついて首を垂れながらも、アシハラは気まずそうにチラチラと私に視線を送って来た。


「っていう事は、タルの事も狙ってるの?」


 聞きづらい事をズバリと聞ける大賢者のデリカシーのなさが、ここで役に立った。


「いえ!! そんなことは断じて!! 恐れ多いですし、その~……若すぎます!!」


 自動的に私がフラれたみたいになったが、確かに今のところは彼からそういう視線を感じることは一切なかった。それは男ばかりの職場に長年の間在籍していた身からすると、とても新鮮で不思議で不気味でもある事だった。


「若すぎるったってお前……タルはもう30だよ?」


 こいつ、ついに言いやがった。なにが『もう』なんだよ。あとでウィスキーのウォッカ割りでも飲ませてやろうか。


「え゛!? はえ~……若見え外国魔女様ですなぁ」


 アシハラが私に向けたのは列車の車窓に流れる風景を見るかのような無機質な目つきだった。


「その……どうして……私には興味がないんですか?」


 言葉を選んでゆっくり喋った結果、一瞬だけの変な雰囲気を獲得した。


「……あ、そういう意味じゃないですよ? そういう……私があなたに選ばれないのが気に入らないとか、そういう意味じゃなくて、それだけ子孫繁栄にこだわりを持っていらっしゃるのに……っていう意味です」

「ははははは!!」


 私は無粋に笑った大賢者を鋭くねめつけてやった。


「いや、お前の言いたいことはわかるよ? だけどお前の普段のキャラと違いすぎて、面白かった。笑ってゴメンな?」


 しっかり無視して、私はアシハラの方へ視線を投げた。


「そうですね……まず日本男児というのは、外国人へのコンプレックスのような感情がございまして……」


 アシハラは私と大賢者はおろか、キラにまで平等に顔を向けてゆっくりと説明した。


「なにそれ?」

「閉鎖されてた時代が長かった島国ですから、やはりその~……怖いんです」

「何が?」

「外国人が。特に魔女が」

「ははははは!! なんだそりゃ!?」


 大賢者はバカにしたように笑った。


「笑い事じゃあないんですよ? 初等教育の時点で習うんですから。外から来た奴らは信用できない的なニュアンスで。侵略者は皆殺し、みたいな。そういう外敵との争いの歴史が日本にはたくさんありまして。”外寇”って言うんですけど」

「ああ……そうか」


 アシハラの言葉を聞くと、大賢者は一転して理解を示す態度を見せた。


「でも、その教育ちょっと古いよね? 俺たち、日本に決闘の試合を観に行ったけど、誰からもそんな視線感じなかったし、何も言われなかったもん」

「時代は……変わった、のか……?」


 ジェネレーションギャップを大いに受けた様子のアシハラはそのまま黙りこくった。


「ねぇ~、レオ。オッサンの名前!!」


 大人の話に飽きたキラが大賢者を急かした。どうやら彼女はアシハラを仲間に入れたくて仕方がないようだ。


「ん~? う~ん……いや、俺は良いんだけどね。うちには厳しいルッキズムを持ったメンバーが居てだなぁ……」


 大賢者がこちらを横目で見ながら遠慮がちに言ってきた。


「誰がルッキズムですか!?」

「え? 違うの?」

「不当な偏見です!! どうして私があの姿のままでいたのか、あなたは知ろうともしなかったでしょう!?」

「そんな怒るなよ……それじゃあ、このおっちゃん一緒に連れて行ってもいいか?」

「それは……」


 自分の考えを言葉にすることに難航した。自分でもこの感情の正体がよくわからなかった。キラがアシハラに見せる好意的な態度。これが私の一方的な嫉妬による感情だったらまだいい。アシハラとキラが楽しそうに話していた姿を思い出す。まかり間違って、この二人が男女の関係にまで発展してしまったら? それを考えると、どうしても踏み切れない部分があった。他人と接していてこんなにも楽しそうなキラを見たことが無い。だけど、出会って間もない魔女に子供を産めとか言うようなオジサンと、ひとつ屋根の下で過ごさせても大丈夫なのか。とても心配だ。


「……まだ、あの人の、サクマの正体を聞いていません」


 私は話題を逸らし、自分の中のモヤモヤをごまかした。


「そうか。そうだったわ。あのオッサンは何者なんだ?」


 あれだけ怒って問い詰めていたのに、もう忘れている。まったく呑気なものだ。


「ヤツはいわゆる戦闘狂でして……噂によると”隔世継承”の事故で生まれた存在らしいです」

「隔世継承?」

「アジアに伝わる禁忌の魔術だよ。古くは中国から始まった、統治者のための継承技術を悪用したものだ。今でもそんなことやっているのか?」

「さすがの博識ですな。まぁ、魔道と悪道っていうのは切っても切り離せません。己が野心のために許されざる術を平気で使う人間っていうのは、いつの時代にも存在します。日本の魔法界に生きる者というのは、ほとんどが単一民族ではあるんですが、独自の魔術を持った民族も数え切れないほど存在しています。中には未だに知られてない民族までもがいると言われてまして」

「ふーん……その禁術を使って、日本の魔法族のいいとこ取りをした存在ってわけか」


 平気で怖ろしい会話がなされた。魔術で生成された人間なんていう悍ましい存在がこの世にはあるのか。私はサクマの感情のない顔を思い出し、身震いした。


「いえ。禁術は失敗して、ヤツには凶暴性だけが残されたそうです。人の事は言えませんが、堅気の世界なんていうのは当然適応できない男です。ヤツが国防軍に所属していた時、休みの日になると軍服を着て街の半グレどもを笑いながら殺しまわっていたそうです。悪魔すらも笑って殺す男。標的にされた連中はヤツを恐れ『悪魔殺し』というあだ名をつけた」

「問題行動だね。それで軍をクビになって、今は外神家の私兵か」


 私兵という言葉に納得させられた。どうりで見たことのない腕章だったわけだ。


「いえ。国防軍はサクマを守り、重宝しました。ところがどういうわけか、数年前に人が変わっちまったように突然大人しくなって、自らの意思で軍を辞めたそうです」

「ふーん……ところで、どうなの? 次やったら勝てそう?」

「こいつを抜けば、容易いことです」


 アシハラは左手の親指で鍔を少しだけ持ち上げて、光る刀身の一部を見せた。


「本当にぃ?」

「よろしければ、技をご覧になられますか?」

「そうこなくっちゃな……よーし!! それではこれより採用試験を始める!! 今のお前が使える最強の技を俺に叩き込め!! 遠慮はいらん!! 殺す気で来い!! これは命令だ!!」

「承知っ!!」

「おっ? 頑張れよ、オッサン!!」


 小さなファンが立ち上がったアシハラのお尻を叩いて声援を送ると、採用試験が始まった。





 試験は一瞬で終わった。私が認識できない速度で刀身を露出させたアシハラは、次の瞬間にはもう大賢者の右腕を深く斬りつけていた。そのあまりの速さに、あの大賢者が成す術もなく斬撃を受け入れることしかできなかったのは衝撃的だった。ただ、その技はすごく……本末転倒なものであった。


「ふはははは!! ダメじゃねぇかぁ!! なんだぁ!? そのクソ技は!?」


 致命傷を受ける前にアシハラをはじき飛ばした大賢者が腕の傷を魔法で治療しながらあざ笑った。


「『葦原流茨斬り』にございます!! 見ての通り、不可避の斬撃ですが技のスピードで生じた衝撃波により、こっちはこの通りッ!!」

「デュフフフフ」


 着ている物はズタズタに破れ、赤いふんどし一丁となったアシハラは全身血まみれになりながら胸を張ってその技を誇った。これではどっちが攻撃されたのかわからない。というか、なんでこの状態で立っていられるのか、それもわからなかった。


「この野郎……ふふっ、面白くなってきちゃった!! よし、次は面接だ!! 実技試験突破!! おめでとう!!」

「ありがたき幸せ!!」

「デュフフフフ」

「ちょっと、こっち来い。ふふふ、やばいな……すごい根性だ。ナイスナイス」


 大賢者の治療と着せ替え魔法によって、見事に実技試験前の姿に戻ったアシハラは面接試験へと駒を進めた。

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