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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章

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61 帰還

 

 アシハラの血色の悪い唇は動き続け、キラを楽しませていた。


「……納豆好きなの!? 渋いねぇ」

「オッサンは何が好きなんだ?」

「そうねぇ……マカロンとかじゃない?」

「わはははは!! オッサンがそんな可愛い物食べるわけないだろう!?」

「おいおい、ダメだよ? そんな差別的な考えを持っちゃ。世の中には色んな趣味嗜好を持った人がいるんだから」

「そうなのか? ……笑ったりして、すまなかった」

「まぁオジサンは言われた通り、マカロンなんか好きじゃないんだけどね?」

「なんだよーう!! 嘘つきクソオヤジ!! 真面目に教えろよぉ!!」

「はーはっはっは!!」


 キラがゲテモノ好きを加速させ、私が清潔感のかけらもないアシハラの見てくれにもようやく慣れてきた頃だった。


「……御免っ」

「え?」


 数秒にも満たない時間でアシハラは私の身体を片手で抱えキラの隣にまで移動させると、テントの設置された拠点全体を中規模の防御魔法で覆い、私たちに背を向けた。直後にオリーブグリーン色のローブを纏った魔法使いたちが隊列を組んで転移してきた。その集団はこちらの逃げ道を塞ぐように素早く両翼に三列ずつ並び、一番手薄な中央部分にはたった一人の男が手を背中に回して腰のあたりで組みながら立っていた。


 軍隊の動きに似ている。そう思った私は判断材料を求めて集団に目を走らせた。腕章には幾重にも枝分かれした鹿の角のような模様が翼のように対になって描かれていた。ぱっと頭に浮かんだ有名どころのどの軍にも採用されていないマークだった。


「よぉ~、サクマ。久しぶりだなぁ?」


 アシハラはその場から動かずに中央で立っている男に話しかけた。40代くらいだろうか。白髪交じりの髪は短く刈り込まれている。無駄を一切排除したような薄い顔立ちの男は無表情にアシハラだけを真っすぐに見つめていた。


「……桜子様よりお前を生け捕りにしろという命令が下された。大人しくついて来い」

「『悪魔殺し』があんな小娘に飼われてるのか? やめとけって。アレはダメだ」

「撃て」


 何本もの雷撃がアシハラに迫った。ところが攻撃をされた側のアシハラは全くの無傷で、仕掛けた側の左右に展開されていた隊列が1列ずつ雪原に倒れ込んだ。倒れ込んだ兵隊は転移魔法によってその場から消え去った。


「タル、オッサンが何をしたのか分かったか?」

「……さぁ?」


 私がわかったのは、アシハラが独特の文字が使用された魔法陣を自分の前と倒れた隊列の頭上に出現させたことだけだった。


「ちょうど3分の2だ。残されたチャンスはあと2回。どうする?」

「桜子様に卑猥な事をしたというのは事実か?」

「あ~……それは……勉強させてもらったよ? でもやっぱり、俺はもっと年季の入った魔女の方が」

「撃て!!」


 言い終わらないうちに再びの雷撃がアシハラを襲った。結果は同じで左右の隊列が1列ずつ数を減らしただけだった。


「おいおい、全滅する気か?」

「外神家は治療班も優秀でな。おかげで守る価値もない連中のために大切な部下の命を無駄にせずに済むようになった」

「……変わらないねぇ。もういくつになったんだよ? 本当は大義名分が欲しいだけなんだろう? 俺とサシで戦うための」

「撃てぇ!!」


 雪原に一人の男だけを残して部隊は消滅した。携えた刀をまだ抜いてすらいないアシハラが、私たちの方へ振り返り忠告をした。


「すまない。あいつは少し特別だ。悪い事は言わない。お嬢さん方はここから出てくれるな」

「オッサン……」


 キラは心配そうに表情を曇らせた。そんな彼女に戸惑ったような笑みを向けながらアシハラは優しく語りかけた。


「心配御無用。騒ぎが収まったら、またオジサンと楽しくお話してくれるかい?」

「……うん」


 美しい少女と約束を交わした醜男は背中を向けて雪原で待つ軍人の元へと歩を進めた。二人の男の距離が縮まり、お互いに手を伸ばせば届きそうな距離まで詰めると男はそこで足を止めた。


(ほだ)されたか? 随分と甘っちょろい感情を持つようになったものだな」

「まあな。俺の命の恩人たちだ。それに、こんなに子供に懐かれたのは生まれて初めてのことでね」


 サクマは鼻で笑ってから吐息をもらすと再び口を開いた。


「なぜ外神に逆らったりした?」

「いやぁ~、40(しじゅう)越えてからすっかりキレやすくなっちゃって。最近、自分でも困ってんだ。そっちはどう? 50越えると、日本男児はどうなるんだ?」

「益々、己が未熟さを感じるだけの事よ」


 会話を終えた二人はまるで友人のように目と目を合わせて笑いあった。それが騙し合いであったという事に私が気がついたのは、その日の晩にゆっくりとバスタブに浸かりながら一日を振り返った時だった。戦いはすでに始まっていた。瞬きをする間もなく鈍い音が響いた。サクマの頭突きがアシハラの額に決まっていた。眉間から流血させながらアシハラも頭突きを返そうとしたがその勢いは相手に利用され、いとも簡単に地面に投げられてしまった。


「嘘……」

「オッサン!?」


 私もキラも言葉を失った。大の字に倒れていたアシハラは手を使わずに勢いよく跳躍して起き上がり、袖口で血を拭ってから再びサクマと対峙した。どちらの顔にも笑顔は残っていなかった。


「抜け。お前の体術では俺には勝てん」

「やなこった」

「コラコラ、そこのジャパニーズおじさんたちぃ!! 俺様のキャンプ地で勝手に熱い戦いをおっぱじめないでくれるかなぁ!?」


 上空から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


 なんというタイミングだろうか。緊張感のあるこの場面に地球上でもっともふさわしくない男が、レオナルド・セプティム・アレキサンダーが姿を現してしまった。


 彼は空から滑るように降りてくると、侍と軍人の間に割って入り、二人の顔をキョロキョロと見比べ始めた。


「え~……えぇ?? どっちも悪党面なんだけど、どうしたらいいの? タルぅ?」


 助けを求められても困ったが、私はとりあえずのところの情勢を彼に伝えた。


「甲乙つけがたいですが、どちらかといえば軍人の方が良くない感じです!!」

「オーケー!! 理解した!!」


 大賢者はサクマの方に体を向けて交渉を始めた。


「後でいいタイミングで再戦させてやるからさ? 悪いけど今日は帰ってくんない? もうそろそろ晩メシの時間だし」


 対話に応じることなく、サクマは大賢者に右ストレートを繰り出した。次の瞬間、始めからその場所に置いてあったかのように大賢者の左肘がサクマの鼻柱に痛々しく突き刺さっていた。


 サクマはその場で崩れ落ちるように両膝をついた。鼻骨が折れたのだろうか、鼻を押さえる手の下から滴り落ちた血が雪原を赤く染めていた。


「御見事……」


 アシハラが惚れ惚れとした表情で大賢者のことを眺めながら言葉を漏らした。


「立てない? 良かったら、手ぇ貸そっか?」


 大賢者に挑発されたサクマは音も出さずにその場から姿を消した。


「……おぉい!! あのオッサンは何者だ!? 野郎、人間の分際でこの俺様に肘を使わせやがった!!」


 大賢者が怒り気味にアシハラを問い詰めた。いの一番に口を開いたのはなぜかキラだった。


「そのブスなオッサンはアシハラだ!! 呼びづらいから新しい名前を考えてやってくれ!!」

「このオッサンじゃなくて、消えた方のオッサンだよぉ!! お前じゃなくてこのオッサンに俺は聞いてるの!! やい、小汚いオッサン、あの小綺麗なオッサンは何者だ!? 俺の未来予想図とだいぶ違うんですけどぉ!? 本当だったらお前は敵のはずだったんですけどぉ!? わかるように一から説明してくれるかな!? 一体どうしてこうなった!? 」


 大賢者の感情の爆発はすさまじかった。いつもだったら不快な思いをさせられることが多いその怒号に、私はなぜだかほっとさせられていた。

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