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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
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60 アシハラという男

 

 私たちは現場から10メートルほど離れた岩場の上で高見の見物を決め込んでいた。


 灰色の熊は両肩の筋肉を盛り上がらせながら、猛スピードで男の元に突っ込んでいった。雄たけびをあげながら迫り来る猛獣を前にしても、男はその場から一歩も動かず、おもむろに携えていた刀を鞘ごと雪原に突き刺すと大きく息を吸い込む動きを見せた。


「刀、使わないんだ……」

「オッサン、死ぬぞ!?」


 熊の高速の右フックが男の顔に振り下ろされた。


「ゴルアァァァァ!!!!!!」


 熊の掌が顔に当たる前に男は怒号し、勝敗が決した。その声は男の倍以上もある巨大な熊を雪原のはるか彼方まで吹き飛ばす力を持っていた。男の目の前にいた巨大な熊の姿は消え去り、声の力で抉られた雪原だけが地平線まで続いていた。それは極めて特異な音の魔法だった。


 戦いを終えた男がゆっくり、ゆっくりと雪原を踏みしめて私たちの所へ近づいてきた。空きっ腹を抱え、背中を丸めている男の姿はひもじい思いをしているただの中年男性にしか見えない。感情によって魔力を高める魔女のような戦い方をする人間なのだろうか、それとも完璧にコントロールしてそういう魔法の使い方をしているのか。いずれせにせよ……。


「すいませぇ~ん!! 終わりました~!! どうか恩賞をお与え下さ~い!! 今にも飢えて死にそうです~!!」


 岩場の下でこちらに報告をする、この男の正体は未知の化け物であるということには変わりない。私は困り果て、なんとか理屈をつけてこの危険人物をこれ以上近寄らせない方法はないものかと頭を絞った。


「えーと……たたっ斬ってないですよね? 契約不履行ということで、今回は残念ですが恩賞は与えられません。どうかお引き取り下さい」


 矛盾はないはずだ。あの男は『たたっ斬ったら』と確かに言ったのだから。問題はそんな理屈が通じる相手かどうかだ。私はキラの手を握りしめ、全力でテントの設置された土台の場所をイメージすることに集中した。


「はっはっは!! いやぁ~、よく考えたらお子様も見ておられることですし、流血沙汰は良くないかと思い直しましてねぇ。そうかぁ。刀を使わなかったことが裏目に出ましたかぁ~。はっはっは、そうですかそうですか……御免ッ!!」


 男は目にもとまらぬ速度で抜刀し、自らの首に刃の根元を当てた。


「ちょっとちょっと!! 子供が見てますから!! やめてください!!」


 予想だにしない方向に事態が発展してしまった。話が通じすぎて自刃の覚悟を見せつけてきた男に、私は再び困り果てた。


「止めてくれるな!! おじさんはもう魔力のかけらも残ってないの!! さっきのが正真正銘最後の力だった!! そこで判断をミスっちゃったのは俺の責任だから!! このまま葦原の血筋を途絶えさせることにします!! 短い間だったけど、ありがとう!! 最期になんか、外国の、性格の良さそうな人たちに巡り合えて良かったです!! 世の中捨てたもんじゃないね!? さようなら!!」

「わかりました!! わかりましたから!! 一旦、刀を収めてください!! 食べ物で良いんですよね!?」

「ははははは!! 変なオッサン!!」


 改めて大賢者の凄さに気付かされた。獰猛な熊であるとか、こういう変なおじさんだとか、そういう存在を一切寄せつけない強力な結界を張ってくれていたのだから。彼は最初からずっと安心で安全な環境を与え続けてくれていたのだ。そんなことも知らずに、のうのうと彼の庇護のもとで過ごしていた自分が情けなくなり、恥ずかしくもなった。これからは態度の方は難しいかもしれないけれど、考えは少しだけ改めた方がいいかもしれない。突然訪れた中年侍との出会いは、私の人間としての奥行きを広げるものとなった。





 仕方なしに男をテントが設置された土台の下まで連れて行くと、彼はデッキまで上がることを遠慮した。見た目はかなり悪い人だったが、心持ちの方は良い人らしい。それでも万が一のためにキラと男を二人きりにさせたくなかった私は、彼女にテントにある食料を取りに行かせることにした。キラが持ってきたのは冷蔵庫でカッチカチに冷やされた米と生の人参一本、それと温かいインスタントスープだった。男は近くの岩に渡された食料を置くと、まず生の人参を勢いよく食べ始めた。


「どうだぁ? うまいかぁ、オッサン?」


 デッキに上がるための階段に座りながら、キラは男が立ったまま生の人参にかじりつく姿をニヤつきながら観察していた。私はキラと男の中間あたりに立ち、警戒を続けていた。


「うまくはない。だけど生野菜なんて久しぶりだよ。ありがとう、少しばかり生き返った。むぅ~ん……アチチチ!!」


 生の人参で回復させた魔力で、男は茶碗の中で冷やされてカチカチになった米の一粒一粒に熱を持たせ湯気を立たせた。この時点で男が魔王技術を使える人物であることに私は気がついた。男は温めた白米にインスタントスープを注いで手早く簡易リゾットのようなものを作った。


「デュフフ……何その食べ方。うまいのか?」

「これはうまい。今度やってみな?」


 あっという間にリゾットを平らげた男は満足したように腹をさすった。体格のわりには小食のようだ。もっとも、比較対象の大賢者が食べ過ぎなだけでよく考えれば普通の量だったのかもしれない。


「キラ、テントの中に入ってなさい」


 敵意があるのか、ないのか。男の立ち位置をはっきりとさせたかった私は、まずキラを安全な場所に避難させようと声をかけた。


「なんで!? こんな面白い顔、なかなか見れないじゃないか!!」


 キラは熱っぽく反抗した。男と出会ってからずっと、彼女は興味津々といった態度を貫いている。残念なことに、彼女の趣味嗜好が一般のそれとは全く違うという事が決定的になった。


「……吉良?」


 男は腫れぼったい瞼の下についた細い目をかっと見開き、どこか過剰に驚かせたような顔を私たちに向けてきた。


「なんだぁ? 私の名前に文句でもあるのかぁ?」

「いやいや、日本にもある名前だったもので……失礼」


 男はキラに優しい笑顔を向けながら軽く頭を下げた。


「ふーん……オッサンは何て名前なんだ?」

「葦原と申します」

「アシハラか……言い辛いな。あとでレオに名前を付けてもらうといい。デッドフェイスとか、リビングデッドとか……エビルグリズリーなんて良いんじゃないか!?」

「キラ、失礼なこと言うのはやめなさい」


 アシハラの容姿は(ひど)(みにく)い。私が今までに見てきた中でもトップレベルのものだ。けれども、それを直接本人に言うのは配慮に欠けた行為である。私はキラの行き過ぎた容姿弄りを注意した。


「……吉良?」


 男は先ほど見せた表情よりもさらに過剰に驚いた表情をこちらに向けてきた。


「デュフッ……おい、オッサン。それさっきやったぞ」

「これがジャパニーズ天丼スタイル」

「何言ってるか、わからん。それよりもオッサン、すごい魔力だったな。あんな魔法使えるようには見えなかったし、使うまで何の魔力も感じられなかった。なんでそんな……デュフッ、人が真面目に話をしているのに、なんでそんな変な顔してるんだっ!?」


 私も知りたいことを途中まで真面目に話していたキラだったが、会話の途中でアシハラと目が合ってしまった彼女は笑いながらふざけ始めてしまった。


「キラ!?」

「……吉良?」

「デュフフフフ」


 こんなにも、あの人の到着が待ち遠しい事は初めてだった。話が一向に進みやしない。アシハラという男は、ある意味大賢者よりも手ごわい存在なのかもしれない。

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