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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章

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6 新たなる旅

 

 1分とかからず、レオナルド・セプティム・アレキサンダーは部屋に戻ってきた。


 彼の到着を待たされたこちら側に変わったことはなく、変わったことといえば明らかに堅気ではない女性を彼が連れてきたことぐらいだった。その女性のいかにも男好きのする顔と体つきを見て、私は納得した。


「ぃよ~し、それじゃあこいつを頼む」


 大賢者は戻ってくるなりアランのことを指差しながら、連れてきた女性に指示を出した。


「この子、だぁれ? かわいい~」


 女性は甘ったるい喋り方でアランに迫った。察するに、彼女もまた大賢者から何の説明もされていないようだった。


「え? ええっと……」


 アランは迫りくる豊満な胸から視線を逸らさずに困惑しきっていた。


「シシーちゃんだ。ありがたく思え? 俺が賞金稼ぎ時代に世話になってた娼館のトップ嬢なんだぞ?」

「ねぇ、レオちゃん。この子に何してもいいのぉ?」


 シシーちゃんは大人しく座っていたアランの顔を愛おしそうに抱きしめていた。


「ああ。魔法界の未来のためだ。この若者に女体の素晴らしさと、魔女の恐ろしさをみっちり教えてやってくれ。金は気にするな。期間は……ここはいつまで使える?」

「ちょうど3か月で更新が止まります」


 聞かれるがまま、私はマンションの残りの契約期間を伝えた。


「そういうことらしい。3か月もあればまあ、大丈夫だろう」

「寝室はどっちかしら?」

「あっちです」


 私が最小限の動きで指をさすと、シシーちゃんはアランを寝室へと引きずり込んでいった。ダイニングルームに残されたのは大賢者と私の二人だけとなった。


「しっかし……こんな最低な家は久しぶりに見たな。見損なったぞ? おかげで食が全然進まなかったじゃないか」


 テーブルに残されたピザの箱はほとんどが空になっていた為、全然そうは思えなかった。けれど、家のセンスに関してはどうやら彼と合うみたいだった。


「……」


 私は何か言おうと口を開きかけたが、何から言えばいいのかわからなくなり再び口を閉ざした。


「諦めるなって。時間はたっぷりある」


 大賢者は笑いながらそう言って再びダイニングテーブルの一番いい席に深く腰掛けると、残り少なくなったピザを頬張り始めた。


「今日は……何をしに、ここへ?」

「お前の退職祝い。今までご苦労さん」


 嘘だ。この人がそんな気遣いを……する人だ、この人は。


「……ありがとうございます」


それまで抱えていた妬み嫉みを忘れ、私は以前そうしていたように彼と対話を始めた。


「もっと喜んでくれよ。かつての旅の仲間がせっかく訪ねて来たんじゃないか」

「仲間?」

「なんだ? 何か文句でもあんのか?」

「いえ……他の……仲間たちはどうしているんですか?」

「あー、そういえばゼノがさぁ、お前に会いたがってるんだって」

「ピィちゃんが? 元いた世界に帰ったんじゃ?」

「いや。孤独に耐えられなかったのか、結局戻ってきて今は実家の領地に住んでる。ウンディーネのとこで面倒見てるってさ」

「ソフィーさんとサラマンダー君は?」

「……zzz」


 大賢者が突然眠ったふりを始めた。ここまで散々好き勝手に騒いでおいて、これだ。


「そんなわけないでしょう? もういいです。大体話は読めましたから」


 蓋を開けてみれば、いつもの事だった。大賢者はパートナーと喧嘩中らしい。朝起きれば必ず喧嘩して、夜寝る前は必ずファックをする。彼とソフィーさんはそんな固い絆で結ばれている。


「いや、違うんだよ……ドワーフ探しに行くか?」

「ドワーフ? 急に? 何でですか?」

「その前にゼノも連れて行こう。それがいい。そうしよう。行こう」


 急に彼と会話ができなくなった。都合の悪いときはいつもそうだった。


 大賢者は勢いよく立ち上がって私の首元に手を伸ばした。


「襟をつかまないでください!! それに準備くらい……ぐえっ」


 大賢者は襟首を引っ張って私を無理やり立ち上がらせた。


「旅立ちに準備はいらん。無職……いや、無頼の魔女イシュタルの新たなる門出だ。 最低最悪なこの家とも、これで最後になる。なにか言い残した言葉はあるか?」


 屈辱的な恰好で姿勢を固められた私は部屋を見回し、やっとの思いでこう言った。


「……さよなら、私」


 新たなる旅路への扉を勝手に開かれた私はその扉を開けた無茶苦茶な男によって歪曲した空間へと誘われた。今月の新聞の支払いがまだ済んでいないことだけが心残りとなる旅立ちだった。

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