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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
55/160

55 行きたいところ

 

 雄大なカナダの大自然を前にして、人一倍テンションが上がっている男がいた。


「今日はここでキャンプ!! すげぇな!! キャナダの大自然は!! 全然飽きない!! 今日も蚊がすごい!! タル、バズーカ持ってきて!!」


 大賢者がその日のキャンプ地に決めた場所は、青々とした大きな湖が広がっている場所だった。周りは針葉樹の巨木が鬱蒼と生い茂り、湖のすぐ西側には巨大な岩山が切り立っている。なんとなく私はこの場所が、水の精霊ミラの家があった所に似ていると思った。


 静かな湖畔の雰囲気をぶち壊す大賢者に、私は特大サイズの『万能虫よけスプレー』を渡した。道中で立ち寄った小さな田舎町で買ったもので、そう広くない店内で大賢者が『エドガン!! エドガン!!』と、うるさく自分の父親の名前を呼び捨てで連呼していたことが思い出される逸品だ。


「ゴホゴホ!! とんでもねぇ!! このスプレー、なんか苦い味がする!! 俺の父親は何を考えてやがるんだ!! 販売禁止だ、こんなもん!!」

「貸して貸して!! 私もやりたい!! 私もやる!!」


 スプレーから噴射された煙を吸い込み大賢者が一人でうるさく騒ぎ立てると、エルフの少女キラもその騒ぎに加わってキャンプはより一層賑やかになった。そういったものは一切無視して、私はピィちゃんと一緒にテントの近くに設置されたピクニックテーブルに座り、スケールの大きい自然の風景を楽しむことにした。ただ座って眺めるだけで、この場に溢れる大きなパワーを得られるような気がした。


「エビルグリズリーが見たい!! 出るんじゃない!? 今夜あたり!!」

「エビルグリズリーって何だ!?」

「そんなもの、この世に存在しませんし、出ません!!」


 実際に得られたのは、騒音の発信源に対するイライラだけだった。エビルグリズリーは魔法界の昔話に登場する、少女に卑猥なことをしようとする想像上のモンスターであり、実際しない生物だ。私は、性懲りもなくキラに嘘を教えようとする大賢者のことを睨みつけた。


「またレオのウソかよ!! ウソつき!!」

「わかんねぇだろぉ!? まだ誰も発見してないだけの可能性だってあるんだから!!」

「でもいないんだから、ウソじゃん!!」

「甘い!! 最初はこの世の動物はすべて未発見だったんだ!! エビルグリズリーだっているに違いないね!!」


 大賢者は無駄に食い下がった。くだらない事ばかりに一生懸命になるのは、陸に上がってからも相変わらずだった。


 豪華客船の2週間に及ぶ旅を終え、無事バンクーバーへ到着した私たちは、そこからはるか北方に位置する山脈地帯に訪れていた。途中で人口4000人ほどの魔法使いたちだけが暮らす小さな田舎町に数日間滞在し、今に至っている。現在のこの状況の中で、私には一つだけ気がかりなことがあった。


「それで目的地の火山までは、あとどれくらいかかる予定ですか?」


 普段の彼だったらこういう事を聞いただけで、情緒がないだとか何だとか言い出して、しまいには怒り始めたりする。私は今の浮かれ切った彼の隙を突いて、ぼんやりとしたスケジュールをはっきりとさせるための質問をした。


「そうだなぁ……途中で巨人の里も寄らなきゃいけないから、一週間から10日間もあれば着くんじゃないかな?」


 初めて聞く情報が出た。『巨人の里』なんていう言葉は今の今まで欠片も出なかったはずだ。


「……巨人って、指輪に何か関係あるんですか?」


 巨人族に会ったことのない私は少しだけ胸を躍らせ、彼に巨人の里に『寄らなきゃいけない』理由を尋ねた。


「ないよ? ただ俺が行きたいだけ」


 大賢者はあっけらかんと言い放った。


「……それはまた、どうして?」

「でっかいのが好きだから」


 ……そうか。そうだ、そうだった。この人って、そういう人だった。実家の敷地から、この場所から、過去に関係を持っていた魔女の胸のサイズから、弟の横幅から、恋人の縦幅まで、彼の”好き”の対象はすべてが『大きい』という点で共通している事に私は気がついた。


 大賢者はバーベキューコンロのセットを終えると私の向かいに座った。父親に懐く娘のように、キラも彼の行動に(なら)った。そんな彼女の愛くるしい姿には一瞥もくれず、大賢者はテーブルの上に人数分のマグカップと、何種類かのインスタントドリンクのパッケージを並べ始めた。


「ソフィーさんも大きい人ですもんね……?」


 ソフィーさんに初めて会った時は驚いた。彼女の身長はとても高く、2メートルまではいかないにしても、190センチ近くはあったんじゃないだろうか。それだけ大きいのに、異次元のスタイルの良さを兼ね備えているのも、また驚かされるポイントでもあった。


「うん。今じゃ、すっかり小さくまとまっちまってよ。出会ったときは2メートルぐらいあったのになぁ……」

「今、ソフィーさんは何センチでしたっけ?」

「たったの180センチ」

「十分だと思いますけどね……」


 大賢者は私と話をしながら、キラの好きそうな甘いドリンクのパッケージを開けて、彼女の為にそれを作り始めた。ストロベリーとチョコレートの強烈な甘い匂いを漂わせる濃い茶色をした粉末をマグの中でお湯に溶かすと、いとも簡単に体に悪そうなホットドリンクが出来上がった。その様子を待ちきれないといった表情で見ていたキラは、大賢者に湯気立つマグカップを渡されるとすぐにそれを口元に運び込んだ。


「あっつ!!」

「ふはははは!! 当たり前だ、愚か者め。熱湯だぞ? 俺にも一口ちょうだい」


 二人は仲良くひとつのマグに入れられた飲み物を分かち合った。はたから見ても、本当に親子のような関係になってきたと思う。問題は父親が娘に誤った情報や、体に悪い飲食物を進んで与えたりすることだった。


「あ~、これはホットミルクに溶かしたらもっとうまいだろうな。買い物リスト、ミルク!!」


 大賢者は何もない所からペンとメモ用紙を取り出し、本日の買い出しリストを書き込み始めた。


「はい、今夜食べたいもの、買い忘れたもの、欲しいもの、じゃんじゃん言ってくれ」

「アイス食べたい!!」

「お野菜が足りてないです。あとお米があると、キラの朝の機嫌が良くなります」

「ピィッ!!」

「アイス……ヤサイ……コメ……エビ……」


 大賢者は読み上げながら、全員の要望をメモに書き足した。


「あの……ピィちゃんの言ってることがわかるんですか?」


 前々から気になっていた事だった。大賢者は普段から会話をしているような感じでピィちゃんと接している。


「いや、全然。フィーリングってやつだな。エビ好きな事は間違ってないし。なぁ、ゼノ?」

「ピピィッ!!」

「刺身ぃ!? バーベキューだっつってんだろ? まったくお前は情緒ってもんが……サーモンでいいか?」

「ピィッ!!」

「ははは、せっかくのキャナダだしな?」

「ピィ!! ピィ!!」


 喋れてると思う。彼は否定したけれど、これで全然わからないなんていうのはバカげてる。絶対に、何か秘密があるに違いない。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。一応結界は張っておいてあるけど、あまり遠くまで行くなよ?」

「気をつけてください。あ、それと売っていたらキラのために納豆と焼き海苔もお願いします」

「ああん? 売ってたら、な?」

「いってらっしゃ~い!!」


 大賢者は立ち上がり、転移魔法で買い出しに出かけていった。昨日もキャンプをして、今日もキャンプをする。おそらく明日も、その次の日も、『巨人の里』とやらに着くまでは、ずっとこんな生活が続くのだろう。空と海と潮風を浴び続けた日々の次は、大自然と向き合う日々になりそうだった。

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