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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章

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50 魔法史:補講 『氷の女王フレデリスと狂戦士アンセル』

 

 今から約1900年前、現在でいうところのグリーンランドを支配していたのは『氷の女王フレデリス』だった。


 当時、緑豊かだったその島国は地上の楽園と呼ばれ、侵略しようとする外敵が絶えなかった。それらの防衛戦においてフレデリスは側近であり恋人でもあった『狂戦士アンセル』と共に次々と勝利を収め、島民たちから熱狂的な人気を集めていた。


 しかし、次第に独裁体制を築くようになったフレデリスは民衆から猛反発を食らった。ついには討伐隊が結成され、フレデリスは自らの居城で瀕死の状態にまで追い込まれてしまう。城外での戦闘を任されていた狂戦士アンセルは、恋人の窮地を救うため城内へと戻った。アンセルは獅子奮迅の勢いで暴れまわるも、討伐隊の手によりフレデリスの目の前で殺害されてしまう。これに怒り狂ったフレデリスは、自らの命と残されたすべての魔力を使って島全体に呪いをかけた。フレデリスの呪いによって島民の9割以上は死に絶え、島は半永久的に雪と氷で閉ざされることになった。





「ヤバ……。そんなヤバい人なのに、なんで魔王って呼ばれてないの?」


 首を傾げながらユリエルに質問したのは、補習授業の常連のアルファであった。


「それについては単純に被害が及んだ規模の問題ですね。大陸規模で何か国にも被害をもたらした魔王たちに比べて、フレデリスの場合、実際に被害が出たのはグリーンランドという一つの島国であったという事が理由です」


 ユリエルは感情をあまり込めずに、事務的に説明した。


「へえ~、そんなもんなんか」


 ユリエルよりもさらに感情を込めず、猫背の女生徒イオナが感想を口にした。


「はい。世の中そんなもんです」


 イオナのあまりのリラックスぶりを見て、ユリエルは笑いを漏らしながら言った。


「そういえばさ、歴代の魔王って男ばっかりで、全然魔女いなくね?」

「そうですね。例外として第7魔王が性別不明ですけれど、それ以外はすべて男性ですね」

「それってなんか理由があるの?」


 アルファは新たな疑問点を次々に見つけ出してユリエルに質問し続けた。


「うーん……俗説になってしまいますけど、魔女というものは基本的に組織的な活動や、自分が関係しない争いごとなどに無関心だから、なんて言われたりしてますね。ですから魔女の場合は自分の研究に没頭したり、今回お話したフレデリスのように一か所で名を揚げるタイプの人が多いと一般的には考えられています」

「ふ~ん。ユリちゃんはどう思ってるの?」


 アルファはどこかで聞いたことのある一般論ではなく、目の前の男の意見を知りたがった。その方が彼女にとって納得できる場合が多い事を感覚的に理解していたからであった。


「そうですねぇ……当然かもしれませんが、その俗説がすべての魔女に当てはまるわけではないと思います。例えば、私が国際魔法警備局に勤めていた時の話ですが、そこに所属する魔女の数はやはり極端に少なかったです。ですが、彼女たちは全員共通して滅私奉公の気概を持っていました。また、非常に血気盛んな同僚の魔女なんかもいたりして、当時の私はそういう人たちと出会って、天地がひっくり返るような衝撃を受けたことをよく覚えています」


 懐かしそうに顔をほころばせながら、ユリエルは実体験で学んだことをアルファに還元させた。


「国際魔法警備局って……マジ!? ユリちゃん、IMSBで働いてたの!?」

「エグ……」


 二人の生徒は驚きの表情のまま顔を見合わせ笑いあった。


「ははははは!! 鏡見てんのかと思った!!」

「あっはっは!! アルファ、驚きすぎや!!」


 まるでにらめっこだった。ユリエルは幼稚園に勤めていた頃の事も思い出さざるをえなかった。




「ぶっちゃけさぁ、フレデリスみたいな魔法史上に残っとる魔女と魔王って、どっちが強いん?」


 一息つき、落ち着きを取り戻したイオナはお得意の強さ議論を持ち出してきた。


「一撃の破壊力でいえば、間違いなく魔女ですね」


 ユリエルは迷わずに即答した。


「へぇ~……どうして?」


 納得したような雰囲気を醸し出していたアルファは納得していなかった。


「だってそうでしょ? 島ごと凍らせるのと、高速飛行とか完全無詠唱の殺しの呪文とかでは、比べるまでもないと思わない?」


 ユリエルは固い言葉遣いが取れて、本性がほとんど明るみに出ていることに気がついていなかった。彼はそれほどまでに議論に真剣に取り組んでしまっていた。


「でもフレデリスは一発撃って死んじゃってるよ?」


 アルファの物の言い方は、ユリエルの社会生活を送る上で着こんでいる鎧を打ち砕くものだった。彼は彼女の着目する点の魔法的センスの良さに、熱い思いを滾らせずにはいられなかった。


「そうなんだよ!! そこなんだ!!」


 ユリエルは興奮気味にアルファに顔を近づけた。すると、彼女の左のこめかみから頬にかけて赤いサソリの紋章が浮かび上がった。


「その……失礼しました」


 冷静さを取り戻したユリエルは十分に距離をとって、アルファの心の安寧を図った。


「いいよ。 続き聞かせて?」


 余裕の表情を演じ、アルファは話の続きを促した。イオナはその様子を見て声を出さずに笑った。


「えーと、なんでしたっけ……」

「フレデリスが強力な魔法を一発撃ったら、死んじゃうよって話」

「あ、そうそう。それで実際問題、何を強いとするか、っていう話ですね。以前少しだけ話題にしましたが、大変難しい問題です。狡猾さと瞬間的な破壊力で言えば魔女、勇猛さと継戦能力で言えば魔王、というところでしょうか」

「けーせん?」

「えーっと、軍隊や部隊などを使って戦い続けるのが上手ってことです。実際フレデリスも軍事は全てアンセルに一任していたそうですから」

「なるほどな。じゃあ、そういうオンナどもが徒党を組んだら、サイキョーってことか」


 議論を投げかけた張本人が結論を出した。


「素晴らしい発想だね。実際、イオナ君が言ったような、魔女だけで構成された反社会的勢力もいくつか存在しています」

「怖っ。大丈夫なの? その人たち、捕まえなくて」

「捕まえたいけど、捕まえられないんです。まあ、いつかは捕まるけど。そういう勢力っていうのは非常に厄介でして」

「どういう風に?」

「うーん……そんな話はここでしたくないですね」


 大切な生徒たちにそんなことに興味を持ってほしくないという、ユリエルなりの親心からの言葉であった。


「ケチ!!」

「せや!!」


 当然ながら、親の心子知らずであった。


「ははは。今日は少し早いですけれど、ここまでにしましょう」


 計算よりも話が逸れてしまったが、いつもより内容のボリュームとレベルを落としたユリエルは満足しながらその日の補習授業を終わらせた。

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