5 不安定で不規則な魅力
「方乳は?」
「嫌です」
「それじゃあ手マンは? ところでなんで手マンて、手マンなんだろうな。普通だったら手マンじゃなくて、指マンって言うと思わない? だって手まで入っちゃったら、それはまた別のプレイだもんな?」
最低な手の動かし方をさせながら大賢者は心底楽しそうに話していた。その場にいる者の中で笑っているのは彼だけだった。
「知りません」
「うーむ、困った。頭の固い魔女は股のガードも固いという俗説は本当なのかもな」
「別に固くはありませんよ。これがもし任務だったら、そうしていますから」
私がそう言うと、レオナルド・セプティム・アレキサンダーは舌を出し、こちらをからかうような表情を浮かべた。それに対し無関心の表情を返すと、彼は小さくため息をついてアランの方に顔を向けた。
「というわけで、やっぱりダメみたい。あきらめたまえ、若者よ。こいつの身柄は俺が預かるから、心配しなくても……ん?」
大賢者はそれまで黙っていたアランが申し訳なさそうに小さく手を挙げていたことに気が付き、笑顔のみで発言を促した。
「さっきからその……俺がイシュタルさんと、その……俺が望んでいるのは、体の関係じゃなくて……」
「ほう!! すると、君はあくまで対等な関係を望んでいるわけか。コイツと男と女の関係になりたい、と。そうなんだな?」
大賢者の要約にアランは自信なさげに小さくコクリと頷いた。
「君、それはもっと無理な話なんだよ。わかるかい?」
「えっと……それは、どうして?」
「あぁ? ……ったく、しゃあねぇな。野暮だから好きじゃないんだが、たまには真面目な話でもするか。タル、そろそろ俺のセクハラにも嫌気がさした頃だろう? 席を外してもいいぞ?」
家主でも何でもないのに、この言い様である。しかもハラスメントについては自覚のある旨の発言も飛び出した。それらについては、いまさら何も感じない。この場合においての大切なことはもっと別のところにある。この人の言いたいことの本質は私に対する警告であり、彼なりの気遣いでもあった。
「構いません。続けてください」
私の返事はこれだけで十分だった。大賢者はどこか諦めたような、寂しそうな目で私を見て
「……わかった」
と呟き、たっぷりと余裕を取ってから颯爽と口を開いた。
「お前はタルと同じ特防課だったな? ということは、拷問訓練を受けたことがあるな?」
「はい」
先ほどまでのアランとは別人のような勇ましい返事だった。どうやら仕事に関しては自信があるらしい。
「実際に、敵にとっ捕まったことは?」
「ありません」
大賢者は微笑みをたたえアランの簡潔な返事を噛みしめるように頷いた。別人のようになったのはアランだけではなかった。大賢者の全身からは繊細な優しさが溢れ出ていた。
「タルはあったんだよな?」
私は黙って頷いた。
「タルはさぁ……魔女なんだよ。こいつの能力とか、そういうのは関係なくて。魔力的にこう……違うわけ。俺たちとね? そこには単純なる性別の壁と、複雑な魔法族の歴史ってもんがあって。要するにまぁ、俺たち男の魔法使いが受けるそれよりも、比にならん苦痛と屈辱を受けたことがあるってことだ。想像するのは構わないが、まかり間違っても訓練なんかと比べてくれるなよ? いいか、小僧? この俺様がこの場で言葉を伏せるような、とてつもない仕打ちだ。それをこいつは受けたことがあるんだよ」
ゆっくりと、できるだけ慎重に言葉を選んだ様子で、大賢者はアランにもわかるように淡々と言葉を紡いだ。
「結果的に、こいつにかけられた呪いは俺が無理やり解いてやった。だけど、また別の問題があってだな。こういう性格のやつは、一度呪いを受けると厄介な存在になっちまう。そうだな、もっとわかりやすく言うと……こいつは誰にも言えない、特別な”痛み”を抱えて今も生きて続けているし、これからもそれと向き合わなきゃいけないんだ。だから坊やがこいつと対等に、なんて関係性を求めても、それはどだい無理なわけだ。わかったかい?」
……本当に、おかしな人だ。つい先ほどまで不快な排便音をまき散らし、聞くに堪えないセクハラをしてきた人物と同じ人間とは到底思えない。まったくもって突然に、不規則に、彼はこうして高尚な部分を出してくることがある。彼の言葉は私の隠された部分を震わせた。とてもまともではない、この変人だけが私の魂に響く言葉を言ってくれる。少々荒っぽくはあったけれど、励ましてくれたこともあった。今日この時に彼がここに来てくれたのは、私のためなんじゃないだろうか。私は本気でそう思いながら、自分の意志とは関係なく左の眼から勝手に一筋の涙がこぼれ落ちたのを感じていた。
「……とはいえ!! 特防課の未来を担う若者が童貞というのはまずい。もしも敵の魔女にとっ捕まって『永久の契り』でも結ばれちまったりしたら、厄介なんてもんじゃない……だよな?」
いつもの調子に戻った大賢者が、私に同調を求めてきた。当然、この場合は強く肯定した。残念だが、彼の言っていることは本当に正しいことだった。
「な、なんで俺が童貞だってわかるんですか?」
「大賢者だからだ。よーし、今度こそ俺に任せとけ。少し待ってろよ?」
レオナルド・セプティム・アレキサンダーは立ち上がるとアランの肩を軽く叩き、音もなくその場から姿を消してしまった。




