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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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49 少女が憧れていたのは

 

 テラスデッキまで戻ると、重厚な丸太のピクニックテーブルに座ったキラが顔を真っ赤にしてプラムのケーキをおちょぼ口で食べていた。両隣にはユリエルとメアリーが彼女の事を守るようにして座っていた。


「よお!! 元気そうじゃんか!!」


 大賢者が3人に向かって話しかけると、ユリエルの膝に乗っていた三毛猫が飛び降りて、猛スピードで家の中に入っていった。


「あの猫、俺の事嫌いなんだよなぁ……」

「そんなことないですよ~。お義兄様の大きな声に驚いただけです」


 私たちが出かけている間に何かがあったという事なのだろうか。あれほどキラに嫉妬していたメアリーが上機嫌にフォローになっていないフォローをした。私たちは3人が座る向かいにピィちゃんを挟む形で腰掛けた。


「よかったね、キラ。二人とも優しくしてくれて」

「お……うん」


 キラの返事はケーキの食べ方と同じでお行儀が良かった。私と大賢者では叶えてあげることのできない至福の時間を、彼女なりに楽しんでいるようだった。


「お使いありがとうございました。ちょうどよくケーキが焼けたところです。皆さんもぜひご賞味ください。なかなか市販のプラムでは味わえない、濃厚な仕上がりになりましたよ~。あ、キラちゃん、紅茶がもうありませんね」


 メアリーはキラのカップに並々と紅茶を注ぎ、ユリエルは小皿に人数分のケーキを取り分けた。何気ない動きではあったが、夫婦の見せる絶妙なコンビネーションには一切の隙が感じられなかった。


「うまいっ!! おかわりっ!!」


 大賢者はケーキを口に入れる直前に感想を言ったが、誰も彼に構う事はなかった。もちろん私も下らない戯言を無視して、プラムのケーキを食べることを優先させた。思ったよりも酸味の効いたそのケーキは、たっぷり添えられた甘みのない生クリームを口に入れることで素晴らしいハーモニーを堪能することができた。世の中にはこんなケーキもあるのかと、私は静かに感動を覚えた。


「イタリアーノさんたちはいかがでしたか? お元気していましたか?」

「ああ、お元気お元気。今度、ユリエルに家禽(かきん)のやり方を聞きたいってよ?」


 一つ目のケーキを二口ほどで食べ終えた大賢者が巧みに話を誇張した。


「へぇ……それは、職業としてですか?」


 大人しかったユリエルが眼鏡をキラリと光らせた。


「いや、そんな大層なもんじゃなく、自分たちだけで全部賄ってみたいんだとよ。自給自足ってやつだな」

「となると……楽しみが増えました。イタリアーノさんたちに先月いただいたトマトが非常に素晴らしいものだったんです。きっと家禽の飼育もうまくいきます」

「そうそう!! そうなんですよ!! お店で売っているものと変わらないどころか、それ以上に美味しかったんです!! 先生、ところでカキンってなんですか?」


 夫婦の間に挟まれたキラが喋った方の顔を交互に見上げていた。


「家禽は家畜の中でも鳥類のことを指す言葉だね。今回の場合は3羽ぐらいでニワトリの飼育を始めるのが無難かな」

「ニワトリですかぁ……やっぱり朝からうっせぇんですかねぇ?」

「対策はいくらでもできるから、その点は心配ないさ」

「心配なんてしてませんよ? 先生がいらっしゃいますから」


 キラの頭の上で新婚夫婦が熱い視線を交わした。二人が今にも唇を重ね合わせそうな雰囲気の中、私は率先して口を開いた。


「でもっ!! 本当に大丈夫なんですかね? 清掃作業は大変だろうし、結果を得るには時間もかかります。最終的にお肉を得るにはその……覚悟だって必要になることですし」

「それに金もかかる。ユリエル、今回の事は実は俺が言い出した事なんだ。費用はすべて俺が出すから、お前は遠慮なく力の限りにやっちまってくれれば、それでいい」

「いや、そういうわけには」

「はいっ!! わかりました!! きっちりしっかり!! 私の方で大賢者様に水増し請求をしておきます!!」


 ユリエルの声はメアリーによってかき消された。


「水増しぃ!?」

「ええ。先生は大魔導士ですからねぇ。タダ働きなんてもってのほかですよ。ですから、然るべき料金を上乗せして請求させていただきますねっ?」


 メアリーはえげつないことを可愛く言い放った。


「ふはははは!! わかったよ!!」


 大賢者はメアリーのこういうところが大好きなのだろう。彼は気前よく、彼女の申し出を了承したのだった。




「さぁて、名残惜しいがそろそろお(いとま)するとしようか」


 午後のお茶の時間も過ぎて、気がつけば空は茜色に染まりかけていた。


「キラ、これが最後というわけじゃないが、やり残したことはないか?」


 するとキラは蚊の鳴くような声で、ユリエルとメアリーとの3人で記念撮影をしたいとお願いした。もちろん二人は喜んでそれを承諾し、撮影は私の使い魔で行うことになった。


「キラ、もっと顔を上げて。少し顎を引いて? 笑って笑って~。笑顔笑顔!!」


 私は中心にいる主役に指示を出した。両隣の二人はさすがというべきか、立っているだけでそれぞれの持つオーラがにじみ出ていた。


「はい、それじゃあいくよ~!? 3、2、1……」


 とてもいい写真が撮れた。こういう目的で使い魔を用いたのは初めてだったが、すごく有意義な使い方だと思えた。二人の優しい手が微かに笑う少女の肩に乗せられた画を見て、私は心が洗われたような気分になった。



「次に船から降りる時は、これを1本飲むといい」


 帰り際に、ユリエルはキラに陸酔いに効くポーションが数本入ったケースを渡した。


「これもプレゼントしちゃいます。中にしまっておくといいですよ?」


 メアリーはミニサイズのショルダーポーチをキラにプレゼントした。大賢者の父が作った非売品のそのポーチは、見た目以上にたくさんの物を入れることができるらしい。


「じゃあな。色々と状況が整理できたら、また遊びに来る」

「ごちそうさまでした。お騒がせして、長居までしてしまって申し訳ありませんでした」

「滅相もない。またいつでも訪ねて来てください。楽しかったです」

「それでは皆さん、またいつでも遊びに来てくださいね~!?」


 二人とも、最後まで本当に気持ちの良い人たちだった。キラはいつまでも二人に手を振り続け、彼らもずっとそれに応え続けていた。






 船の客室に戻ると、大賢者は夕飯の買い出しへと行くと言って早々に姿をくらませた。ピィちゃんは颯爽とプールの底へ潜り込み、私とキラはリビングのソファで並んで座り彼の帰りを待った。ただ待つのも手持無沙汰だったからというわけでもなかったが、私は先ほど撮影した写真を魔法で現像してキラのロケットに合うように縮小させて彼女に渡した。キラはすぐにその写真をペンダントの中に入れて眺め始めた。


「デュフフフフフ……」


 ずいぶんと湿り気のある笑い声をあげながら、キラはペンダントに入れた写真を見つめ続けていた。


「良かったね?」


 キラがこんなに嬉しそうな顔をさせているのは、初めて納豆巻きを食べた時以来のことだった。


「私のお兄ちゃんと、お姉ちゃんだ」


 そう言ってキラはペンダントの写真を私の方に自慢げに見せつけてきた。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん?」


 いまいち情況がわからず、私はオウム返しをすることしかできなかった。


「うむ」


 大賢者そっくりの言い方で、キラは答えた。


「うむ? もう、あんまりあの人の言葉遣いを真似しない方がいいんじゃない? 今日だって困ったでしょ?」

「うむ……」


 キラはしょげながら答えた。どうやらすっかりこの言い方が癖になってしまっているようだった。


「キラ?」


 私は心を鬼にしてキラを睨みつけた。彼女の今後を考えての事だった。


「ごめん……これからは気をつける」

「少しずつ、頑張ろうね?」

「うん。タル、私に箸の使い方を教えてくれないか?」

「お箸? どうしたの? 急に」

「今度、3人でお箸を作りに行こうって約束した」

「へぇ~。ふふふ、いいよ。教えてあげる」

「そうか!! ありがとう!!」


 それからキラは顔を輝かせて、大賢者が帰ってくるまでの間、ずっと喋り続けた。ユリエルも昔、大賢者に師事していたことから、いわばキラにとっては兄のような存在であると彼が教えてくれたこと。キラがメアリーにそのことを説明したら『私をお姉ちゃんと思いなさい』と言われて仲を深めたこと。あの二人のようにカトラリーを華麗に扱えないために、ケーキを食べている時に密かに練習していたこと。


 キラが本当に憧れていたのは、ユリエル個人にではなく愛の溢れる家族の姿そのものだったのではないだろうか。そんなことを考えながら、私は興奮気味に話す少女の話をじっくりと聞き入ったのだった。

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