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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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48 イタリアンピエロ

 

 キラに嫉妬する狂愛のメアリーをなんとかなだめ、無事ではない昼食を終えた。私たちは、そのままテラスで食後の会話を楽しんでいた。


「……あの建物、人なんて住んでたっけか?」


 ちらほらと秋の色合いを携えた生垣の先の先の、はるか遠くにある点を見つめながら大賢者が言った。


「あ~、アレですか。あそこはですねぇ、最近引っ越してきたピエロのメイクをした怪しいご夫婦が住んでいらっしゃいますね。ご自分たちで色々と改装して、住みやすくしているみたいです」


 すっかり落ち着きを取り戻したメアリーが不穏な情報を交えながら説明した。


「ピエロぉ? はははっ、また変な奴らが越してきたなぁ?」

「はい。怖いんですよ。夫婦で夜中に笑いながら全力疾走してる時もあるんです」

「通報した方がいいですよ、それ……」


 私は端的に言った。


「いやいや、でも、怖いのはアレですけども、恐怖というのは時に男女の愛を深めるじゃないですか」


 メアリーは私にはまったく意味の分からない、共感もできない話をし始めた。


「おかげで先生と密着する理由が増えまして、毎晩燃えあがってしまいまして……やだ!! も~う」


 彼女は自分でむき出しにしたエピソードに自分で恥じらうという高度な技術を見せつけてきた。


「それに悪い事ばかりではなくてですねぇ、たまに自家製のお野菜などをくれたりもするんですよ。あと脱走したうちの猫を保護してくれたこともありましたね。ですから、そこまで悪い人たちではないと思います。ギリギリ通報する必要がないぐらいには」

「猫、飼っていらしたんですか?」


 私は周囲を見回してその存在を探った。


「はい。人見知りな子なのでお客様が見えると、うまいことどこかに隠れてしまうんですよね~。忘れた頃に姿を見せる時もあるので、イシュタルさん、そんなにガッカリしないでくださいよ~」


 少しだけ気落ちしたことを簡単に見抜かれた。私はそんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか。


「あ、そうだ!! お義兄様、お暇ならイタリアーノさんたちにプラムを届けていただけませんか!?」

「イタリアーノォ?」


 退屈そうに片肘をついていた大賢者の表情が変わった。


「ええ。あそこに住むご夫婦のお名前です」

「う~ん? ……ちなみに、そいつらの国籍ってわかるか?」


 何となくすっきりしない顔つきで、大賢者はメアリーに詳細を求めた。


「イタリアの方です」

「あ~ぁあ?? タル、ゼノ、お出かけの準備だ。そいつら、もしかしたら俺の知り合いかもしれない」


 想定外の事態が訪れた。号令を出した当の本人はしきりに首を傾げ、まだはっきりとは思い出せていないようだった。





 その家は夫婦が二人で住むにしては、やや大きめな印象を受けた。大きな平屋には回っていない風車小屋がくっついていて、建築魔法の精度がいまいちだったのか、建物は全体的に巨人に捻じられたかのような形をとっていた。


「うぇ~い!! アレキサンダーですぅ~!!」


 プラムがいっぱいに詰められたバスケットを片手に持った大賢者は、ノッカーを使わずに乱暴に玄関の扉をもう片方の手でノックした。


「はいはい、はーい」


 応答した胴間声(どうまごえ)の主がゆっくりと玄関の扉を開いた。姿を見せたのはピエロのメイクをした、ずんぐりむっくりの中年男性だった。その男は擦り切れそうなほどにくたびれたデニム生地のサロペットをだらしなく着ていて、頭頂部だけが綺麗に禿げていた。


「レ、レオナルド・セプティム・アレキサンダァァ!!!!!?????」


 大賢者の姿を見た男が目を見開いて驚きの声をあげた。


「お~、やっぱお前だったか。久しぶりだなぁ」


 今回は珍しく大賢者の他人に関する記憶が正しく機能したようだった。口を開けたまま固まっている男の横を通り抜けて、大賢者はずかずかと中へ入り込み、外に残した私たちを招き入れた。


「嫁さんは元気か?」


 大賢者は世間話を切り出しながら、立ち尽くす男を向き直らせてプラムの入ったバスケットを持たせた。


「げ、げ……よくそんなことが言えたもんだな!? お、お前が俺たちにかけた呪いのおかげで」

「それはお前らが悪いんだろう? 要人を次々と殺して回ったりして」

「だ、誰と勘違いしてやがるんだ!? 俺たちゃ、そんな大それたことしてねぇだろうが!!」

「そうだっけ? じゃあ、柿泥棒だったか。それと勘違いしてたかも」


 本当に覚えていないのか、それとも覚えていないふりしているだけなのか。大賢者による虐待行為が始まらんとしていた。


「ちょっとぉ、一体何の騒ぎなの?」


 奥から夫と同じような恰好をした細身の中年女性が姿を現した。彼女もまた、ピエロのメイクをしていた。


「久しぶりぃ、俺だよ、俺」


 中年女性は大賢者の顔を見て卒倒した。


「アレッサ!?」


 男はバスケットを投げ出し、倒れた妻の元へ駆け寄った。


「プラムぅ!?」


 一方で大賢者は床に転がるプラムの心配をしていた。





 この家に住む夫婦は、大賢者が賞金稼ぎをしていた時の顔見知りという事でどうやら間違いがないようだった。私たちは機能するとは思えないボロボロの暖炉とガタガタの家具がある部屋に集まった。普通だったら緊迫するような場面なのだろうが、そこには大賢者がいた。彼の蘇生術によって倒れたアレッサはすぐに意識を取り戻し、自分を蘇生させた存在の顔を見るなり絶叫をあげるとまた失神してしまった。一体どんな所業をすればこんなことになるのだろうか。私は大賢者と夫婦の間に起こった過去の事を知りたいような、まったく知りたくないような不思議な気持ちで2度目の蘇生を見守った。


「……はっ!!」


 ソファの上で2度目の復活を果たしたアレッサは今度は意識を失う事はなかった。


「本物、なのね? ああ、ピエロ……」


 アレッサは大賢者の存在を確かなものとして受け入れると、この世の終わりを嘆くかのように夫と抱きしめ合った。


「……ピエロ?」


 ピエロのメイクをした夫の名前はピエロだった。ふざけているのか、かわいそうなのか、判断に困る。この人たちは何者なのだろうか。


「今更……一体、何の用なんだ?」

「そっとしておいてちょうだい。私たち、心を入れ替えたの。悪い事はもうたくさん。悪党たちの世界にもね」


 二人とも恐怖で声を震わせていた。どうやら、この人たちはかつて悪党側に所属していた人間らしい。


「そんなに怯えなくたって、何もしやしねぇって。プラムを届けに来ただけだ」


 大賢者は今にも崩壊しそうなテーブルの上に置かれたバスケットを顎で差した。


「弟夫婦をよろしくな?」

「お、弟!?」

「ああ。お隣の家だよ。まあ、お隣っていうにはちょっと遠いけど」


 二人の道化師は窓の外で点になっている家を見た後にお互いの顔を見合わせた。


「やっぱり!! あの人、大魔導士だったのよ!! おかしいと思ったわ!! 何種類もの魔法を同時に使って庭仕事しながら、休みの日だっていうのに朝早くから本なんか読んでいて!! いつもいつも奥さんに優しくして!! 会うたびに私にまで親切にしてくれて!! もう少しで惚れるところだったわ!!」

「なにぃ!?」

「あと10年も若かったらの話よ。誤解しないで。私にはあなただけよ」

「そうか。ならいい……だけど、俺もおかしいと思ってた!! あの男、家でくつろいでたって言う割に、きっちり装飾されたローブを着ていやがったんだ!! それに、妻と仲良く買い物なんかに行きやがるんだ!! 平日の夜にだぞ!?」


 ほとんどの事はおかしくないとは思うが、この夫婦にとってそれは常識外の行動という事なのだろうか。ふたりの人となりが表れた瞬間であった。


「ははは、相変わらず仲がいいな。都会派の泥棒が、すっかり泥だらけになっちゃって……頑張っているんだな? 自給自足の生活は思っていたよりも甘くはないだろう?」


 よく見ると夫婦は着ているものだけではなく、靴や爪の中までもが泥まみれだった。


「私たちもいい歳だしね。毎日必死よ。でも今が人生で一番輝いているの」

「何もかもボロボロだけどな。今だって満足にパンも食えやしねぇ。だが、やっと何とか形になってきたところだ」

「……そっか。収穫した野菜をわけてくれたんだって? 苦しい中、ありがとうな」


 まるで人が変わってしまったかのように、大賢者は夫婦に優しい言葉をかけ続けた。


「ふん……余って腐らせるよりかはマシってもんだろう」


 夫のピエロは視線を逸らし、ぶっきらぼうに言い放った。


「それにちゃーんとお返しも貰えるし、ね?」


 妻のアレッサは何ら恥じ入る様子をみせることもなく、見返りを期待しているようだった。私はなんとなく、この二人の事が憎みきれないような気持ちになった。


「もしさ、お前たちが本気で今の生活を続ける気があるなら、ユリエルを頼るといい。弟からちゃんと学んで、覚悟を決めれば、そのうち肉だって食えるようになることを保証するよ」

「肉? ははは、まさか!!」


 ピエロは冷ややかに笑った。


「でも大魔導士よ? きっと、もっと効率のいいやり方を知っているかもしれないわ」

「なにぃ? うーん……」


 妻の言葉を受け、夫が真剣に悩み始めた。


「プライドだけで食っていけない事は、もう十分すぎるほどに理解しているだろう? この際、とことん落ちる所まで落ちてみるといいんじゃないか? それでもダメだったら、俺が引っ張りあげてやるって」

「……わかったよ。そこまで言うんだったら、あんたの忠告を聞いてみることにする」


 ピエロは折れて大賢者のアドバイスを素直に聞き入れた。


「話はついたな。それじゃあ、お前たちにかけた『発作的に深夜に奇声をあげながら全力疾走する呪い』を解いてやろう」

「本当か!?」


 ピエロは寄り添っていた妻と離れて立ち上がり、希望の光を見る表情で大賢者に近づいた。


「ちょっと顔を貸せ」


 バチンという大きな音が室内に響き渡った。大賢者がピエロの頬を平手打ちした音だった。


「な、な、何しやがる!?」


 ピエロは目を白黒させ、さらには足元をふらつかせながら大賢者に抗議した。


「解呪だよ。さて、お次はお前さんの番だ」

「ひぇぇ……」


 腰が抜けて立ち上がれないのか、アレッサは大賢者の接近を容易に許してしまった。大賢者はソファの上で横になるアレッサに跪いて彼女の頬にキスをした。


「よし、男女平等だな!!」


 こうして茶番劇は終幕となり、私たちは再び大魔導士夫婦の暮らす家へと戻ることになった。





 ピエロ夫妻の住む歪な家を出てすぐに私は口を開いた。


「結局、この騒ぎは何だったんですか?」

「そうねぇ……お前の目から見て、あいつらはどうだった?」


 歩きながら大賢者が質問を投げかけてきた。


「どうって……あの人たち、犯罪者だったんですよね?」

「ああ。主に富裕層をターゲットにした空き巣をやっていた」

「うーん……お世辞にも犯罪者には向いていないと思います」


 気の利いたことは言えなかった。はっきり言って、あの二人は全然普通の、普通と言ってはいけないのかもしれないが、まだ救いのある部類の人間だった。そんなことは、私と立場は違えど犯罪者を相手にする職業を生業としていた彼にもわかっているはずのことだ。


「ははは、まったくその通りだ。けど大事なのは、あいつら自身がそのことに気がついたことさ」


 私は黙って彼の言う言葉に耳を傾けた。


「一度道を外れた人間が再び同じ道を見つけてそこに戻ることは、なかなかに難しい。あの二人が見つけた道は、社会から隔絶されたこの土地で、自給自足の生活をすることだった」


 ピィちゃんのてちてちと歩く音だけが、少しの間だけその場を支配した。ふいに大賢者が立ち止まって、来た道を振り返りピエロ夫婦の暮らす家屋を眺めた。


「あの二人は犯罪者として、それはもう絶望的なほどに運が悪かった。だが、裏を返せばそれは運が良かったということでもある」


 私も大賢者と同じ風景を視界にとらえた。風車付きの歪な家と広い土地。もしかしたら、まともに稼いだお金で手に入れたものではないかもしれない。それでも私は、この土地の所有者たちの事を信じてみたくなった。


「寄り道はしてみるもんだなぁ。こんなところでひとつ、人生の娯楽が増えるとは思いもよらなかった」


 初秋の香りを乗せた、かすかな風が吹いた。大賢者の顔は深い喜びの表情で満ちていた。

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