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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
47/160

47 発見

 

「キラの様子はどうだった?」


 部屋に入ってきたユリエルに大賢者が尋ねた。


「今眠ったところです。配合した薬が効けば、起きた時には良くなっていると思います」


 説明しながらユリエルは私の向かいの席に腰掛けた。彼はピィちゃんに焼き菓子を砕いて与え、ポットから紅茶を注いで一口飲むと、その熱さに短く驚きの声をあげた。


「……薬は、ユリエルさんが調合したのですか?」

「ええ。安全性には十分配慮しましたので、ご心配なさらずに。それと『さん』付けはやめてください、イシュタルさん」


 ユリエルは私の事を覚えているようだった。複雑な感情が交錯した。


「……そちらが先に『さん』付けをやめれば考えてもいい」


 私が最初に選んだのは、特防課にいた時の自分の言葉だった。


「あ……その節は……色々と、ご迷惑をおかけしました。しかしその~、当時は我々にも使命というものがございまして……」

「冗談ですよ。お久しぶりですね、英雄さん」


 釈明するユリエルを遮り、私は今の自分の言葉を口にしながら彼の前に手を出した。


「その……私はそんな大層な身分では」


 私は笑いながら首を横に振ってユリエルに催促した。がっしりとした手が私の手を握った。胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。それは紛れもなく、同志の手だった。


「本当に……君なんだな?」


 ユリエルは私の最終確認を静かに頷いて肯定した。それ以上は自分が止められなくなりそうだった。彼と物理的に距離が離れていることに救われた。私は同志との再会の握手をなんとか剥がした。お互いに半分だけ目頭に涙を溜めた状態になった。当然のように家主が座る席に腰掛けていた大賢者は、私たちを茶化すことはしなかった。その代わり、この場を設けた主催者のように満足そうに何度も頷いていた。




 湿っぽくなった雰囲気は大賢者が馬鹿話をして吹き飛ばした。その内容については次の通りである。少年の頃、彼は悪戯で母親が育てていたヒドラ草を燃やした。その結果、発生した毒煙を致死量吸い込み、彼は死にかけた。現場の一部始終を見ていた弟は、急いでその事を母親に報告しようとした。しかし、自分が死ぬことよりも母親に怒られることを恐れた彼は、あろうことか弟の口を魔法で封じてしまった。不自然に喋らない弟を不審に思った母親は、彼の悪事を突き止め、とてつもない罰を与えた。……まあ、結局は今と変わっていない大賢者の、少年期の話であった。



「……そろそろ、目ぇ覚ますんじゃないか?」


 時計を見て、大賢者がキラの事を話題にした。


「薬効がきちんとあらわれるか心配です。エルフの治療は初めてなので」

「なぁに、エルフはもともとこの世界に住んでたんだ。効くに決まってる。それよりも、アイツが目を覚ました時にベソかかれる事の方が心配だ。そばにいてやってくれ」

「……わかりました」


 思う所はあるようだったが、ユリエルは無駄口を一切叩かず立ち上がって部屋を後にした。大賢者との間にある絶対的な上下関係が感じられる場面だった。


「ずいぶんと……厳しい教育をされたんですね?」


 私に残されたのはユリエルに対する同情の気持ちだけだった。


「後悔先に立たず。あの時はそれが正しいと思っていた。少年の頃のように、愛する弟に『お兄ちゃん』と呼んでもらいたくても、それはもう叶わん。だがそのおかげで世界は魔界の邪神という脅威から守られ、そんな存在があったことも知らずに何事もなく回り続けることができている。まぁ、そんなとこかな?」


 大賢者は自らの心情を絡めて大魔導士ユリエルの功績を称えた。彼にも後悔する気持ちがあったという事は新たな発見であった。





 昼食の時間になってもユリエルとキラは姿を見せなかった。私たちは1階部分にあるテラスデッキでメアリーに手料理を振舞われることになった。テーブルの上には一品の大皿料理と肉のシチュー、それに生野菜をたっぷり使ったサラダが並べられた。メアリーに勧められ、私はまず肉のシチューをスプーンですくって口に含んだ。


「お、美味しい……」


 濃厚すぎず、肉と野菜の旨味がたっぷりきいた奥行のある味わいのそのシチューには、すぐにまた口に入れたくなるような魔力を感じた。ただ美味しいだけではなく、故郷で過ごした、あまり明るくない青春時代を思い出すような懐かしい味までもがした。メアリーはケーキだけではなく、料理も高いクオリティに仕上げることのできる能力の持ち主であった。


「本当ですかぁ!? 良かったぁ。良かったですぅ。お義兄様と一緒に旅をしていて、舌が肥えられた方からそんな誉め言葉がいただけるなんて、感激ですよ~」


 私の漏らした感想よりも、何倍も言葉数多くメアリーは喜びをあらわにした。


「ぜひ、こっちも食べてみてください。カブサです。私、カブサは初めて作らさせていただいたんですけども、ついにこのお皿を使う時が来たなって思って、気合を入れて炊き込ませていただきました」


 今度は大皿料理を勧められた。カブサにはたっぷりの鶏肉と羊肉が使われていた。大皿からメアリーが取り分けてくれたカブサを食べてみると、これもまた絶品だった。言葉を発する事すら失い、目の前のカブサを食べきることだけに集中してしまうほどだった。


「いいですねぇ~。スポーツ女子って感じですねぇ~。おかわりもありますからね? たくさん食べてください。あ、お義兄様にはソーセージとかお芋を適当にグリルしたものと、今朝焼いた余ったパンがあるので、まずはこれをぜーんぶ食べてください」


 私に対してはとても丁寧に応対してくれたメアリーだったが大賢者のことは素っ気なく扱った。


「なんでだよぉ? 俺にもカブサ、食わせろよぉ~」


 当然、大賢者は不満の声をあげた。


「ダメですダメです。ダメですよ~? あっという間になくなっちゃいますから。私たちがお腹いっぱいになったら、あの~……ふふふっ。残った食べ物の処理をお願いします」


 メアリーは自分の発した言葉の意味に笑いながら、大賢者に対応した。


「なんだよぉ、それぇ!! 俺は残飯処理係かよぉ!!」


 大賢者はさらに声を大きくして抗議したが、その顔には締まりがなかった。


「ふふふっ、そうですよ? 大食いの方っていうのは、そういう宿命を背負って生まれてきたと聞いていますから」


 こっそり仕掛けた悪戯が露見してしまった時の少女のような、無邪気な笑顔でメアリーは持論を展開させた。


「ぶはははは、なんだそりゃ!? 一体、誰に聞いたんだよ!?」

「ちょっと、わからないですけれど、まあまあまあ、こまけぇことはいいじゃないですか。余ったら根こそぎ、豚のように食べてくださいね?」

「だはははは!! わかった、わかった!! 俺の負け!! いただきまーす!!」


 大賢者は満足そうに用意された別メニューを食べ始めた。彼と対等にやり合うどころか、すっかりやり込めてしまったメアリーに私は畏敬の念を抱かざるを得なかった。


「旦那さんは……ユリエルさんは同席しないんですか?」

「ああ、そうそう。そうなんですよ~。あの子、目は覚ましたみたいなんですけど、まだ不調を訴えているらしくて。仮病という名の不調を。それで先生は、ちょっと今はあん畜生に……いえ、あのメスガキに付きっきりという事でして……イシュタルさん、私はどうしたらいいと思いますか!? 先生は私だけの先生なんですけどぉ~!?」


 あれ? もしかして、メアリーって、私が思っている以上にもっとヤバい人だったのかな? そんなことも発見する、昼食の時間だった。

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