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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
46/160

46 ご褒美の味はほろ苦く

 

 豪華客船に乗ってから10日目の朝の出来事だった。


「タル!! コレを見ろ!!」


 ベッドで眠っていた私のところに、大魔導士が興奮した様子でやって来た。彼は左手の袖をまくって腕を見せてきた。


「な……なんですか!? うわぁ……」


 大賢者の腕から指先にかけて樹枝のように分岐した赤い模様が痛々しく走っていた。朝からなんていうものを見せてくるんだ。


「キラだよ!! アイツ、やりやがった!! 俺に傷を負わせたんだよ!! 血管沸騰させられちゃったよ!!」


 うっとりと腕の模様を見ながら、とても嬉しそうに説明する大賢者の姿は狂人にしか見えなかった。


「昨日の雷を見てたら、思いついた!!」


 いつの間にか大賢者の傍らに立っていたキラが胸を張って自慢げに報告した。要するに、今日も二人は決闘をして、キラが何かしらの斬新な方法で大賢者に傷を負わせたということらしい。状況が分かったところで、二人とも嬉しそうなのはおかしいことに変わりはない。


「よくやったぞ、キラ!! お前はすごい!! ご褒美に、なんでも言うこと聞いてやるぞ!?」

「ご褒美って……なんでもいいのか?」

「ああ、遠慮するな!! なんでもいいぞ!!」


 あれ? こんなやり取り、前にも見たことがある気がする。


「じゃあ……ユリエルに会いたい、かも」


 頬を赤らめ恥ずかし気に言ったキラの姿は、とてもいじらしいものだった。


「欲のないやつだ。そんなことで良いのか!? タル、今日は何曜日だっけ?」

「土曜日ですね」


 忙しく首を動かす大賢者に私は答えた。


「じゃあ、家にいるかな? よし。朝メシ食ったら、皆で行こう。キラ、エクステは外しておけよ? ユリエルはそういうの、びっくりしちゃうタイプだから。俺の傷はユリエルに治してもーらおっと」


 一番はしゃいでいるのは大賢者で、なんだか彼のご褒美みたいになっているようにも思えた。





 転移魔法による空間の歪みが正常に戻ると、どこか懐かしい気持ちにさせられる場所に出た。一面の青空と穏やかな緑が広がる風景に心地よい風が吹き抜けた。


「もうそんな時期か……」


 大賢者が呟いた。彼の視線の先には、3メートル以上はあろうかというプラムの木のまわりを収穫用の大きなカゴだけがせっせと動き回って果実を収穫していた。


「あ、ユリエルいるじゃん」


 プラムの木のすぐ近くに建てられた小さな2階建ての家の前で、恰幅の良い大きな男がテーブルに座って本を読んでいた。


「おーい!! お兄さんだよー!!」


 大賢者の声に気が付いたユリエルは立ち上がって私たちのすぐ目の前に転移してきた。その恐ろしいまでの精度と速度にアレキサンダー家の血筋を感じた。


「おはようございます。兄さん、今日はどうしたんですか?」


 その姿かたちと同じ柔和な態度でユリエルが大賢者に挨拶した。私が魔界で見た美青年の姿はどこにも残っていなかった。


「驚くなよ? お前のファンだというエルフを連れてきた」


 言いながら、大賢者はキラの背中に手を回して彼女を前に進ませた。ただでさえ華奢なキラの身体がユリエルの前に立つことでもっと小さく見えた。


「エルフ……?」


 ユリエルは視線をキラの耳と杖に走らせた。キラは緊張しているのか、うつむきながら顔色を蒼白とさせていた。


「こんにちは。少しだけ待っていてくれるかな?」


 まずユリエルはにこやかにキラへ話しかけた。


「兄さん、手をこちらへ」


 次に目ざとく見つけていた大賢者の怪我の治療を施そうとした。


「あは~ん。気づいちゃったぁ!?」


 大賢者は時間が経って赤黒く変色した左手を、デレデレとした態度でユリエルの方に突き出した。ユリエルは患部に触れただけでたちどころに怪我を治した。彼が何をしたのか全く分からなかった。何もしていないようにも見えた。それはかつて大賢者がしてみせた治療魔法よりも、もっと手際の良いものに見えた。


「ほら、キラ。お前の大好きなユリエルだよ。本物だぞ? チューしてもらえ」


 キラはうつむけた顔をやっとの思いで上げ、ユリエルのローブに向かって嘔吐した。


「オロロロロロ!!!」

「えええぇぇぇ!??」


 私は絶叫した。なぜ、どうしてこんな事になってしまったのだろう。さっきまであんなに元気だったのに。緊張しすぎでそうなってしまったのだろうか。兎にも角にも、彼女は朝ご飯の消化途中のものを、憧れのユリエルに向かって浴びせかけてしまったのだった。


「大丈夫かい?」


 吐しゃ物の汚れのことは歯牙にもかけず、ユリエルはフラフラと揺れ動くキラの小さな身体を支え、背中をさすった。かわいそうなことに、キラは泣いてしまっていた。


「大丈夫、大丈夫。気にしないで。まだ出そうなら、ここで全部出してしまうといい。メアリー!!」

「陸酔いか。スマン、全然気付かなかった。ここに来てから、妙に大人しいなとは思ってたんだが……」


 大賢者は驚きもせずに、すべてをユリエルに委ねていた。





「ホントに何事かと思いましたよ~」


 メアリーが人数分の甘く香り立つカモミールティーを出しながら、エルフリバース事件を振り返った。大魔導士ユリエルの迅速な手当てにより、事件は無事に解決した。キラは現在、別室で憧れのユリエル本人の手厚い看護を受けている。残された私たちは家の中に通されて、ティータイムをとっていた。


「まったくだ。朝からうるさくして悪かったな」


 感情のない謝罪をした大賢者は音を立てて紅茶をすすった。


「あっつ!!」


 一番うるさいのは、どう考えてもこの人なのは間違いなかった。


「あの子の事は先生が看てますから、皆様は気兼ねなく、あの~、ごゆっくりおくつろぎください。美味しいお昼ごはんを作るので、一緒に食べましょう。午後はプラムのケーキを焼きますから、楽しみに待っていてくださいね」


 メアリーは相も変わらず溢れる愛嬌で私たちの突然の訪問を歓迎してくれた。


「それでは今から仕込みアンド仕込みをしてきますね。せっかく遊びに来てくれたのに、お構いできなくてすいません」


 それだけ言ってメアリーは退室していった。


「乙女心とゲロか。あいつ、変な性癖を拗らせないといいけどな」


 焼き菓子を砕いてピィちゃんに食べさせながら、大賢者は謎の心配をした。


「それにしても陸酔いって……本当にあるんですね」

「この人数で10日も船に乗ってりゃあ、一人ぐらいはなるだろう。ババを引いたようなもんだ」

「キラ、大丈夫ですかね。どれぐらいで良くなるんでしょうか?」


 キラの体調も気になったが、いかに大賢者の弟といえども、ここは新婚夫婦の家だ。あまり長居するのも失礼にあたる。そう思った私は具体的な治療時間を知りたかった。


「ユリエルに任せたからな。心配しなくても、すぐに良くなるさ」

「……もしかして、弟さんの方が治療魔法が得意なんですか?」


 比較対象が弟でなければ彼は猛烈に怒って否定するであろう。しかし、ここに来てから彼は治療に関する一切を弟に任せきりにしていた。私は大賢者が腹を立てないことに確信を持って質問した。


「他者の治療は、な。見ただろう? 俺の手を治した時のあの速さを。いや、速すぎてわかるわけねぇか」

「お恥ずかしい話ですが、理解すらできませんでした。弟さんは手の治療をした時、何をしていたのですか?」

「魔力を同期させて分け与えたんだよ。魔力っていうのは自分以外の者にとっては猛毒のようなものだ。だから治療に用いる際は一度対象の魔力と同期をとる必要がある。ユリエルはお前が察知できないほどの速さで俺の魔力と同期がとれるんだよ」

「……それって」

「気がついたか? それでこそ我が配下だ」


 大賢者はニヤリと笑った。全身に恐怖を含んだ寒気が走った。世界一強い魔力を持った男と同じ質の魔力を作り出すことが出来る。それが意味するところというのは……。


「勘違いするなよ? 物事というのは、そう単純じゃないんだ。ユリエルは性格が戦闘向きではないし、そこにおける動きや発想も、俺とは違ってくる。畑が違うというべきかな? だから、お前が考えているような事は、まずありえん」

「では……ストラデウスとだったら、どちらに軍配が上がると思いますか?」


 私はつい興奮して、熱っぽく尋ねてしまった。


「ははは。からめ手を使わせたら歴戦のジジイの右に出るヤツは存在しないだろうな。俺も含めて」


 意外な回答だった。彼と出会ってから、初めて謙虚な言葉を聞いた。


「世の中っていうのは複雑だよ。第5魔王理論だって完璧というわけでもないし」


 言い終わった大賢者は冷めた紅茶をゆっくりと飲み始めた。

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