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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
45/160

45 無意味な仮説

 

 客室のデッキに備え付けられたプールサイドで私は大賢者の様子を観察していた。彼は私の隣の長椅子に仰向けに寝転がり、その場で大きく伸びをした。


「海、飽きたわ~」


 8日目の昼にして、ようやく大賢者の口からその言葉が出た。正直いって、かなり持ちこたえた方だと思う。


「……どうするおつもりですか?」


 空も海も灰色に染まり、心なしか風も冷たく感じられる。一雨来そうな天候だった。後半に差し掛かったばかりの船旅を、一体どうやって乗り切るつもりかを大賢者に聞いた。


「うん……住むなら海はないってことだな。生魚嫌いだし」


 頓珍漢な回答が返ってくる。このへんは大賢者の天然な部分だと私は感じた。たまにこういう、明後日の方向の回答をするところが彼にはあるのだ。残念ながら今回は、私の質問の意図はまったく汲み取られなかった。


「ケーキ食べたい!!」


 横から欲望を差し込んできたのはキラだった。尖った耳を隠すために私がつけてあげたエクステもだいぶ馴染んできて、今では毎日自分で色を変えてオシャレを楽しむようになった。今日はつけ毛の部分をピンク色にして、金色の地毛をさらに明るい印象に仕上げていた。


「じゃあ、ケーキバイキングでも行くか」

「違う!! そうじゃなくて、ミラのところで食べたケーキが食べたい!!」

「ああ、アレか。本当は名前あるんだよなぁ、あのケーキ。なんだっけ。ブラック、ブラックチェリーみたいな」


 どこまでも名詞を覚える気のない大賢者は、ただ単にケーキの色と使われている材料の一部だけをつなぎ合わせて言葉にした。自分の母親の作る、思い出が込められたケーキの名前ですら覚えていないなんて事があるのだろうか。


「あのケーキはタルにしか作れないから、お願いして作ってもらいなさい」

「お願い!!」


 キラに素早くシンプルにお願いをされた。


「材料さえあれば……あ、そうだ」


 私は領主ティナ・エーデル・アレキサンダーと交わした約束を思い出した。


「レシピを記録した映像は外部に漏らしてはいけない、という約束を領主様としていまして。その判定がどこまで有効なのか、調べていただけませんか?」

「……おいおいおい。待て待て待て待て。それってお前、母親に魔法を、使い魔を弄られたってことか?」

「ええ、まあ」

「『ええ、まあ』だと!? ちょっとこっち来い!! キラはそこで待ってろ!!」


 飛び起きた大賢者に腕を掴まれ、私は無理やり部屋の中にまで押し込まれた。



 部屋の奥の奥にある洗面所に連れ込まれた私は大賢者の見守る中、自分の使い魔を掌の上に出現させた。彼は指先から一本の青い触手を出し、それを私の使い魔へと繋げた。使い魔の瞳はグルグルと回り続け、やがて元の状態に戻った。大賢者は繋げていた触手を消失させて、大きくため息をついた。


「あ~あ……こりゃ、ぜーんぶ、すっぱ抜かれてるな。消したものも含めて違法な物とか、流出したらまずい映像はなかっただろうな? 例えば、ハメ撮りとか」

「そんなものあるわけないじゃないですか!!」

「うーん……だったら別にいいか。というか、もうどうしようもねぇし」


 彼は言いながら、使い魔を引っ込めるように片手で指示してきた。私は黙ってそれに従った。


「何をそんなに焦っているのですか? ご自分のお母様でしょう?」

「だからだよ。俺の母親を侮るなよ? 俺の母親だぞ!?」


 大賢者はこちらの正気を疑うような目で見てきた。


「でも、実際に会った印象ではそんなに危なそうな人では……あ」


 そこまで言って、私はティナ・エーデル・アレキサンダーと一番最初の会った時の、人間性に欠いた瞳と異常にスケールの大きな質問をされたことを思い出した。


「な? ユリエルも結婚して、かなり丸くなったとはいえ、決して気を抜くなよ。あの人は本来、絶対に領主の特権なんか握ってはいけないタイプの人間なんだから」

「恐縮ですが……それは少し言い過ぎではないでしょうか?」


 領主には少なくともメアリーに対する愛情があるということは感じることができた。人を愛せる人間のことをそこまで悪くいうのもどうかと思って彼に意見した。


「全盛期を知らないからそう言えるんだよ。何回あの人自身の手で殺されかけたことか……まあ、それについてはこっちの落ち度というのもあったけど。とにかく、あの人は俺以上に簡単にラインを越えてくるから、気をつけてくれ。な?」


 思い当たる節のあった私はそれ以上何も言えなかった。


「じゃあ、俺はケーキの材料と道具を買ってくるから。あいつらのこと、よろしく」

「でもキッチンはあっても、オーブンがないですよ?」

「任せとけって。俺を誰だと思ってるんだ?」

「……お願いします。前回よりはうまく作ってみせます」


 何かあった時の責任はすべて彼にとってもらおう。そう考えた私は目標を大きく口にした。





 夕方になると海は大時化となり、デッキに出ることを禁止するアナウンスがなされた。さすがにピィちゃんもプールから出てきて部屋へと戻ってきた。彼が水から出てきたのは実に8日ぶりの事だった。


「うまいっ!!」

「ピピィィッ!!!」


 前回よりも綺麗に飾つけができたケーキは子供たちも大絶賛してくれた。ダイニングテーブルから少し離れたソファで退屈そうにくつろいでいる男だけは褒めることはおろか、食べることすらしてくれなかった。


「これこれ!! これだよぉ!! タルはすごいなぁ!!」


 その代わりにキラは100倍褒めてくれて、たくさん食べてくれた。


「タコパしようぜ!!」


 遠い所から、大賢者が謎のワードを叫んだ。


「せっかくうまくできたんですから、食べてくださいよ」

「うまいっ!!」

「食べてないじゃないですか」

「食べずともわかる!! いいわ!! 店のメシもいいけど、自分たちで何かを作って食べるっていい事だわ!! だからタコパしようぜ!! 準備してくる!! ケーキは1切れだけとっといてくれ!!」


 大賢者は転移魔法で姿を消した。余程退屈なのか、無駄に動きまわる彼のためにケーキを皿にとりわけ、私たちは『タコパ』の到着を待つことにした。





 タコパというのは、たこ焼きパーティのことだった。大賢者はねじり鉢巻きをして、3つのたこ焼き器を使い、大量のたこ焼きを慣れた手つきで生産した。その様子を見た子供たちも興味を持って作る側に回ったのだが、これがなかなか難しかったようで、たこ焼きはぐちゃぐちゃになってしまった。キラは特にショックを受けて泣きそうになっていたが、大賢者が彼女の作ったたこ焼きをバクバク食べて『美味い』と連呼することで事なきを得た。


「ごめん、タル。私はもう見た目で食べ物を判断したりしない」


 パーティが終わるとキラが私に謝ってきた。それは以前私の作った形の悪いケーキを食べなかったことに対する謝罪だった。はっとさせられた私は大賢者の顔を見たが、彼は明後日の方向を向いてのんびりと煙草をふかしているだけだった。





 9日目は嵐になった。猛烈な風と横殴りの雨が窓を叩きつけ、地響きのような雷の音が部屋に響き渡った。


「もうイヤ!!」


 キラは規則性のない突然の雷音を嫌い、両耳を手で塞ぐ仕草をとった。


「雷が苦手か? 耳、長いもんなぁ……おりゃ」


 大賢者は部屋全体により強力な防音魔法をかけた。室内は嘘のように静まり返り、雨音も、雷音もしなくなった。


「おぉ……」


 結果、窓の外で音もなく光る稲妻を見ることにキラは夢中になった。


「嵐かぁ……これもまた海だな」

「ですね」

「嵐じゃ~、ドラゴンの仕業じゃ~」


 天災をドラゴンの仕業にする昔の人の真似をしながら、大賢者はソファに寝転がった。


「ドラゴン……あれって、ドラゴンか何かだったのですか?」

「あぁ?」


 彼は間の抜けた声で私の質問に答えた。それも無理はない。大賢者と怪物との海上戦の事を、私の方が勝手に思い出して、脈絡なく口にしたのだから。


「ははは、すいません。急に思い出しちゃって。あのナメクジのような怪物の事」

「あ~、あれね。あれはいわゆる特定召喚獣だね」

「特定召喚獣? 一体どの時代の?」


 特定召喚獣は一般的な召喚獣と違い、召喚者の命が尽きても消失することのない、現代では使用することを禁じられている召喚方法で呼び出された召喚獣だ。生態系に悪影響を及ぼすため、見つけたら直ちにそのエリアを管理する機関へと通報することが義務付けられている。原則として発見者は駆除をしていけない決まりになっているが、大賢者や大魔導士などの高位の称号を持つ者に関しては駆除することが認められている。


「トワイ自身が召喚したやつなんだから、第6魔王の時代に決まってるだろ」

「どうやってわかったのですか?」

「ん……なんとなく」


 久しぶりに説明を面倒臭がられた。


「そうですか……」


 食い下がりたいところだったが、たまには身を引いて、彼をその気にさせてみたくなった。


「ごめん、ほんとは忘れちゃった。なんでだっけなぁ……」


 大賢者はゴロゴロと何度も寝返りを打ち始めた。


「お前も聞きたかったらすぐに聞けよぉ、もう忘れちゃったよぉ」

「申し訳ございません」


 ほとんど八つ当たりのような言い方だったが、これぐらいなら日常茶飯事だ。


「あれぇ? 俺の方が気になってきちゃった。なんてことはない理由だったと思うんだけど……」

「カジノで妖刀を交換して?」


 私はなるべく当時の状況を思い出せるように、順を追って彼に話させる作戦を試みた。


「交換してぇ、船が揺れてぇ、魔力がアレだったから即行で海に出てぇ……」

「刀を抜いて?」

「刀を……あ、そうか。うちにある文献と同じだったんだ。銀色の身体から10の頭。そうそう、それがトワイの召喚獣」

「魔法史の文献がご自宅にあるんですか?」


 とても意外だった。天才肌の人だから反復の必要な勉学とは程遠い所にいる人物だと勝手に思い込んでいた。


「いや、実家だよ。古い文献なんて管理できないもん」

「へぇ……それって歴代の……魔法史のすべてを覚えているってことですか?」

「もちろん」


 彼は言い切った。それほどまでに確信の度合いが高いということだ。


「すごい……」


 魔法史なんていうのは膨大な量の情報である。それらを有した上で、彼はさらに他の知識までをも高いレベルで所有している。大賢者というのは飛び抜けたものをいくつも持っていないと務まらないのだという事実を改めて実感できた。


「当たり前だ。 お兄ちゃんだぞ?」


 そういえばティナ・エーデル・アレキサンダーが言っていた。彼は弟ができてから弟に教えるための知識を身につけるようになった、と。もし彼に弟がいなかったら、どうなっていたことだろうか。


「たださぁ、俺が覚えた魔法史って軒並み古いのよ。本が古かったから。それで魔法史なんていうのは、ちょこちょこ内容が変わるだろう? 法律もそうだけど。まあ、そんなこと言いだしたら全部そうか。だから、今はもう必要な時にしか勉強しなくなっちゃった。記憶できる量にも限界があるしな」


 彼の秘密が少しわかった気がする。彼は名前を覚えるのが苦手なのではなく、無意識に覚えないようにしている。そうすることで脳の記憶領域を節約しているのではないだろうか。私は心の中で、無意味にそんな仮説を立てていた。

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