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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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44 魔法史:補講 『第5魔王ビスマルクの生涯』

 

 現在より1026年前、第5魔王ビスマルクはオーストリアの辺境の地に生まれた。彼は10歳になるまで自分が魔法使いであるという事に気が付かなった。彼が生まれて初めて使った魔法は『殺しの呪文』と呼ばれる詠唱が必要な魔法だった。この時ビスマルクは『殺しの呪文』を無詠唱で使用した。ところが、使われた魔法は完全ではなく『殺しの呪文』をかけられた対象者は半死半生の状態となった。


 自分が魔法使いである事実を知ったビスマルクは、魔法の研究に没頭した。そこで詠唱と魔法威力に関する密接な関係を発見。その後、わずか17歳で詠唱魔法と威力の変わらない『完全無詠唱魔法』を発明した。当時の魔法界はその発明を非倫理的であると問題視しビスマルクを投獄したが、彼は獄中でも独自に魔法の研究を続けた。


 獄中の身であるにもかかわらず、ビスマルクは『媒体不要論』や『力の理論』といった今日の魔法界において主流となっている理論の原型を次々に提唱した。しかしそれによって彼の罪はさらに重くなり、最終的に『殺しの呪文』による死罪判決が下された。処刑当日、ビスマルクは見学に来ていた民間人を含む90余名を『完全無詠唱魔法』による『殺しの呪文』で次々と殺害し、逃亡した。


 ビスマルクは12人の部下を集め、オーストリアを拠点に近隣諸国を席巻した。1年とかからず西ヨーロッパを完全に制圧した彼は人々を恐怖で支配し、魔王として君臨することになった。


 西ヨーロッパを手中に収めたビスマルクはさらに強力な精鋭部隊を育成、魔法の研究の傍ら30年の月日をかけて東ヨーロッパ、北欧、ロシア、中近東をもその支配下に置いた。


 勢いはそのままに魔王軍は東方へと侵攻した。しかし、ビスマルク率いる本隊はインド北部での目撃情報を最後に突如として消息不明となった。魔法界が彼の死亡を認定したのは、それから25年の歳月が流れてからであった。




「なっが~~!! しかもオチが行方不明って……死んでねぇのかい!! 強すぎじゃね? ビスマルク」


 ほとんど文句に近かったが、その日も第一声をあげたのはアルファだった。


「はい。おそらくビスマルクは、魔法史上で最も強力な人物の一人じゃないかな、と個人的には思っています」


 長い説明を終えたユリエルは、すぐに反応を示したアルファに優しく微笑んだ。


「ビスマルクって、ユリエルより強いんか?」


 猫背の女生徒イオナが小学生男子のような疑問をユリエルに投げかけた。


「うーん……それは何をもって強いとするかで、変わってくるかな」

「言うねぇ。自身ありあり?」


 ユリエルの表現は控えめではあったが、彼との付き合いが長くなってきたイオナにはそれが自信の表れであることを見抜いていた。


「私はわからないですが、大賢者ならば絶対に、確実に負けないです」

「出た。ユリちゃんって本当、お兄ちゃん好きだよねぇ~」

「ブラコンや~」

「……あはは」


 一瞬、本気でその理由を説明しようかと考えたユリエルだったが、この二人がそれを理解してくれるにはまだ少しだけ早いと判断し、その場は彼女たちのする話の流れに乗るだけにとどめた。


「でも実際、ビスマルクは何で消息不明になったん?」

「残念ながら、真実はまだわかっていないんです。時空嵐に巻き込まれた説だとか、侵攻中に閃いた魔法を試して失敗した説だとか、そもそも本人は侵攻すらしていなくて魔法の研究に専念するために隠居していた説だとか、色々論議はなされているんですけど」

「へぇ、大魔導士もわからんことがあるんや?」


 挑発するような眼差しでイオナがユリエルの事を見た。


「それはそうですよ」


 ユリエルは謙虚な態度でそれに応えた。


「……そういうとこ、好きやで?」


 それはいつもの突然の悪ふざけだったが、イオナは内心半分は本気でユリエルの事を誘惑した。残りの半分は彼の容姿に対してのマイナス要素で埋められることはなかった。


「うわっ、ラブコメやめろ!!」

「あはははは!! 見た!? ユリエル、ちょっと本気にしたやろ!?」

「ははは……」


 反応に困ったユリエルは乾いた笑いで誤魔化すことしかできなかった。


 一呼吸おいてから、ユリエルは今回の補習授業において最も伝えたかったことを二人の生徒に向けて話し始めた。


「ビスマルクの出現によって、我々魔法族の生活は大きく変わりました。それまでは魔法界というのは秘密主義的な性質が強かったのですが、ビスマルクが死亡して以後、人々は自分たちの持つ技術を共有するようになり、互いの知識を持ち寄ってそれらを高め合うようになりました。そこから徐々に杖を持たなくなったり、魔道具を発明したりと、徐々に近代化していくわけです。魔法学校のルーツとなる施設なんかも、この時代のあたりから少しずつ形が出来上がっていったりして……だからビスマルクが没した年、死亡認定された年ですか。この年というのは、魔法歴元年と言っても過言ではないわけですね」

「ながっ。ユリちゃん、長いって今日」


 自らの受容力の限界を感じたアルファは嘆くように訴えかけた。


「ごめんごめん。でもやっぱり、第5魔王っていうのはそれだけ特別な魔王なんですよ」

「……うん。なんとなく言いたいことはわかる。がんばって覚えてみる」

「いつでもお手伝いはします」

「頼んだ」


 ユリエルとアルファはお互いに確かめるように頷き合った。


「ちょっと、すいませぇん!! あの~、大魔導士の嫁の作るメシは、いつ食べられるんですかぁ?」


 耳心地の悪い敬語でイオナが横から物申した。


「それについては君たちの予定次第です。うちの方で合わせますので、あの~、二人で相談し合って、都合のいい時間を教えてください。保護者の許可についての手続きはこちらでしておきます。ですが、君たち側からも一応は説明をしておいてくださいね? 時代が時代ですから」

「りょーかい。じゃあイオナちょっと、バイトが休みの日教えてよ」

「もういつでもいいよ、バイトなんて辞めるから」

「辞めんの!? なんで!?」


 イオナの電撃発表にアルファは驚き、戸惑った。


「決心がついた!! 私、大魔導士に食わせてもらう!! 弟子にしてください!!」


 イオナは手を前に突き出して、ユリエルに承諾の握手を迫った。


「えーっと……申し訳ないけど、弟子は受け付けておりません」

「なんでだよぉ!! 助成金があるだろぉ!! 私のバイト代ぐらいの!!」


 突き出した手を机に叩きつけ、イオナは抗議した。


「もっと楽して生きてぇんだよ!! 魔法史なんか覚えなくてもいいぐらいにぃ!!」


 アルファだけでなく、イオナも今回の補習授業でキャパシティの限界を迎えているようだった。そのことに気付いたユリエルは、ペースとボリュームをさらに落とすことを視野に入れ、今後の計画を頭の中で練り始めていた。

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