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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
42/160

42 教育方針の違い

 

 豪華客船に乗り込んでから4日目の朝を迎えた。特に滞りもなく、船は東へと進路を取り続けていた。完全プライベート空間が保証された最上級の部屋は、上階が寝室となり、1階部分にはリビングダイニングキッチンを兼ねた広いスペースがとられている。部屋から一歩外に出ると、その日もプールを占有するピィちゃんの姿が確認できた。


「おはよう。そんなに水に浸かって大丈夫?」

「ピピィッッ!!」


 その声は、日に日に元気になっているような気がした。


「魔力の鞭か。考えたな?」

「うるさいっ!!」


 プールからさらに奥の一段高くなったデッキでは、キラと大賢者が朝からまた決闘をしているようだった。



 キラは杖の柄を握りしめ、グリップの部分からは紫色に光る鞭を出していた。少し離れた場所に立つ大賢者は「やってみろ」と表情だけで彼女に伝える。キラはその場で鞭を振るった。それが大賢者に命中することはなく、一瞬で懐にまで距離を詰められてしまった。成す術がなくなったと判断したのか、キラはそこで動きを止めた。


「中距離武器を扱うなら、敵がこの距離に来た時の事も考えておいた方が良さそうだな? 杖の方に毒針を仕込んでも良い。さあ、どうする? 俺だったら鞭を束ねて殴るけど?」

「らぁ!!」


 キラは即座に言われたことを実行した。大賢者に片手で攻撃を受け止められ、魔力を吸い取られてしまったのか、紫色に光る鞭は消え去り、キラの手の中には杖だけが残された。


「そうだ。それが魔体術の走りだ。命知らずのバカどもは、主にこの距離で戦う。もちろん俺様の好きな距離でもあるが、お前の場合は無理に覚えんでもいい。だが、接近された時の最低限の動きだけは練習しておけ」

「クソッ!!」


 キラは大賢者の存在を拒絶するように両手で突飛ばそうとしたが、彼はビクともしなかった。


「一個の動作に入ったら、すぐに次の準備をするともっと良くなるはずだ。紫電と刹那の戦いを思い出してみろ。二人とも止まっていることは、ほとんどなかっただろう?」


 口をへの字に曲げ嫌悪の表情を浮かべているキラの事はお構いなしに、大賢者は講義を続けた。


「鞭の数も少ない。お前の魔力なら、もっと数が出せるはずだ。それと、今のままじゃ、お前自体が動き回らないと話にならん。身のこなしが終わってるお前とは戦い方の相性が悪すぎる。鞭自体に意思を持たせてみたり、伸縮させてみたり、もっと意外性のある、射程が急激に変わったりする攻撃なんかを取り入れてだな……」

「……うわぁぁぁん!!」


 キラがまた泣き出してしまった。目の前で起きている事を全く意に介さず、大賢者はさらに高説を垂れ続けた。


「……併用して、自動で遠距離攻撃を撃ち続ける魔法でも使ってみたらどうだ? 威力はいつも通りのカスで良い。豆鉄砲で敵の動きを誘導して、確実に当てられるポイントにまで追い込んでから鞭で一発。これなら、大体の奴を仕留められるんじゃないか?」

「ちょっと!! 朝から詰め込みすぎですよ!! キラが泣いてるじゃないですか!!」


 私は見かねて間に割って入った。子供に対して真剣すぎるし、そもそも難しい事を要求しすぎだ。


「なにぃ? これでもだいぶ譲歩してやってるんだぞぉ?」


 彼のアドバイスは大人の魔法使いでも即座に実践することは難しい。それこそプロの決闘者でもないと達成できないような無理難題を、あれだけベラベラと並べ立ててよく言ったものだ。


「レ、レオ、が、や、優しくないぃ~」


 キラはすがるように私に抱きついてきてローブに顔をうずめてきた。


「ほら、怖がってるじゃないですか。それに、無茶な要求ばかり押しつけすぎですよ」

「無茶ぁ? 何寝ぼけたこと言ってやがるんだ!? ユリエルがこいつと同じ年ぐらいの時にはもう」

「弟さんは天才なんでしょう!? そんな人とこの子を比べないでください!!」


 出来る限りの大声を出して、大賢者が言い終わる前に遮った。彼は魔法に対して本気すぎるのだ。時々、大人の私でも恐怖を感じるほどに。


「……チッ。最近のガキは根性入ってねぇなぁ」


 ため息をついた大賢者は魔法で姿を変えた。黒い眼帯をした人相の悪い男が私たちに背を向けて歩き始めた。


「どこに行くんですか?」

「さぁな。嫌われ者の吹き溜まりとかじゃないか?」


 すっかりへそを曲げた大人子供は、行き先も告げずに部屋から出て行ってしまった。





 大賢者が出て行ってからも、キラはソファの上でさめざめと泣いていた。いつもより落ち込みぶりが甚だしいと感じた私は、黙って彼女に寄り添っていた。


「……レオ、帰ってくるかな?」


 キラは膝を抱え、大賢者が出て行った扉を見ながら不安を口にした。私はその一言で確信を持つことが出来た。


「心配?」


 揉めたり対立したり殺そうとしたり、普段から忙しくしているが、なんだかんだいってキラも根本的には彼のことが好きなのだ。


「みんな、私のことが好きじゃないんだ」


 キラの様子は落ち込んでいるというよりも、傷心しているようだった。


「そんなことないよ?」

「だって、長も、レオも……タ、タルも……」


 ポロポロと涙をこぼすキラを抱き寄せた。私は自責の念を感じ、彼女に伝えなければならない事を伝えることにした。


「……ごめんなさい。もう、あなたを置いてけぼりにしたりしないから」


 こんな事をしても、彼女の心は満たされないかもしれない。それでも私はなんとかして、彼女の抱える孤独感を拭いとってやりたかった。


「うぅ……タルが、悪くなかったのは、わかってるけどさ、でも、色々、思い出して……ごめん」

「大丈夫、大丈夫だよ」


 不器用な少女に不器用な私がしてあげられることはあまりにも少なかった。ひとつだけ、大賢者から学んだことを実践してみようかと思った。


「ねぇ、お腹すかない? 美味しい朝ご飯、食べに行こうか?」

「でも……レオがあんまり外に出るな、って」

「うーん……」


 キラのサラサラとした長い髪を触り、何とかこれで尖った耳を隠せないかと試してみたが、どうしても先端が見えてしまう。あとほんの少しだけ、髪の毛にボリュームが欲しかった。


「あとは変装魔法か……あ、そうだ!!」


 閃きが突然起こった。私はキラの髪にとある魔法をかけることにした。


「かわいい~」


 エクステと呼ばれるつけ毛を散りばめて、キラの髪の毛にボリュームを出すことに成功した。彼女の明るい金色の髪と栗色のつけ毛によってグラデーションが美しくかかり、とても可愛らしく仕上がった。これで耳は完全に隠せる。晴れてお出かけが解禁となった。


「な、なに? なにをしたんだ?」

「鏡見てきてごらん?」


 バスルームへと走ったキラがまんざらでもない表情を浮かべて帰ってくるのにそう時間はかからなかった。





 共有エリアには様々な飲食店が立ち並んでいた。ピザやハンバーガーなどのある大賢者が好きそうなお店は避け、私たちはビュッフェスタイルがとられているお洒落な外装のカフェを選んで入った。


 店内は焼き立てのパンや、卵料理、ハム、ソーセージ、サラダ、フルーツ、ケーキなど、多種多様な食べ物が綺麗に並べられていた。それらの中でキラが真っ先に山盛りにして持ってきたのはソフトクリームだった。甘いものが好きなのか、それとも単に白い食べ物が好きなだけなのだろうか。いずれにせよ、部屋にいた時とは打って変わって、明るい表情で楽しそうにしている彼女の姿を見て、連れてきて良かったと心の底から思えた。


「楽しい!! ゼノも来ればよかったのに」


 口元をソフトクリームで汚しながら、キラは不在のピィちゃんについて言及した。私は懐からハンカチを取り出してキラに手渡した。


「あそこまで拒絶されちゃうと、ね……」


 もちろんピィちゃんのことも連れてくる気だった。しかし彼は声をかけてもプールから動こうとせず「ピピピ」と短く拒絶の返事をしただけだった。仕方なしに無理やり水から引き上げようとしても、吸盤で張り付いたかのようにその場を離れようとしなかった……いや、本当に吸盤で張り付いていたのかもしれない。


「それにしても、こういう……周りに人がたくさんいるお店は落ち着かないなぁ」


 キラはキョロキョロと周りに視線を走らせながら、あっという間にソフトクリームを食べ終えてしまった。


「ふふっ、子供の内から贅沢覚えちゃダメだよ。果物も食べたほうがいいんじゃない? もっと美人さんになりたいならね?」


 私は彼女にビタミンの摂取を推し進めた。美人がどうというのは建前で、すでにそれを手にしているキラには必要のない概念であることは百も承知だ。今の彼女に必要なのは、言葉遣いとテーブルマナーと食事の栄養バランスと酸い匂いを取り払う足の洗い方ぐらいだろうか。その中で私が最も気になっているのは、食事の栄養バランスであった。


「美人? 美人になんて、なってどうするんだ?」


 キラは眉間にしわを寄せて、難色を示した。


「そうだねぇ……ユリエルに会った時に、好かれたくない?」


 我ながら、うまい言い回しが出来たと思った。きっかけなんて、そんなものでいい。彼女には正しい栄養バランスを意識してほしかった。


「……果物も食べてみよう。どれが一番美人になれるか、教えてくれ」

「オーケイ」


 私は邪心にまみれた無垢と果物の置いてあるエリアに行くために立ち上がった。


「……なんだ?」


 私と同時に立ち上がったキラが呟いてすぐに室内が大きく揺れ始めた。私は彼女の身体を引き寄せて身を低くし、自分たちの身の周りに小規模の防御壁を張った。揺れは激しく、椅子やテーブルが横倒しになった。店内は騒然とし、中にはパニックになっている者もいた。私はすぐに防御壁を広げ、それが店中にいき渡るのを確認してから口を開いた。


「皆さん!! 揺れが収まるまでその場を動かないでください!! 店内は安全です!! どうか、身を低くして揺れが収まるまで動かないで!!」


 言い終わると揺れが収まった。私は防御壁を張ったまま、周囲の状況を確認した。窓の外のデッキ部分を見ている人々と、呆然と床に座り込む人、恐怖に涙している人までがいた。


「落ち着いて!! 安心してください!! 国際魔法警備局の者です!! 皆さん、クルーの指示をしっかり聞いて、速やかに従ってください!!」


 防御壁を解き、その場の事は全てクルーに任せることにした。


「行こう」


 私はキラの手を取り、たくさんの視線が集まっているデッキへと向かうことにした。

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