41 魔法史:補講 『第6魔王と107人の侍』
第6魔王『トワイ』が日本へ侵攻し滅亡したのが、今からちょうど630年前のことである。魔王軍と107人の侍たちの戦いは、カムチャツカ半島からクリル諸島、千島列島にかけて繰り広げられた。特にトワイの得意とする『高速飛行魔法』に侍たちは苦しめられた。トワイを討ち取ったのは一人の無名の侍であった。『魂の宿る刀』を持ったその侍は、刀の魔力で空を自在に飛びまわり、空中戦でトワイを圧倒した。
「ざっとですけれど、第6魔王についての要点はこんな感じですね。第6魔王であり、人類初の高速飛行魔法を発明したトワイと、魂の宿る刀、いわゆる妖刀を持った侍との一騎打ちは太平洋の東の沖にまでもつれ込み、この戦いを制したのが日本の侍だった、ということです」
説明を終えたユリエルは、巧みに操作していた108体の小さな人型の使い魔と大海原を消し去り、二人の生徒の反応を伺った。
「ふーん……侍は107人いたけど、魔王軍って何人いたの?」
今日は少しメイクに気合いの入ったアルファが、説明で明かされなかった部分に興味を持った。
「以前までは最大で10万なんていう数が記載されていました。だけど最近では研究も進みまして、トワイ一人で魔王軍のすべてをコントロールしていたのではないか、という説が有力視されています。なので、新しい書物のほとんどで魔王軍の具体的な数字は記載されなくなりました」
教師は今日も生徒の質問に滑らかに答えた。
「てことは1対107かぁ~……魔王、無茶苦茶やな」
イオナは現代人的な感想を口にした。
「本当、そうですよねぇ……日本の魔法使いたちって、古代から空も海も、ほとんど無敵と言っていいほどに強いんですよ。だから魔法史上で日本だけは唯一、侵略された記録が残っていないんですね。そんな国の少数とはいえ精鋭部隊を、トワイは一人でほぼ壊滅状態にさせてるので……イオナ君の言った感想は、まさにその通りだと私も思います」
しみじみと、ユリエルはイオナの感想に同意した。
「せやんな? 『暗天』とか『魔弾』とか、あのへんの魔女たちも古代日本やもんな?」
イオナが魔法史に残る有名な魔女たちを例に挙げた。
「よく……ちゃんと、一人で勉強してくれているんですね?」
ユリエルは表面上穏やかではあったが、その実感動で泣きそうになっていた。彼の思いが少しだけ実を結んだ瞬間でもあった。
「ま……ちょっと好きになってきてるから」
褒められたイオナは照れくささを隠すように得意げに笑った。
「おーい、ラブコメかぁ!?」
置いていかれた気持ちになったアルファは二人のやり取りを茶化した。
「ははははは!! 私、好きになってきてるから……先生の事」
イオナがユリエルに向けて、わざとらしく熱い視線を送った。
「えっ!? 好きって、そういう……意味?」
アルファは過剰に反応して、大事にしようと盛り上げた。
「……まあ、それは置いといて」
二人の魔女の息の合った漫才のようなやり取りは真面目な教師を困らせるばかりだった。
「おい、置いてくなぁ!!」
「あはははは!!」
「ははは……。次回は第5魔王ビスマルクについてまとめておくので、また一緒にやっていきましょうね」
ユリエルは逃げるように補習授業を締めた。
「出た~、第5魔王理論!!」
「もうそろそろ、うちらも限界よ?」
二人の悲痛な声を皮切りに延長戦が始まった。
「二人とも、そんなに怖がらなくても……魔法史だからね? 理論についてはやらないよ?」
苦笑しながらユリエルは生徒たちを安心させようとした。
「第5魔王理論については、現代魔法理論のジルマール先生が大変に詳しい方なので、二人とも興味があれば、ぜひ彼女の研究室に行って聞いてみてください。面白いですよ?」
イオナの自主学習の賜物に希望を見たユリエルは彼女たちに奨励した。
「ジルちゃんかぁ……ジルちゃんも可愛いんだけどねぇ~」
アルファは言葉を濁し、尻込みした。
「あの人、さすがに訛りすぎやで。何言ってるか、ホンマにわからん時あるもん」
「そうかもしれないけれど、あの若さで理論の先生ができるのは本当にすごい事なんだよ。二人とも卒業してから絶対に後悔するから、彼女の知識に少しでも触れておくといいよ?」
同僚の能力の高さを少しでも生徒たちに伝えたかったユリエルは熱く語った。
「めっちゃ推すやん。ユリエル、ジルマールの事、好きなん?」
「ジルちゃんって、ホーローの一族だっけ? ユリちゃんって、そういうブランドに弱いの?」
「ブランドって……そうじゃなくて、私が心惹かれるのは彼女の能力そのものだよ」
悲しい事にユリエルの熱は生徒たちに伝わることはなかった。それどころか、彼女たちはもう少しだけ自分たちに理解のできる高さで彼の話を捉え始めてしまっていた。
「うわっ、浮気だ!! 不倫だ!! 最低だなぁ、ユリエルぅ~。私にも手ぇ出そうとして」
イオナがヘラヘラ笑いながら悪意たっぷりに話を捻じ曲げて、拗れさせようとした。
「お嫁ちゃん泣くよ? あんまりそういうこと、言わない方がいいんじゃない?」
「えぇ……?」
こうして生じた認識のズレは、数で勝る生徒たちの方に軍配が上がった。
「あ、そうだ。お嫁ちゃんと言えばさ、あの件はどうなったの? 大魔導士の助成金の話」
「あ~……その件に関しては、妻が君たちにすごく感謝していました。差し支えなければだけど、家で一緒に食事でもどうか、って。そう言っていたよ。もちろん、来たくなれば来なくて構わない。というか、来たくないよね?」
ユリエルはできる限り生徒たちが断りやすくなるように配慮して妻から預かった言伝を伝えた。
「いや、普通に行きたいけど?」
「あたしも~」
二人の返答はユリエルの予想に反するものだった。
「…………本当に?」
疑いの眼差しを向けるユリエルに、それぞれがバラバラのリズムで首を縦に振った。
「……じゃあ、日程は後ほど合わせることにしましょう」
「ところでさ、いくら貰えたの?」
アルファは直球で尋ねた。
「断じて一生食べていける金額なんかではなかったです」
「なんやそれ? はっきり言ってくれや」
「いやぁ……でも調べたら簡単に出てくると思うよ?」
「調べるのめんどいよぉ。うちらのバイト代よりも多い? 少ない?」
「それはね……もしかしたら、ピッタリぐらいの額かもしれない」
「少なっ!! 大魔導士は夢がねぇなぁ~!?」
イオナは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そうだよ? 世の中そんなに甘くできていないんだ」
その後、3人は金の話で盛り上がった。それは大魔導士ユリエルが最も苦手とする分野の話でもあった。アルファが明かした星詠みの一族が占いで稼ぐ金額に度肝を抜かされ、イオナが明かしたコンビニバイトの労働環境の実態に首を傾げ、ユリエルは少し見聞を広げたのだった。




