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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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39 旅の打ち合わせと新たなる殺意

 

 水の精霊ミラの家で午後のティータイムを終えても、私の作ったケーキだけは余った。現実というものは、特に子供なんていうものは非情である。今回のケーキの場合だったら形のいいものから消費されて、歪なものは見向きもされない。それについては自分もしてきた事であり、今更偉そうなことは言えない。ただ、これからは少しばかりそういう部分について気を遣っていこうかな、と思った。そんな学びを得ながら、ほとんど丸ごと余ったケーキを小脇に抱え、私は子供たちとともにホテルへと戻った。



「クサッ」


 部屋に入るとジャンクフード特有の油のにおいが鼻をついた。これだけでもう彼が帰ってきていることが分かった。


「おかえり」


 案の定、大賢者がテーブルの前で胡坐(あぐら)をかいて私たちの帰りを待っていた。テーブルの上にはハンバーガーの包み紙やフライドチキンの骨が散乱していた。


「もう……子供じゃないんですから、片付けぐらいちゃんとしてくださいよ」


 私は目に余る惨状を魔法でひとまとめにしてゴミ箱へ放り込んだ。


「サンキュー。それで、エルフと魔法族との……アレはうまくいったのか?」

「あ……」


 私はそこで昨晩大賢者が捻り出した建前の事を思い出した。このドアにはそういった名目で違法な時間魔法がかけられてる。不意の事態に見舞われ、その目的は果たせずじまいで帰ってきてしまった。


「おう!! ミラのおっぱいはシデンよりもすごく柔らかくて、スライムみたいだった!!」


 キラが鼻息を荒くしながら両手を広げ、ムニムニと空気を揉みこむ動きを見せた。初耳だ。この子、私がいない間にそんなことしてたのか……。


「ミラねぇ……まぁいいおっぱいしてる方だけど、集落にもいいおっぱいしてる女なんか、たくさんいたろ? 年中編み物ばっかしてるヒルダ婆さんとか」


 なぜ代表的な例にお婆さんの名前を挙げたのか、大賢者の選考基準には疑問を禁じ得なかった。


「シューラク?」

「なんだぁ? もしかして、集落に行かなかったのか?」

「うん。なんか小さき者同士で勝手に出かけて、私とゼノはミラの家に置いてかれた」


 キラよ。それは身長の話か、それとも胸の話か。どちらにせよ失礼極まりない言い方であるし、自分の事を棚に上げすぎている。私はキラに対して初めて憤りを覚えた。


「あぁ? 小さき者?」

「えーっと、ですね……」


 台風のような魔女メアリーが起こした事の顛末を、私は大賢者に説明することにした。





「……それで、一日が終わっちゃいまして。この子たちを集落に連れていけませんでした」


 不可抗力とはいえ、なんとも情けない結果報告になってしまった。話しているうちに気付いたことだが、キラの言い方に少しだけトゲがあったのも無理はないと思える内容だった。彼女はきっと寂しくて不安だったのだ。故郷を離れ、そんなに日も経たないうちに見知らぬ土地に置いて行かれて……それできっと、ああいった言い方になってしまったのだろう。私は少し前に感じた憤りを取り下げることにした。


「だっはーー!!! そりゃ、災難だったな!!」


 大賢者は私に同情の念を抱くことはなく、むしろ大喜びしていた。


「なあ、レオ。シューラクには本当にいいおっぱいがたくさんあるのか!?」


 キラが目を爛々と輝かせながら山賊のようなことを口走った。


「ああ。あの集落は巨乳村で有名だからな。農作業ばっかやってると、そうなるんじゃねぇかなぁ?」


 山賊の頭は今日も子供にデタラメを教えた。少なくとも私の見たところでは、一部を除いてそんなことはなかった。


「そんな事実は確認できませんでしたけど? それに『最後の領地』にある集落の情報が、簡単に世に出るわけがないと思いますが?」

「お前……巨乳の話題になると、厳しいな。ちょっとした冗談じゃないか」

「そうじゃありません!! 私はキラにデタラメばかり教えるのは、いかがなものかと思って申し上げているだけです!!」


 大賢者のふざけた言動によって得たイライラを瞬時に吐き出した。


「またレオの虚言か」


 キラはガッカリした様子でため息をついた。


「なんだぁ!? 集落は知らねぇくせに、虚言は知ってるのかよ!? ちょっと知識に偏りがあるぞ、お前!?」


 私とやり合うには劣勢と見たのか、大賢者はキラに標的を変え、争いを激化させていった。この場でもっとも賢い存在だったのは、いつも通り水を飲みながら傍観を決め込むピィちゃんだけだった。





「ふぅ……なんか疲れちゃった。もう、喧嘩はやめようか?」

「……うん」


 大賢者の顔はツヤツヤとしていたが、キラはぐったりとした様子で座り込んでいた。


「フライドチキン、食うか?」

「……うん」

「ピィッ!!」


 外はすっかり暗くなっていた。お腹をすかせた子供たちのため、大賢者は買い込んでいたフライドチキンやポテトやサンドイッチをテーブルの上に並べた。


「じゃあ今日はこれ食って、風呂入って、歯磨いて、ゆっくり寝なさい。もう夜だから」


 醜い言い争いは時間の関係上、一時休戦となった。毎回毎回、本当にこの二人はよく喧嘩をする。それも大賢者の方がいつもキラの体力の限界ギリギリまで粘るという、悪質極まりない絡み方をするものだから始末に負えない。この行為は何か彼なりの意図でもあるのだろうか。


「うまいだろう?」


 喧嘩が終われば、大賢者は優しい。今日も彼はチキンを荒々しく食べるキラに優しく微笑みかけた。キラはキラで、食事中ならば彼に心を許す。彼女は大賢者に対し頷き、無邪気に微笑み返した。


「そりゃそうだ。菜食主義のキングオブポップも、このフライドチキンが大好きだったんだから」

「チキンは美味しいけど、レオが何言ってるか、わからん」


 私も右に同じだった。この人は非魔法界の話題をごちゃまぜにして話すきらいがある。私たちが知っているわけがない事柄を、共有知識であるかように話すのだ。


「そうかい、そうかい。こういう時に、ユリエルに会いたくなるんだよなぁ……」


 大賢者は一人窓の方へ移動して、夕食を楽しむ私たちに哀愁漂う背中を向けた。





 夜は更け、大人だけの時間がやってきた。これからの旅の予定をしっかりと打ち合わせる時間でもある。私と大賢者はまずは向き合って乾杯をした。


「ところでこの箱何なの? 帰ってきてから、ずーっと置いてあるようだけど」


 大賢者は余ったケーキの入った箱に興味を示した。私は黙って箱を開け、おそらく彼にとって望郷の念に駆られるであろう物体を取り出した。


「うわ!! なっつ!! ガキの頃、よく食わされてたやつだぁ!! お前……そうか。実家に連れてかれたって話だったな。これはタルが作ったのか?」

「まぁ……仕上がりは残念ですけど。食べてみます?」

「もちろん」


 大賢者はフォークも使わずに、カットされたケーキを手に取って豪快に食べ始めた。


「へへ、結構美味いじゃんか」

「……気を遣ってくれなくても大丈夫ですよ」

「あん? 見てくれの事を気にしてるのか? 別に胃袋に入れば同じだろ? と、ステレオタイプなことを言いたいところだが、本当に美味いぞ? 俺好みの食感に仕上がってる」

「食感、ですか?」


 意外な部分に焦点があてられた。てっきり彼が気を遣って無理に褒めてくれたのかと思っていた。


「俺さぁ、ステーキとか切らないで食うの、好きなんだよ。トマトとかも丸かじりした方が好きでさ。だから、こういうケーキとかだったら、多少は歪な形をしてくれてた方が美味く感じるんだ」


 そう言われてみると、記憶の限りでは彼は食事においてナイフというものを使っていなかった気がする。だからジャンクフードの類が好きなのだろうか。


「いやぁ、それにしても残念だ。こんなうまいケーキがもう二度と食えないなんて」

「……どういう意味ですか?」

「お前みたいなやつはすぐに腕をあげる。だから次に作られたケーキは、コイツよりも形が良くなっている。一期一会ってやつだな」

「……ありがとうございます」


 なんとも、遠回しすぎるフォローだった。だけど、そのおかげで少しだけ心の中に後ろ盾が出来た気がした。


「ごちそうさん。明日も、いや出来れば毎日作ってくれ」


 ほぼワンホールあったケーキを、彼はあっという間に平らげてしまった。


「そんな余裕はありませんよ。明日からはその暇もなくなるんでしょう?」


 私はそれとなく話を本題の方へと向けた。彼の計画では今日は無人島の転移できそうな場所の目星をつけに行って、明日から全員で無人島の探索をするという予定だったはずだ。


「あ~……あのねぇ、残念なお知らせがある。無人島、行かなくてよくなりました」

「はい?」


 大賢者はエルフの長に貰った秘宝をテーブルの上に置いた。


「ひとつめの封印、解けちゃった」

「……色が変わってますね」


 貰った時には無色透明だったはずの秘宝が黄色く輝いていた。


「そうなの。島をちょっと歩き回ってたら、明らかに不自然な遺跡があってさ。で、その遺跡の中にたぶん守護獣か、なんかだったんだろうね? そいつが待ち構えてて、襲われちゃって。でもさぁ、異世界の支配者に勝っている俺からすると、楽勝すぎちゃって……ほとんど子猫だったね、あれは。とりあえず適当に殴り倒したら、秘宝がこうなってた」

「そう、だったんですか……」

「たぶんさぁ、分散された魔力が守護獣そのものになってるんだと思う。だからあと2か所でそいつらを倒しちゃえば、もう終わり」


 まるで訃報を伝えているかのようだった。どうして、彼はこんなに気落ちしているんだろうか。


「参ったなぁ……まったく盛り上がらんぞ、この旅。生ける鉱石(リビングオーズ)みたいに、使える魔法に制限のかかった場所とかにあるんだったら、まだ面白かったかもしれんのに……。次のところで、もし守護獣が出たら、お前が戦ってみるか?」

「いや、意味がわからないですよ。なんであなたの結婚指輪を、私が戦って勝ち取らなきゃいけないんですか」


 正論でかわす。彼のこういうノリは本当に危ない。戦闘なんていうのはしないに越したことはないのだ。


「だよねぇ……」


 守護獣が弱かったことが余程ショックだったのか、彼は素直に引き下がった。


「ちなみに残りの2つの場所は、どこにあるんですか?」


 これまで大雑把にしか教えられていない情報の詳細を引き出し、目的の全体像を把握する時が来たようだ。私は珍しく隙を見せた彼に勝機を見出した。


「カナダにある火山とねぇ……」


 大賢者は何もない所から世界地図を取り出した。


「ここなんだけど……ここはなんていう国か、わかるか?」


 地図を私の方に向け直して、大賢者はケニアの南に位置する国を指差した。


「タンザニアですね」

「たんざにあ? タルは物知りだなぁ……」

「アフリカって結構、国際指名手配犯の逃亡先になるんですよ。それでこのへんの国名はよく覚えてますね」

「ほーん……そもそも逃がすな、ボケ!!」


 弱りきってほとんど老人のような穏やかさを保っていた大賢者が突然元気を取り戻した。


「あはは、まったくですよね」


 私は少しホッとしながら、彼の無茶な主張を甘んじて受け入れた。


「冗談だよ、ありがとな。で、そのタンザニアにある谷底。これがもうひとつの目的地だ」

「どちらから行かれるおつもりですか?」

「さすがにカナダからかなぁ。交通の便を考えると、ここからアフリカに行くよりかは、回りやすいはずだから」

「カナダですね」


 やっと見えてきた旅のゴールに合わせ、頭の中でなんとなくスケジュールを組んだ。まずはカナダへ。それからタンザニアを目指す。そう長くない旅になりそうだった。


「というわけで、まずはカナダを目指して船旅だな。俺は船旅をしたことがない。船で旅がしたい。はい、どーん」


 大賢者が何冊ものパンフレットをどこからともなく取り出し、1冊ずつ読み始めた。


「うわっ。これ、いいんじゃない? トロントまで33日間。完全プライベート空間保障、小さなお子様も楽しめるキッズエリア付き」

「却下です」


 冗談じゃない。この人と33日間も海の上だなんて、まっぴらごめんだ。前言撤回、私たちの旅はもう少しだけ、時間がかかりそうだった。


「なんか頭痛くなってきた!! タル、お前ケーキにチョコレート使ったな!? 俺はチョコレート食べたら頭が痛くなっちゃうって言っただろ!?」

「初耳ですけど」


 今度はもっと生地にココアパウダーを練り込んで、デコレーションにもたくさんのチョコレートを使ってやろう。新たな殺意を胸に、再び旅が動き始めようとしていた。

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