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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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36 大賢者の母

 

 城の中に入ると美しいエントランスホールが広がっていた。左右それぞれに十数人の使用人が整列していて、中央部分にどっしりと構えるように設置された階段の方へ行けと、まるで彼ら自身が道しるべとなって私たちに訴えているようだった。


「お帰りなさいませ、メアリー様。いらっしゃいませ、イシュタル様」


 歓迎の挨拶が吹き抜けになったホールに響き渡った。私たちを迎えた大勢の使用人の中には、人間型の使い魔もまじっているように感じた。そこまではわかったのだが、どれが使い魔なのかまでは正確にはわからなかった。もしかしたら全員がそうなのかもしれない。いずれにせよ、この使用人に扮した人間型の使い魔を生み出した人物の魔法技術が人間離れしているという事だけは確かな事であった。


「どうもどうも、皆さまあのー、お昼時にすいません。もうご飯は食べましたか?」

「お心遣い、恐悦至極に存じます。我々はすでに済ませてありますので、どうかご安心ください」


 玄関の扉を開け私たちをここまで案内してくれた、坊主頭で細身の初老の男性がメアリーの言葉に答えた。


「お荷物がございましたら、こちらでお預かりいたします」

「ではでは、いつもながら、この子をよろしくお願いします」


 メアリーは初老の男性よりもさらに腰を低くして箒を預けた。着の身着のまま、こんな豪華絢爛な場所へ連れてこられた私には、当然手荷物などあるはずもなく、男性の申し出を丁重にお断りさせていただいた。


「ティナ様は2階の中庭におられます。どうぞ、おあがりください」


 そこから再びメアリーが先導し、目的の中庭を目指した。




 領主ティナ・エーデル・アレキサンダーは、鬼の形相を浮かべ肩で息をしながら、テーブルを青い炎で燃やしていた。初見の感想としては『美魔女100傑』の殿堂入りということもあり、さすがの美貌とスタイルを兼ね備えた人物だと思ったが、やはり底知れない魔力を持った恐ろしい魔女であることは隠しようのない事実であった。


「お義母様ァ!!」


 メアリーが明らかに機嫌の悪い領主の元に駆け寄ってその身を抱きしめると、領主は顔を綻ばせて別人のような優しい顔つきへと変えた。


「待ちましたよ、メアリー」

「遅れてごめんなさい」


 幼子が母親に甘えるが如く、二人は抱きしめ合った。これはどういう関係なんだろうか。少なくとも、嫁姑の関係とは思えない光景だ。女子高の仲の良すぎる先輩と後輩のような、そんな関係なのだろうか。


「あのー、今日はですねぇ、自分の美しさに自信を持てない、悩める魔女を連れて来まして」


 くっつけていた身体を離しても、メアリーは領主の手を両手で包み込んで離さなかった。


「イシュタルね。その節はレオナルドがお世話になりました」

「いえ……」


 今もですけど。なんてことは言えなかった。射貫くようにまっすぐに向けられた視線は、私をその場で静止させるには十分な力があった。


「メアリー、私は彼女と少しお話があります。先にキッチンへ行って待っていてください」

「はいっ!!」


 メアリーが領主に言われた通りに行動するのを見て、私は自分が大賢者にしている態度をなんとなく思い出した。




 中庭では、様々な魔法植物が植えられたプランターが並べられ、燃やされてしまったテーブルとセットになっていた椅子が所在なげに佇んでいた。艶のない、すべてを吸い込むような黒のドレスローブを着こなした領主は、無表情に私を見つめていた。


「貴方は、どちら側の人間ですか?」


 自分の利益の事しか考えていない、まずいタイプの人だ。ティナ・エーデル・アレキサンダーは平気で人間を壊すことのできる人物である。彼女の目つき、仕草、歩き方。過去に出会った危険な犯罪者たちの統括的なデータが脳内に蘇った。それらの尖った部分だけを合わせたものが彼女だ。彼女の全身から滲み出る静かな狂気に、私は恐れおののいた。


 ここに至るまでの経緯から考ると、当然のように私の素性、経歴、能力といったものに関してすべてが筒抜けなのだろう。私はどの言葉を口から発したらいいものか慎重に考え、答えに窮した。


「まあ……まずは座ってください」


 私は抵抗するすべもなく、彼女の魔法によって椅子まで身体を導かれ、座らされた。


「さて、もう一度聞きましょう。来るべく時のお話です。仲間は多い方がいいですからね。今現在の考えで構いません。貴方は、どちら側につくおつもりですか?」

「……戦争は反対です。ですが、今の魔法界に忠誠を誓うつもりはありません」


 誠心誠意、私は今の自分の内側にある思いを言葉にして伝えた。


「いい答えですね」


 彼女はにっこりと笑い、私の心身にかけた重圧を解いた。


「驚かせてごめんなさい。レオナルドは元気かしら?」

「……元気です」


 お宅の息子さんは、少しばかりやんちゃが過ぎます。そう言えれば、もっと良かった。


「そうですか。私もあの子を甘やかしすぎてしまったのかもしれません。至らない部分も多いでしょうが、正しても聞かない子ですからね」

「……そうですね」


 それは本当にそうだった。それしか言えない。なんであの人、人の話をちゃんと聞かないんだろう。お酒の席だと、そんなことはないのに。


「本当にレオナルドは……ユリエルが生まれるまでに、何度捨てたことか」


 捨てた? 捨てようとした、ではなく? どうやら、彼女の話はかなり危ない方向に行ってしまったようだった。


「あの子に必要だったのは、自らの愛を注ぐための存在だったのです。弟ができると、レオナルドは見違えるように変わりました。弟に教えるための知識を身につけるようになりました。それに従ってイタズラも手が込むようになって、何度二人を魔封牢にぶち込んだことか……」


 魔封牢? ひょっとして私は今、児童虐待の自白を聞かされているのではないだろうか。


「あなたの得た知識と経験を、あの子のために役立たせてください。あなたの奥深くに眠る苦悩は、きっとあの子が長い年月をかけて晴らしてくれることでしょう」


 虚を突かれ、反応に困った。この人は一体どこまで私の事を知っているのだろうか。領主の特権で覗かれたのか、それとも千里眼の血でも引いているのだろうか。


「それと、メアリーが言っていたことですが、気にしない方がいい事もあります。あなたはあなたです。あの子のようになる必要はありません」

「……はい」


 少しだけメアリーに対して感じていた劣等感が取り除かれた気がした。


「それにしても、あなたは運がいいですね。アレキサンダー家に伝わる秘伝のサクランボケーキの作り方が学べるとは」

「……え?」


 ケーキ作りは専門外だ。これまでまともに料理をせずに生きてきたツケが回って来たのだろうか。


「さあ、参りましょう。メアリーが待っています」


 領主の魔力から解放されたはずの足は、とても重く感じられた。私は未知の恐怖が待ち構えるキッチンへと足を引きずった。

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