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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
32/160

32 嘘と建前

 

 子供たちも寝静まり、一人で静かな夜と晩酌を楽しんでいる所に騒がしい人が帰ってきてしまった。


「いやいやいやいや、驚いた!! あの勝った方の女、なんとユリエルのファンなんだとよ!!」


 どっかりと座り込んだ大賢者が最初に口にしたのは、弟の話題だった。


「もうちょっと声のボリュームを落としてもらえると助かります。子供たちがやっと寝てくれたところなので」


 上機嫌な彼に水を差すようで申し訳なかったが、本当にその通りだったので少しだけ注意を促した。


「そうか、すまん。あ、もうやってるな。つまみいっぱい買ってきたから、食おう」


 彼はお得意の茶色い食べ物の数々を机の上に所狭しと並べ始めた。


「お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、えー……肉巻きおにぎり、あとお前の好きな唐揚げ」


 ひとつひとつ料理名を教えてくれるのはいいが、いくらなんでも買いすぎだ。それに、こんな時間にカラーゲを食べても大丈夫なのだろうか。


「ありがとうございます。いただきます」


 すでに夕食は済ませていたが、食べなきゃ食べないでまた騒ぎ始めるし、私は彼の好意に応えてカラーゲをひとついただくことにした。さすがに初めて食べたときの衝撃には敵わなかったが、とてつもなく美味しい食べ物であることには変わりがなかった。私が一口食べる姿を見ると、彼は満足そうに笑った。


「……それで、刹那選手と何をお話になられたのですか?」

「そうそう、ユリエルの大ファンでさ、いつも本を持ち歩いてるんだってさ」

「本?」


 それは一体、どんな本なのだろうか。 まさか彼の写真集というわけでもあるまいし。


「うん。俺も知らなかったんだけど、ユリエルが大魔導士になりたての頃に、自費出版した本があるんだって。今からもう10年ぐらい前だよ。世界で20だか30しかない、その本を肌身離さず持ち歩いてるんだって。自慢されちゃったから、俺のサインをその本に無理やり書いてきてやった」


 なんでそういう事するのかなぁ……。私は呆れながらも、被害に遭われた刹那選手の心の安否を心配した。


「かわいそうに……」

「ふふふ、心配するな。同じ本を3冊も持ってる変態だったから、大丈夫だ」

「はぁ……」


 そうだったとしても、ダメなことには変わりないと思う。


「……え!? 3冊!?」


 遅れて驚きがやって来た。そんな希少な物を集められているのもすごいし、集める意味もわからない。いや、1冊をゴミにされてしまったから意味はあったのか。


「ビビるよな? 世界中を旅してその本を集めるのが趣味らしい」

「えぇ……」


 稀有な人もいるものだ。私はパンフレットで見た、刹那選手の何を考えているのかよくわからない表情を思い出して、まったくその通りの人物だったと勝手に納得した。


「放浪の一族を知っているか?」


 放浪の一族とは、魔法界において少し変わった位置付けにいる民族のことだ。


「一度だけ、会ったことがあります」


 あの時のことは忘れもしない。駆け出しの頃、広域にわたる強盗事件の捜査をしていた私は、たまたま現場に居合わせた放浪の一族の方々に事情聴取をしたことがあった。


「何喋ってるか、よくわからなかっただろ?」

「そう、ですね」


 彼らの大きな特徴のひとつでもある言葉の訛りには大変に苦労させられた。私が聴取したのが外部の人間とほとんど関わらない生粋の、訛りが特に強いお年寄りのグループだった。使い魔で事情聴取を記録したものの、翻訳の専門家もお手上げ状態で、私は数日間一人で訛り音声と向かい合う羽目になった。


「その放浪の一族出身の若い魔女と旅先で出会って文通してる、なんてことも言ってたな」

「へぇ~。珍しいですね」


 今時文通していることも、一族出身の若者と知り合えることも、両方の意味で珍しい。文字だと訛りはないのだろうか。いずれにせよ、なかなかに想像しにくい話だった。


「そうだろう? 筋金入りの魔法オタクだったよ、あの女は。俺様の前でユリエルのファンと言い切るだけのことはある。そういえば、ユリエルがまだ7つだった時にさ……」


 ブラコンの大賢者はまだまだ上機嫌に、その饒舌ぶりを発揮し続けた。




「……だからもう全然違うんだよ、ユリエルは。生まれたときからモノが違う。本当の天才っていうのは、ああいうヤツの事を言うんだろうな」


 溺愛する弟が生まれた瞬間に祖父の魔法を支配したとかいう、いかにも胡散臭い話を大賢者は最後まで誇らしげに語った。


「はぁ……ちょっと喋りすぎたな」


 いつもよりもさらに増して、大賢者はお酒とおつまみを消費していた。胡散臭い話も多いけれど、私は彼のする弟の自慢話が好きだ。彼らの少年期の学習環境はすごくエキセントリックで、聞かされるたびに好奇心を刺激される。言ってることが難しすぎてわからない時も少なくないが、そういう時は後で調べれば学び直しの良い機会にもなるし、私にとっては悪い要素がないことだった。


「悪い悪い。今日は何か質問はないのか?」


 突然の紳士タイムが始まった。人並み外れたサービス精神の持ち主でもある彼は、おかしな方向にそれを向けなければ、こうしてきちんとしたお話ができる時間を設けてくれる。とはいえ、目の前で急激に変えられた話題と彼の態度に、私は少しだけ躊躇してしまった。


「えーっと……目的地の無人島には、どうやって行くつもりなんですか?」


 やはり気になるのは、自分たちのこれからの動向だった。


「あー、それね。まったく考えてない」


 これがあるから、恐ろしい。おそらく彼は今、本当に何も考えていないと思う。具体的な根拠は何一つないが、直感的にそう感じた。


「場所については、特定しているんですよね?」

「ああ。ここからずっと東の海上にある島らしいんだが、そんな辺鄙なところ、交通機関もないし、まあ、とりあえず明日、俺が下見に行ってくるから、お前らは俺が帰ってくるまで大人しくしておけ」

「大人しく、ですか……」

「あまり出歩かん方がいいだろう。治安はいい国だが、さすがにエルフともなると言い訳が苦しくなってくる」


 確かに今日の嘘はかなり苦しかった。余計な厄介ごとは避けた方が無難である。


「あ、そうか。じゃあ、こうしよう」


 そう言って大賢者が手を挙げると、壁にドアが生成された。


「開ければ俺の実家の領地に出るから、そこで過ごすといい。集落の人間なら口も堅いから、キラも連れて行って問題ない」


 相変わらず、無茶苦茶な魔法を使ってくれる。


「そ……そうですか。ちなみにこのドアは領地のどこに出るんですか?」

「どこだったっけかな……ちょっと待ってろ」


 彼は立ち上がり、ドアを開いて顔だけを中に入れた。


「あれ? ああ、そうか」


 何やら一人で疑問を抱き、すぐに納得したかと思うと、彼は首を引っ込めて扉を閉めた。


「どうしたんですか?」

「待て。ややこしいんだよ、これ。えーっと6、7時間ぐらいかな。こっちが進んでるから……ほいっと」


 彼はドアノブを握りしめたまま、おそらく時間魔法と思われるものを、元捜査官である私の目の前で堂々と使った。


「……そういう魔法、あまり使わない方がいいですよ?」


 魔法界において、時間に関する私的な魔法の使用はれっきとした犯罪行為である。相手が相手なので黙認するしかなかったが、何も言わないわけにもいかなかった。


「もう使って大丈夫だろ。だって俺、大賢者だよ?」

「大賢者でも私的な利用はダメですよ」

「いーや、私的じゃないね。これは公務です」

「これのどこが公務なんですか!?」

「えーーっと……指輪……はダメだな。だからその~、エルフと……魔法族の関係を……正常化させる公務」

「……そういうことにしておきます」


 建前としては成立している。絞り出したその回答は、彼が今日ついた嘘の中でも一番筋が通りそうなものだった。


「それで、このドアはどこに出るんですか?」

「ミラの家」

「ああ、この前お邪魔したウンディーネさんの……」


 向こうに行ったら、まずは彼女に挨拶をしよう。私は頭の中で明日の予定を立てながらも、久しぶりに彼のいない日を迎える事実をふわふわとした気分で受け入れていた。

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