31 モンスターペアレント
「ピィッ!?」
「……え!? 何!? 仮装!?」
目を覚ますなり、紫電選手は驚きの声をあげながらベッドから体を起こした。彼女の顔をのぞき込んでいたピィちゃんの方も、なぜか驚きの声をあげて私の後ろへ回り込んだ。大賢者の治療を受けた彼女は、ローブこそ所どころが切り裂かれたままだったが、試合で負った怪我や傷は綺麗に治されていた。
「まだ若いのに、あんな戦い方どこで覚えた? 今日が引退試合ってわけじゃないんだろ?」
大賢者は以前からの知り合いかのように、彼女と普通に会話をしようとした。
「え!? えぇっ!? …… 嘘!? 本物!? あの……本物ですか?」
大賢者の存在そのものに対して、彼女はわかりやすくパニックを起こしていた。
「本物だよ。キスぐらいならしてやるぞ?」
「えぇ~~っ!?」
紫電選手は両手で口をふさぎ目を丸くさせ、しばらくの間固まっていた。この状況に業を煮やした世界一短気な男は、その場にいるメンバーの紹介をし始めた。
「はい、どうも大賢者です。で、これが俺の手下のタル。中東生まれの忠実な魔女」
手下になった覚えはないが、否定はできなかった。この医務室に入る時も、ほとんど彼の押し入り強盗のような手口を止めもせずに傍観していたのだから。私は彼女に一礼してから軽く挨拶をした。
「はじめまして」
「ど、どうも……」
「で、こいつはゼノ。タルの養子。将来の夢は格闘王」
「ピィッ!!」
私の後ろで隠れていたピィちゃんが、てちてちと歩みを進め彼女と握手を交わした。
「あ、柔らかい……」
紫電選手が握手の感想をもらした。
「それで本題の……キラ!! 紫電が目を覚ましたぞ!! 挨拶しなさい!!」
父親面たくましく、大賢者がベッドから離れた場所でソワソワとするばかりのキラを呼んだ。恥ずかしそうに顔を紅潮させ、うつむきながらもキラはゆっくりとベッドに近づいた。
「それ、私の……」
キラがこくりと頷いた。同じ服装の二人が黙って見つめ合った。
「かわいい……耳が……エルフの仮装?」
「ああ、こいつらは初めての来日でテンション上がっちゃってて。このコスプレが気に入ってるんだ」
すごい。さっきから何の臆面もなく嘘しか言っていない。さすがレオナルド・セプティム・アレキサンダーだ。
「で、こいつがさぁ……まぁ、俺の隠し子みたいなもんなんだけど」
「ええ……??」
紫電選手は困惑しきりだった。意識を取り戻していきなりこんな状況に晒されればそれも当然だ。
「うちの子がさ、泣いちゃったんだよ。お前が負けたから。悔しくって」
「そうだったの……」
紫電選手は申し訳なそうな顔でキラの事を見た。彼女の心中を思うだけで、私は胸が張り裂けそうになった。
「だからさ、疲れてるところ悪いんだけど、キラに謝ってくれないか?」
最悪最悪最悪最悪最悪、バカバカバカバカバカ。これが、あれか。モンスターペアレントというやつか。こんなところでも欠落した人間性を見せてくるのか、この男は。
「シデン……いいよ。謝らなくていい」
キラは頭を振って大賢者の言葉を強く否定した。子供の方が人間が出来ている。もっとも彼女は人間ではなく、仮装したエルフでもなく、本物のエルフだが。
「本当に、いいの?」
優しい紫電選手は本気で謝ろうとしてくれたようだった。私もキラの意見に大賛成だ。こんなクズ野郎の無茶苦茶な要求に応えなくていいと思う。
「うん。シデン、カッコよかったから」
「うーん……でもそれじゃあ悪いから、他に何か、私があなたのお願いをひとつだけ叶えてあげる、ってのはどう?」
「お願いって……なんでもいいの?」
「うん、なんでも」
美しい少女と心優しい魔女の会話は、見ているだけで心が癒された。さらに素敵なやり取りが始まる予感がした。きっとキラは紫電選手に『今度の試合は勝ってね』とお願いするに違いない。そしてその約束が果たされ、二人が再会を果たした時、その場所は薄暗くて静かな医務室ではなく、明るくて賑やかな祝勝会の会場となることだろう。
「でも……シデン、怒らない?」
「うん、怒らないよ。何でも言ってごらん?」
「じゃあ……シデンのおっぱい、触らせて?」
あぁ、どうして……なんで、そうなるんだろう。これじゃあ、自称父親とほとんど一緒じゃないか。本当に血が繋がっているんじゃないか、この二人。
「い……いい、よ?」
紫電選手はひきつった笑顔で承諾した。ダメですよ、紫電さん。ここでそんなこと言ったら、調子に乗ったあいつが絶対に、絶対にあなたを困らせる一言を口にしますから。
「じゃあ、俺はケツ触るわ」
ほらね? もう捕まってしまえばいい。今すぐに。紫電選手に通報されて。
「いいですよ」
紫電選手は悩むことなく快諾した。
「え゛ぇっっ!?」
私は我慢できずに声を出して驚いた。
「何か気付いたことがあったら、教えてもらえると嬉しいですから」
私に対し性的な意味合いがないことを強調したうえで、彼女はもう一度快諾の返事を出した。
私の目の前では、おかしな光景が広がっていた。キラは遠慮なく紫電選手の豊かな胸をワシワシ揉みしだき、大賢者が彼女のムチムチとしたお尻や太ももの辺りを真剣な眼差しで触っていた。
「なぁ、腕じゃなくて脚に魔力を溜めれば、放出のイメージが出来たんじゃないか?」
「あ……ありがとうございます!!」
「でも個人的に、あの技は完成してほしいからなぁ……とはいえ、試合中の転移は禁止されてるし……うーん……やっぱり、今回みたいに相手の懐に近づけないなら、パワー型の中距離魔法に頼るしか……いや、待て。蹴りの事は忘れてくれ。高速移動魔法の方が、お前と相性が良さそうだ。今はあんまり使われてない魔法だけど、そんなに難しいものでもない」
「……は、はい!!」
紫電選手の意図どおり、大賢者は彼女の体を触って感じ取った何かを助言にして昇華させた。
「アレって最大でどれぐらい溜められるんだ?」
「そ、そうですね。き、基本の、わ、私の魔力なら……あのっ」
問題は大賢者が触るのをやめても、何かにとり憑かれたように紫電選手の胸を揉むことに集中しているキラをどう止めるかだった。
何とかキラを紫電選手から引きはがし、大賢者の真っ当な助言も終わりを迎えたところで、私たちは紫電選手と別れて医務室を出た。
「あ、俺は勝った方の控室に顔を出してくるから、お前たちは先にホテルに帰っててくれ」
あとは全員でホテルに帰るだけだと思っていたが、彼は別行動を望んだ。
「いいですけど、部屋の鍵はどうするんですか?」
今回取ったホテルの部屋は、大きな畳敷きの部屋ひとつだけだった。ゆえに持っている鍵も全員で一つだけ。いつ帰ってくるかもわからない男のために、起きて待っている義理もない。そう考えた私は極めて当たり前の事を口にしてしまった。
「バカタレ。俺を誰だと思っている?」
言われてからあの夜の事を思い出した。強制的に実家に帰省させられた際、私が自室にかけた防護魔法の数々を何の苦も無く彼が打ち破ったことを。
「……それもそうですね」
私は子供たちを連れ立ってホテルへと帰った。
部屋に帰って、まずはピィちゃんのお風呂の世話をキラに任せた。その間に私は子供たちの脱いだ服を魔法で洗濯した。
「……ずいぶんと、所帯じみてきた気がする」
今日見せた大賢者のモンスターペアレントぶりを笑っている場合ではないかもしれない。特にキラが帯同してから、変化が凄まじい気がする。どこか他人事のように自分の事を見つめる日本の夜は、まだ始まったばかりだった。




