29 バトルアリーナinジャパン
最大18人の選手が決められたコースを箒で飛び順位を競い合う箒レース、4人の選手が使い魔を戦わせ勝敗を決める使い魔バトル、選手そのものが1対1で争う決闘。これらの競技は魔法界で特別人気が高く、その観客動員数の多さから魔法界の3大興行と言われているものである。中でも決闘は最も歴史の古い競技であり、他の二つと比べると頭一つ抜けて人気がある。私たちはその決闘の試合を観戦するため、遠い異世界からはるばる日本へとやってきていた。
試合会場は海に面した大きな街にあり、人で溢れかえっていた。日本という土地柄のおかげか、キラやピィちゃんのような一般的ではない容姿の人物や、大賢者という権威そのものが丸出しの状態でいても、何人かに記念写真を要求される程度でパニックになったりはしなかった。大賢者はこの国のそういう部分が気に入っているらしく、曰く『終の棲家として候補に挙げている』との事らしい。
何事もなくたどり着いた指定席は、4人一組で決められたエリアに靴を脱いでから地べたに座って観戦するという、少し変わった様式がとられていた。
指定席に座った私は会場を見回した。決闘の試合が行われる魔法円を中心に、通路と座席が放射状に広がっている。通路の入り口から魔法円までは緩やかな下り坂になっていて、俯瞰で見たらクレーターのような形をしているのではないだろうか。通路の数はメインの大きな通路だけを数えると全部で8つあり、私たちの席は南側の中ほどに位置したメイン通路のすぐ隣の場所だった。
大賢者はキラに足のニオイが酸っぱいだのなんだのとちょっかいを出した後、彼女を連れて二人で売店に行ってしまった。開催される決闘は全部で4試合あったが、大賢者とキラが帰ってきたのは、2つ目の試合が終わるころだった。大賢者は関連グッズを山ほど抱え込み、キラに至っては着ている物が濃い紫色の戦闘用ローブに変わっていた。ローブの背中側には斜めに紫電という漢字が金色で刻まれていた。どうやらキラは4試合目に出場する紫電選手を応援する気らしい。
「シデーーン!! がんばれーー!!」
まだ3戦目が始まってすらいないのに、キラは大声で場違いな声援を送った。周りからは失笑に近い笑いが寄せられたが、大賢者が普段巻き起こす共感性羞恥を強く煽る行為に比べれば、なんてことのない可愛いらしいものだった。
「これが今日のメインイベント」
大賢者に言われながら渡されたパンフレットに目を通してみた。1ページ目から二人の魔女が対峙した写真が見開きで大きく載せられていた。
左側のページで腕を組んで立つ、肉付きのいい体をしたグラマラスな魔女が紫電選手だ。髪はミルクティー色の短いボブカットで、いかにも元気そうな明るい笑顔を浮かべている。
対して右側のページの刹那選手は全身モノトーンで、シンプルな出で立ちをしていた。肩まで伸ばした黒い髪が毛先の数センチでうねっている。目が半開きなのかそれとも細いだけなのか、美人ではあることは間違いないが、何を考えているかわからない表情でまっすぐに立っている。
左右のページをまたいで中央に大きな見出し文字が書かれていた。
《刹那 対 紫電!! 因縁の風神雷神、ついに最終決着!!》
煽り文句を読んでも、いまひとつピンと来なかった。要するに今日のメインイベントは、因縁のあるこの二人の魔女による決闘という事らしい。
「どちらが勝つと思いますか?」
「つまんねぇこと聞くなよぉ~」
たしかに、野暮なことを聞いてしまった。それを聞いてしまったら、楽しみがなくなってしまう。
「すみません。お手洗いに行ってもよろしいでしょうか?」
私はメインイベントである4戦目直前の混雑を予測して、先にトイレに行っておくことにした。
「おう、行ってこい。キラ、タルが帰ってきたら俺たちもトイレに行くぞ?」
「なんでだ?」
「混む前に行く必要があるから。ま。結局混むんだけどな。試合の前に行っておかないと、紫電の活躍が見れなくなっちゃうかもしれないぞ?」
「わかった!! ところでレオ、あいつらが食べているものはなんだ?」
「有象無象で溢れかえっているこういう場所で、”あいつら”とか言っちゃダメ。”あの人たち”とか、せめて”彼奴ら”とかにしなさい。あれか? あれは……なんだ? 全然わからん。タルが帰ってきたら、売店に行って確かめるぞ」
なんだかんだいって仲のいい二人の会話を背中で聞きながら、私はその場を後にした。
私と入れ替わりでトイレに行った大賢者とキラは、ぼちぼちメインイベントが始まりそうな時間になってやっと戻ってきた。この二人、今日の試合をほとんどまともに見ていない。それだけメインイベントにかけているという事なのだろうか。それとも、ただお祭りの雰囲気を楽しんでいるだけなのだろうか。
「シデーン!! 頑張ってーー!!」
口の周りにクリームか何かをつけたまま応援するキラの手には、トイレに行く前は無かったメガホンが握られていた。
「ちょっと買いすぎじゃないですか?」
タオルもバンダナも、選手の戦闘用ローブのレプリカも、キラの欲しいものを手当たり次第に買い与えて、こんなの絶対に教育上良くない。私は大賢者を軽く非難した。
「仕方ないだろ? 欲しがっちゃったんだから」
ダメな父親の典型みたいな言葉を大賢者が発すると、観客席の照明が一斉に落とされた。客席は静まり返り、中央部分で仄かに光る直径約30メートルの魔法円の領域に視線が集まった。
『皆さん、大変長らくお待たせいたしました』
魔法円の中だけが明かりに照らされ、男性アナウンサーの声が響き渡った。メインイベントともなると、どうやら実況が付くらしい。
『只今より本日のメインイベント、刹那選手と紫電選手による決闘が執り行われます!!!!』
観客たちが一斉に湧き立ち、歓声を上げた。
「うおぉぉぉ!!! シデーーン!!!!」
一番近い場所で、小さなファンが立ち上がり、熱狂的な声を挙げていた。
『それでは東より、刹那選手の入場です!!!!!』
東側の通路につむじ風が巻き起こった。あっという間に魔法円の方へ抜けていった風は、円周上をグルグルと回り始めた。風は緩やかに中心に近づいていきながらその勢力を拡大させた。やがて、つむじ風が大きな竜巻にまで成長すると魔法円の中は完全に見えなくなった。竜巻が徐々に規模を縮小させ完全に消え入ると、円の中が見えるようになった。魔法円の領域の中心にグレー色の戦闘用ローブを纏った線の細い魔女が立っていた。刹那選手だ。
「おお~~」
独特の雰囲気を持った美しい魔女の登場に会場はどよめき、キラが感嘆の声を出した。刹那選手は右手を掲げて観客に挨拶をすると、ゆっくりと円内の東の端へ移動した。
『続いて西より、紫電選手の入場です!!!!!』
会場全体の照明が落とされ、暗闇が訪れた。雷鳴が轟き、一瞬だけ紫色の光に照らされた人物が西側の通路上に浮かび上がった。紫電選手だ。光はすぐに闇に飲まれ、また雷鳴が轟くと、今度は全く別の場所に紫電選手の姿が光で浮かび上がった。雷鳴と稲光はその間隔をどんどん短縮させ、会場のあちこちで紫電選手が浮かび上がっては消えていった。最後に一際大きな音をさせた雷鳴が轟くと、落とされていた照明が一気に点灯し、会場が光を取り戻した。
「ウオオオオオオオ!!!!!!」
魔法円の中心に現れていた紫電選手が高々と拳を突き上げて勇ましく叫んだ。会場は大きな歓声に包まれた。
両者ともにやっていることはただの転移魔法だが、視覚効果と演出をつけるとこんなにも印象が変わるのか。そう思った私は驚きを隠せなかった。
「シデン……カッコいい……」
キラは目を輝かせながら紫電選手を見つめていた。
「最初、速いから見逃すなよ?」
大賢者が紫電選手に見とれて口を開けっぱなしにしていたキラに観戦のアドバイスをした。魔法円の中心では両選手が握手を交わしていた。
『それでは両選手、位置についてください』
刹那選手が右手に、キラの応援する紫電選手は左手の西側に立った。まもなく試合が始まる。魔法で拡大された文字が宙に描かれた。
get ready for a……
3……2……1……
fight!!
ゴングが鳴ったと同時に先制攻撃を仕掛けたのは刹那選手だった。彼女はそれぞれが独立した軌道で弧を描きながら相手に向かう5つの風の刃を放った。対して紫電選手は雷撃を5つ同時に繰り出し、迫る風の刃のすべてを消滅させることに成功した。両選手とも一歩も動かないままだった。
『なんということでしょうか!! まさに疾風迅雷の攻防劇!! この戦い、1秒たりとも目が離せません!!』
「魅せるねぇ~。さすがプロ。アレは真似しなくていいぞ、キラ。見た目が派手な事以外に意味がねぇから。それよりも相手に魔法をぶち当てることだけを考えなさい」
大賢者がキラに対して話しかけたが、肝心の彼女は心ここにあらずといった様子で観戦に集中していて、その言葉は届いていなかった。
「……聞いてねぇや。まあいいか」
初めて生で目の当たりにする決闘は、一瞬の攻防戦からスタートした。私は手に汗しながら、二人の魔女が繰り広げる戦いの行方を見守った。




