28 ほろ酔いの妄想話
昼食の時間はすっかり遅くなってしまい、どうしたものかと頭を悩ませた大賢者は夕食も兼ねて外でバーベキューをするという手段を選択した。野菜も食べられるし、何よりこういう経験をあまりしたことがない私は、表情には出さなかったが静かに心を躍らせていた。
「やりたい放題だな!!」
「節度は保ってください」
大自然にこだまする大賢者の声に、私は冷静に指摘した。バーベキューコンロの上には茶色く焼けたお肉の他にも、鮮やかな色をした野菜が並べられていた。それぞれが興味のある食材を調理するという画期的なシステムに、私は感動すら覚えていた。
テーブルについたキラとピィちゃんは、丸ごと焼いたトウモロコシを一生懸命かぶりついていた。
「ははは、爪楊枝を使えって。ほれ」
歯に挟まったトウモロコシを指で取ろうと格闘していたキラに、大賢者が爪楊枝を渡した。彼はそのまま流れるように、キラのほっぺやらおでこやら髪の毛やらについたトウモロコシの粒を優しく取ってあげた。意外なことに彼には子供好きな一面がある。面倒見がいいというか、細かい所に気が付いて世話を焼いたりすることができる人間なのだ。信じられないけれど、本当に。
「さあ、焼けたぞ。お前ら、何食いたい?」
大賢者がお肉やらソーセージやらが山盛りになった大皿をテーブルの上に置いた。子供たちは元気いっぱいに自分の皿に好きなお肉を盛りつけた。大賢者は席について大皿に残った多種多様の肉を楽しみだした。私も調理をひと段落させ、食卓に加わることにした。
「お前たちは秘宝を何に使うんだ?」
肉の脂肪分で唇がテカテカになったキラが秘宝の使い道を知りたがった。
「結婚指輪の宝石として使いたいんですよね?」
私は大賢者に同意を求めたが、彼は聞こえないふりをして肉を食べ続けていた。
「結婚指輪? お前たちの?」
心が一気に冷えることを言われた。どうしてそうなるんだろう。寝室も違うし、第一、こんな支離滅裂野郎と添い遂げることができる人間など、この世に存在し得ないのに。
「この人にはちゃんとした恋人がいて……前に一度会っているでしょう? もう一人の女の人。私より、もっと身長が高くて金髪で美人の……あの人が」
「おい。ガキにあんまり、そういう話をするな」
「ふーん……恋人が別にいて、お前たちだけで一緒にいて大丈夫なのか?」
そう言われると…………だめかもしれない。ソフィーさんの性格的に、結構ダメかもしれない。でもそれは私の独断と偏見に過ぎないことで、彼ならば真実に限りなく近い答えを知っているはずだ。そう思った私は大賢者の方へ視線を向けた。
「……おいおいおい、食事中だぞぉ?」
彼自身そのことに関してはあまり考えたくないようで、芳しくない反応をみせた。どうしてこんな初歩的なミスをしたのだろうか。生ける鉱石を取った時はあんなに格好よかったのに。そう遠くない未来を垣間見た今の彼は小さく見えた。
「よくわからんな」
キラと同じ感想ではあるけれど、意味合いは大きく違うものだった。今夜にでも大賢者を問い詰めなければならない、という義務感が湧いた。
「それで、最初はどこに行くんだ? 秘宝の力を取り戻すんだろ?」
この1日ですっかり諦めがついたのか、キラは思っていたよりも旅に関して前のめりの姿勢を見せてきた。
「目的地はすべて俺たちの世界にある。暑いとこ、寒いとこ、よくわかんないとこ。全部で3か所だ。どこに行きたい?」
一夜にして情報を整理したのか、大賢者は漠然とした目的地を整然と並べ立てた。
「よくわからん所っていうのは、どんな所なんだ?」
「無人島。行ってみないと環境はわからん。毒蛇とかいっぱいいるかもよ?」
「うえぇ……」
キラはあからさまに表情を歪めて厭悪した。
「あれ? 爬虫類苦手だったか?」
「お前のせいだろ!!??」
キラがトラウマを作った張本人に怒りを向け、険悪な雰囲気が漂い始めた。
「まずその無人島から行ってみましょう!!」
今日だけでもう2回も小競り合いが起きている。これ以上の揉め事はさすがに望まない私は、旅の話に集中させる方向に舵を切った。
「わかった。それじゃあ……明日、出発でもいいか?」
昨夜聞いた日程がかなり早まった。大賢者は主にキラに対して意思を確認した。
「ん……」
彼女は少しだけ不機嫌そうに承諾した。
「……目的地に行く前に、少しだけ寄り道をしよう」
「寄り道、ですか?」
「見たい決闘の試合が、日本で開催されるんだ」
面妖という表現が当てはまるだろうか。不思議さと怪しさが入り混じったような、どちらにせよ、この人に対してしか抱かない感情にさせられた。決闘は魔法界の3大興行の一つだ。そういう事にこの人が興味を持っている、ということが意外だった。
「旅はゆっくり楽しむもんだ。さぁて、次は何焼こうかなぁ。あ、このニュージーランド産の羊肉は美味いぞぉ?」
あれだけあった肉の山が消え去り、大賢者は新しい肉を焼き始めた。森の時間はレイトランチからアーリーディナーへと変わっていった。
子供たちは食べるのに早々に飽きて、ほとんど日が沈むまで湖で遊び、お風呂に入るとすぐに眠ってしまった。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。夜の森に響く虫たちの声を聞きながら、心汚れた大人たちはお酒を嗜んでいた。
「あんまりさ、しょっぱいもん食わせすぎん方がいいかも」
すでにほろ酔い状態の大賢者が突然口を開いた。
「……キラの話ですか?」
少しだけ考えて、当てはまる人物はそれしかいなかった。
「うん……一応だけど、念のため気を付けてくれ。徐々に慣れさせていこう」
「わかりました」
彼にバレないようにこっそりと笑った。なんだかんだで、この人は色んなことを良く見ている。それは私の気付かないとても些細なことから、自分の命を狙うエルフの少女の事まで、実に幅広い視野を持っている。品性下劣でさえなければ、愛情深い素晴らしい人物なのに、どうしてこうなっちゃったのだろうか。
「予定が大幅に早まりましたね?」
「……まあ、強がってもガキはガキだ。頑張った分だけ、楽しませてやらないとな」
大賢者は遠回しに日本へ行く真意を打ち明けた。彼がご機嫌な状態を迎えている事を察知した私は他の気になることを聞いてみることにした。
「キラって、実年齢は何歳なんですか?」
「知らん。だが、見た目通りの年齢と思って接していい。エルフってのは精神年齢が外見に出るんだ」
「へぇ……」
ということは、キラの精神年齢は10歳前後といった所だろうか。昨日会ったエルフの長だったら30代という事になる。そこまで考えて、私は昨日の夜に遠慮した質問の事を思い出した。
「そういえば、エルフの長と最後の方で、何か意味ありげなやり取りをしてましたよね?」
「ああん?」
しらばくれているのか、それとも本当に覚えていないのか。大賢者は眉間にしわを寄せて聞き返してきた。私は出来る限り彼を刺激せずにすむ言葉を探した。
「完成したら見せに来ようか、とか言ってたじゃないですか。きっと何か裏に隠された事情があると、私なりに考えまして」
「あ~……?? ああ、それか」
眉間にしわを寄せたまま大賢者は記憶を辿る視線の動きをさせた後、なんだそんな事かと言わんばかりの表情に変化させた。察するに、どうやら彼はエルフの長とのやり取りを忘れかけていたらしい。
「封印された魔力は全部で3か所。半端だと思わないか?」
「まあ、そうですね」
現在の魔法界では強大な魔力を分割して封印する際、7分割か13分割が最適とされている。3分割というのは、最近ではあまり聞かないやり方ではあった。
「でも、年代的には3分割でもおかしくはないかな、と思います」
3分割が最適とされる時代が過去にあったのも、また事実だった。昨日の長の話ぶりからして、秘宝を巡った戦争というのも相当古い話のように感じられた。
「エルフと俺たちとでは、その辺の解釈の年代が少し違うんだよ。ま、しかしお前の言うことも、もっともでもある。だから、俺はカマをかけた。そしたら最後の最後でやーっと、口を割りやがった。あの野郎、とんでもねぇ食わせもんだ。この俺様を嘘なしで騙そうとしやがって」
「え!? じゃあ、あの原石は偽物ってことですか!?」
「いや、そうじゃねぇ。逆に間違いなく本物だ」
大賢者が断言した。私は混乱して何も言えなかった。
「要するに、あの秘宝はヤツ自身が過去に復活させようとして、途中であきらめたんだ。『引き際は美しくありたい』と言っていたしな。それを俺に託した、というわけ」
「それが、どうして騙そうとしたっていう事になるんですか?」
霧のかかった部分を何とか晴らしたい一心で訊ねた。
「うーん……確証は持てない。しかも長くなる。それでもいいか?」
「はいっ」
大丈夫なはずだ。彼の推測は概ね正しい場合が多い。
「俺たちは試されてた。それも一方的に。俺が土足で立ち入らなければ、ヤツの勝ちだった。これらの事は物質的にまったく意味はなさない。特に俺たち人間側からすれば、な。それは理解して聞いてほしい」
前置きからして、すでにかなり難しい。話に期待をしながら私は黙って首を縦に振った。
「おそらく、プライドがあったんじゃないかな。エルフ戦争絡みの。やつら……というか、少なくとも長はエルフ戦争の話を蒸し返したくなかった。なぜならば秘宝を復活させて、エルフ戦争に勝つことのできなかった過去の自分を思い出すからだ」
「長が秘宝の魔力を復活させようとした時代が、エルフ戦争の時代だったって、なぜわかるんです?」
「それはねぇ……最後まで聞けばわかる。というか、あくまで俺の想像上の話だと思って聞いてくれ」
「失礼しました」
どうやら、良くない事をしてしまったらしい。私は集中して彼の話を最後まで聞くことにした。
「エルフ戦争はヤツにとっても遠い過去の話になっていた。500年も経てば考え方も変わる。だが、いざ人間が来るとなると、恨みともまた違う燻ぶった感情が自分の中にあることに気が付いた」
虫たちの声が一斉に静まり、静寂が訪れた。大賢者は笑みを浮かべながら酒瓶を一息で飲み干し、続きを話し始めた。
「ヤツは考えた。秘宝の事を話すとなると、エルフ戦争の事も話さねばならない。当時の、別人のようにギラついた感情を持った自分が、秘宝に魔力を取り戻そうと躍起になっていたことも。女神からの伝令で俺様に嘘が通じないことを見抜いたヤツは、秘宝とエルフ戦争と自分が関連してないことを嘘抜きで最後まで話す方法を考えた。話が通ればヤツの勝ち、もし途中で見抜かれたらヤツの負け。精神的優位性というやつだな。歴史上では人間に負けてても、そこで勝てれば人間に一矢報いることが出来る」
「はぇ~……」
その話が本当だとしたら、なんと腹黒い種族なのだろうか。私はエルフの長の表面には見えなかった部分を想像して寒気がした。
「鵜呑みにするなよ? 証拠のない、俺の妄想話に過ぎないものなんだから」
「はい」
大賢者は新しい酒瓶を開けて、私のグラスに注いでくれた。サービス精神にあふれた、彼の乱暴なお酌にも慣れ始めた夜はゆっくりと更けていった。




