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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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27 残念なお知らせと暗殺計画

 

 天気が良かったこともあり、大賢者がそのまま外で朝食をとることを提案して実行に至った。木製のピクニックテーブルの上には温かいおうどんといなり寿司が並べられ、また茶色い食べ物かと思ったが、テーブルの脇に置かれた小鉢の中に申し訳程度の量のミニトマトの姿を確認することができた。私はまずミニトマトを口に入れた。久しぶりの瑞々しい生野菜は、とてもありがたみのある存在だった。


 キラは箸が使えないようで、フォークの溝を器用に使って麺を絡ませてうどんを食べていた。ピィちゃんはすでに以前の旅で食事の方法を覚えていたので、今は補助の必要がほとんどない。あっちこっちにうどんのスープを飛ばしてはいたが、きちんと一人で食べることが出来ていた。


 一方で大賢者は、ズビズバと盛大に音を立ててうどんをすすっていた。彼曰く「こういう食べ方ができないやつは、うどん屋に入っちゃいけない」とのことらしいが、私は嘘だと思っている。


 食べ終わって10分もしないうちに再び決闘が始まった。1秒後にキラは空中で逆さ吊りにされ、大賢者の講義を受ける羽目になった。簡単にやっているが、生物を意のままに浮遊させるのもまた魔王技術であり、二人の間に相当な魔力差が無いとそもそも通用しないものだ。それはそれとして、キラは彼に絶対に勝つことが出来ないことを理解しているのだろうか。私はテーブルに座りながら、彼女の行く末を観察していた。


「……わかったか? じゃあ、もう一回」


「速さはいいんだけど、密度が全然足りない。お前の良さゼロ。つまり0点。もう一度」


「だから違うっつってんだろ!? どうして数を増やすんだよ!? さっきから俺は一歩も動いてないだろう!? 間抜けが!! お前の良さはパワーなんだから、一撃で決めればいいだけだろ!? いいか!? 次が最後のチャンスな!?」


 その後も大賢者はキラに対し、逆さ吊りにしては講義をして、それが終わったら着地させ、もう一度自分に挑ませるといった行為を何度も繰り返し行っていた。


 超高速の光の矢も、絶え間なく襲い続ける鋼鉄の刃と化した木の葉も、そして今日一番の魔力が込められた音の衝撃波も、大賢者は指一本すら動かすことなく、自分に向かってくるすべての魔法攻撃を様々な色のお花に変えて足元を素敵に彩っていた。


 対してキラの方は最後の音の衝撃波の見当を外して自爆してしまい、鼻と耳から血を流していた。苦しそうな表情を浮かべた彼女は額からじっとりとした汗を流し、顔色も優れないように見えた。


「はっはっは。最後のは良かったな。どれ、見せてみろ」


 大賢者の治療に軽く抵抗のそぶりを見せたキラだったが、健闘むなしく簡単に出血を止められてしまった。血液の汚れも綺麗になくなっていたが、顔色は青白いままだった。


「うーん……あれでも飲んで、大人しく横になっておけ。大丈夫だ。すぐに気分が良くなる」


 そういって彼はこちらを指差した。銀色のトレイの上にガラスのピッチャーとグラスをのせたものが、いつの間にかテーブルの上に置かれていた。ピッチャーの中にはレモンスライスの入った透明な液体が入っていた。


「タル」

「はい」


 急いでグラスに飲み物を注ぎ、キラの元へ持っていった。


「……よし。じゃあ、俺は寝るから。何かあったら起こしてくれ」


 キラが飲み物を一口飲んだことを確認すると、大賢者はテントの中へ戻って行った。


「化け物め……」


 肩で息を切らしながら彼の悪口を言う彼女に、私は共感させられ苦笑した。





 ピィちゃんは水が好きだ。こういった水場なんかがあると、溢れんばかりの生気で潜り込み、魚を獲っては浮かび上がり、私に褒められたそうな顔を見せつけてくる。ピィちゃんがまた、一匹の魚を手にして湖面に浮き上がって来た。


「すごーい」

「ピッピッピ」


 獲った魚は別に食べるわけでもなく、その場で逃がし、次の獲物を狙い始める。私は湖畔で無限に繰り返されるこの行為を褒め続けていた。


「あ……」


 身体に似つかわしくない、大きな魔力を持った少女がテントから出て来た。彼女は少しの間だけ遠巻きにこちらを見つめ、ゆっくりと私の方に近寄って来た。


「キラ、体はもう大丈夫ですか?」


 私は彼女に対してきちんと名前で呼びかけた。


「うん……」


 キラはほんのりピンク色がかった本来の肌色を取り戻していた。


「どうかしましたか?」


 顔色は戻ったのに憂いに満ちた表情を浮かべていた彼女に事情を聴いた。


「あいつ……どうやったら殺せるの?」


 物騒な悩みを持つお嬢さんに、私はいくつかアドバイスをしようと思った。


「ピィちゃ~ん!! 戻っておいで~!!」


 本格的に始める前に、私は素潜り漁師を陸に戻すための声をかけた。




 湖畔にあった腰かけにちょうど良い大きさの倒木に3人で並んで座り、森の風を感じた。びちゃびちゃになったピィちゃんは、腹ばいになって自然乾燥の体勢に入った。キラは里のある方向を遠い目で見ていた。


「やっぱり帰りたい?」

「……昨日の晩に食べたあれは何だったんだ?」


 彼女は質問には答えず、逆に質問してきた。


「あれはトンカツだよ」


 昨晩、彼女が何もつけずにバクバク食べていた物の名称を教えてあげた。


「ふーん……」


 そのままキラは黙ってしまった。つかみの質問を失敗してしまったのだろうか。


「……ああいうのが毎日食べられれば、あまり帰りたくはない」


 遠回りをしたが、ちゃんと質問に答えてくれた。彼女なりに言葉を選んでくれているのかもしれない。


「里では、どんなものを食べていたの?」

「里には完全栄養食がある。でも美味しくない。ボソボソのパサパサで、一口食べればすぐに飽きる」

「へぇ……」


 クッキーみたいなものだろうか。私は彼女が発した擬態語だけで、その完全栄養食の姿かたちを想像した。


「タルはどうして、あいつと旅をしているんだ?」

「うぅ……わかりやすく言うと、依存症かな?」

「いぞん、しょう?」

「うん。そうなるともう手遅れ。やめたくてもやめられない。普通の生活なんて、もうできない」


 レオナルド・セプティム・アレキサンダーという猛毒に私は犯されている。そうじゃないと、説明がつかない。今回の旅の始まりにしたってそうだ。あれはれっきとした拉致という名の犯罪行為だ。でも私は被害とは思って……思ってはいるけど、許す。なぜならば彼がやった事だから。彼の旅だから、私はついてゆく。理由なんて、それだけだった。


「まあ、私の事はいいとして。どうして彼に勝てないか、知りたいんじゃない?」


 話を本題に戻すと、彼女はこくりと頷いた。


「キラの使った魔法が、彼に支配されている事には気付いている?」

「うん?」


 キラはよくわかっていないようだった。私はやはりそうだったかと思い、彼女に死刑宣告をすることにした。


「あなたが使った魔法を、彼は別の魔法に変えているの」


 事実を認識することから始めないといけない。キラが彼に向けて放った魔法は、昨日は山猫に変えられ、今日はお花に変えられていた。彼女の魔法が完全に彼に支配されている純然たる証拠だった。


「これって、私みたいな普通の魔法族は絶対にできない技術なんだけど、彼はそれを簡単にやっていて、それって……もうキラの魔法は絶対にあの人に通じないってことなの」

「な、なに!? どんな魔法でもか!?」

「……残念だけど」


 キラはあんぐりと口を開けて、大いにショックを受けていた。当然だ。魔法界では『もし出会ったら自決しろ』とまで言われている凶悪な技術なのだから。当然、その技術を持っている者が悪意を持っていたら魔法で逃げることすら叶わない。だから、出会ってしまったが最期。すべてを諦めるしかないのだ。


「もし、本気で彼を殺したいんだったら……」


 私はチラリとピィちゃんを見て、彼女に耳打ちをした。





 大賢者は寝室で静かに眠っていた。ここでは絶対に言葉を発してはいけない。私はキラに先頭を譲った。彼女は手に持った針のように尖らせた木の枝を大賢者の首元に近づけた。ピィちゃんの吐く墨には体を麻痺させる即効性の毒がある。枝の先にその墨を塗りこんだのだ。私が提案したのは毒殺。これ以外にないと思った。これがうまく決まればキラの念願が成就でき、大賢者も命までは奪われない。固唾を飲んで事の成り行きを見守ろうと思ったときには、すでにキラの手首は彼によって掴まれていた。


「クセェんだよぉ!!! メスどもがゾロゾロとよぉ!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「きゃあぁぁぁぁ!!!」

「ピィィィィィィ!!!」

「タル!! テメェの入れ知恵か!! 何狡猾な手口、教えてんだ!!」


 私の計画した大賢者暗殺計画は残念な結果に終わった。





 その後、私は初めて大賢者にお仕置きをされた。隣には盛大にカボチャパンツを丸見えにさせたエルフの少女がいた。暗殺には失敗してしまったが、この出来事でひとつだけ良かったことがあった。それはお仕置きが終わった後に、キラに敬語で接する必要がなくなったことだった。

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