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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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24 呪われた石

 

 これは我々エルフと人間が戦争をした時よりも、遥か以前のお話です。

 遠い昔、とても仲の悪い男女がいました。



「あの、すいません」


 私は思わず口をはさんでしまった。


「仲の悪い、ですか? 良いじゃなくて?」


「ええ。その二人は顔を合わせれば人目も(はばか)らず、喧嘩をしていたそうです」


 そっちかぁ……。たしかに、ピッタリだ。体中から力が抜けてしまった。どうやら期待していたロマンチックな話は聞けそうにないらしい。


「おい」


 大賢者が話の腰を折った私を非難がましく見て注意した。


「すみません。もう邪魔立てはしないので、どうぞ続きをお願いします」

「はい。それでは……」





 仲の悪い二人は事あるごとに対立し、毎日喧嘩が絶えませんでした。

 飽きれた神は、二人を懲らしめるために一匹の獣を放ちました。

 その獣は額から鋸歯(きょし)状の角の生える獰猛な獣でした。


 放たれた獣は荒々しく、執拗に二人の命を狙いました。

 たまらず二人は、一緒に東へと逃げることにしました。


 海を越え、砂漠を越え、それでも獣は二人を追いかけました。

 この頃になると、二人はようやく自分たちの仲の悪さを反省し

 お互いのことを思うようになりました。


 それでも、獣はしつこく二人の命を狙い続けました。


 二人が森へ逃げ込んだ時の事でした。

 後ろは断崖絶壁、前方には獣が迫っていました。

 もうこれまでだ。

 観念した二人はお互いを守るように抱きしめ合いました。


 その時、二人の前に神が現れ、こう言いました。

「お前たちのどちらかが犠牲になれば、今すぐ獣を消し去ってやる」


 二人は口をそろえて言いました。

「私が犠牲になります」


 すると神は微笑み、獣とともにその姿を消したのでした。


 神と獣が消え去ると

 二人は目の前に不思議な石が落ちていることに気が付きました。


 神の与えた罰の事を忘れないようにするため

 そしてその後、二人だけで誓った固い約束を忘れないようにするため

 二人はその不思議な石を大切に保管することにしました。


 その後、二人は故郷に戻って結婚し、仲睦まじく暮らしたのでした。





 犬猿の仲の二人が世界中を駆け回るうちに心通わせ、最後はお互いを尊重し合う関係になる。予想していたものよりも、ずっと素敵な話だと思った。二人の旅路の様子を身近な人たちの面影と重ねて想像すると、すごく親近感がわいた。私が心の中で物語を反芻していると面影の筆頭が口を開いた。


「その不思議な石ってのが、エルフの秘宝か」


 エルフの長は黙って肯定した。


「その話、まだ続きがあるんだよな?」

「おっしゃる通りで、実はこの石にはとてつもない魔力が秘められていたのです」

「とてつもない魔力、ですか?」

「ええ。二人が亡くなった後、残された子供たちが石の所有権をめぐって争いあったのです」


 一転して、血なまぐさい話になってきた。神に誓った愛の証が醜い遺産争いの種になるなんて、なんと業の深い事だろうか。


「へえ。ガキは何人いて、誰が勝ったんだ?」

「全部で13人いましたが、誰も所有できませんでした」

「それって……」


 私はそこで沈黙した。その先にある無情な展開を口にすることが出来なかった。長はゆっくりと頷いてから、私に出来なかったことをしてくれた。


「13人の子供たち、全員が死に絶えました」


 思った通りの最悪の展開だった。固く結ばれた二人の子供たちが、お互いの身を滅ぼすまで殺し合うなんて皮肉が過ぎる。


「子供たちが全員いなくなると、今度は他のエルフたちが石の事で争いを始めました。争いの規模はどんどん大きくなり、ついには戦争にまで発展してしまったのです」

「ほうほう。それで、最後はどうなった?」


 大賢者は慎むことなく続きを促した。


「一人の高名なエルフが石の魔力を分散させ、それを各地に封じ込めることで、ようやく戦争は終わりを迎えることができました」

「ふーん……とてつもない魔力っていうのは、そういう事か」


 大賢者が一人で納得した様子を見せていた。


「そういう事って、どういうことですか?」


 まだ理解が追いついていなかった私は詳細を求めた。


「最も原始的で強大な魔力だ。その石には人を惹きつけてやまない、並の魔力を持った者では抗えないほどの力があったってことだ。おそらく最初に石を手にした二人は、石の魔力を分散させた者と同等か、それ以上の魔力を最初から持っていたんだろう」

「……さすがの洞察力ですね」


 エルフの長がお墨付きを出した。私は大賢者に感心したのと同時に、山での謎かけの時の彼のポンコツぶりを思い出し、複雑なものを感じずにはいられなかった。


「そのおとぎ話に出てくる秘宝って、本当にあるんですか?」


 私は何という事はなく、素直な疑問を口にした。


「……少々お待ちください」


 長は意を決した表情で言い、席を外した。



 部屋に戻って来たエルフの長は、いくつかの物を私たちの目の前に置いた。それは3つの巻かれた羊皮紙と、透明な水晶の原石のようなものだった。


「それが(くだん)の秘宝です」


 私は透明度の高いその原石を眺め、これが本物かどうか知りたい気持ちを抱えながら、大賢者の方を見た。彼は眠たそうな瞳で私に曖昧な表情を返した。


「巻物の方は、秘宝の魔力が封じられた場所に関する詳細です」

「広げてもいいか?」


 長の承諾を得て、大賢者は丸められた羊皮紙の一つを手に取って広げると、大雑把に目を通した。


「これは、あんたが?」


 大賢者がそう聞くと、長が一瞬だけ目を見開いたような気がした。


「……はい」


 緊張感のある面持ちで、長が肯定した。


「ふーん……」


 大賢者が羊皮紙を丸めなおし、今度はもう一つの別の巻物を読み始め、それが終わると、最後の一つにも目を通した。


「私にとっても、そしてエルフ全体にとっても、その石は無用のものです。どうぞ、お受け取りください」

「……本当にいいのかぁ? お前たちの大切な秘宝なんだろう?」


 その常識的な言葉が、本当に彼の口から出たのか確認したくなった私は彼の横顔を見た。それはピィちゃんの触診をしていた時と同じく真面目なものだった。けれどほんの少しだけ、怒っているようにも見えた。


「秘宝とは名ばかりの、血塗られた呪いの石です。身に余る力は、災いの元にしかなりません。事実、この石のために多くの犠牲者が出ました」


 少しだけ顔を伏せて、長は石の暗い歴史を振り返った。


「……そうか。石が完成したら、見せに来ようか?」

「いいえ、結構です。引き際の時ぐらいは、美しくありたいですから」


 二人のやり取りには、はっきりとした裏の事情がある。私がこの時わかったのは、そのことだけだった。


「わかった。それじゃあ、これはありがたくいただくとして、まあ……それとは別に、あとでまた遊びに来るわ」

「……いつでも歓迎します」


 重苦しい雰囲気と少しの謎を残して、会談の時間は終わりを迎えた。

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