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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
22/160

22 エルフ

 

 現在地は深い緑の生い茂る静かな森の真っただ中。私たちはエルフたちの暮らす里のすぐ近くにまで来ていた。


 絶対に同じ轍を踏ませてはならぬ。私は捕まっていない性犯罪者に対して注意を促すことにした。


「いいですか? 何か気に障ることを言われても、絶対に相手の事を煽ったりしないでくださいよ?」

「わかってるって。任せろ」


 どこからその自信が湧いてくるのだろうか。その発言は到底信頼できるものではなかった。彼に事の重要さと過去の過ちを思い出してもらうために、私は今一度訴えた。


「絶対に、絶対にですよ? 着ている服をどうにかしたり、相手の尊厳を傷つけるような真似はしないでくださいね?」

「おい、しつこいぞ?」

「あなたの一挙一動が、我々魔法族とエルフたちの関係修復に多大な影響を与えるということを、忘れないでくださいね? だから、絶対に絶対に絶対に」

「うるせぇ!! 好きにさせろ!!」


 化けの皮が剥がれた。この男はダメだ。出来るものならば即刻中止にしたい。けれど自分の無力さにより、それも出来ない。私に残されたのは焦りと苛立ちだけだった。


「タル、そんな心配しなくても、やつらにその気はないって」

「どうしてそんなことわかるんですか?」

「やつらが魔法界を去ってから1000年経ってんだぞ!? もしそんな気があったなら、とっくに向こう側から接触してきてるに決まってるだろうが!?」


 デタラメばかり言う彼に対し、私は憤りをぶつけた。


「エルフ戦争が終結したのは500年前です!!」

「500年だろうが、1000年だろうが一緒だよぉ!!」

「おい。うるさいぞ、人間ども」


 口論に割って入ってきたのは、美しい一人の少女だった。切れ長の目の中で瑠璃色の瞳を輝かせ、長く美しい金色の髪が森の風でサラサラと揺れていた。その少女が私たちと大きく違ったのは、小さな背丈に見合わない大きな杖を握りしめている事と、上向きに伸びた長い耳がついていることだった。


「悪かったな、お嬢ちゃん。俺は静かにキミたちの住処を訪ねようとしたのに、この魔女ときたら」

「ちょっと!! この子、あの時のエルフですよ!?」


 私は少女に聞こえないようにこっそりと耳打ちをした。それでも彼はとぼけ続けた。


「ちょうどいい。キミたちの一番偉い人に会わせてもらえるかな?」


 過去の事件を完全に無かったことにしている大賢者に対し、少女は怒りに身を震わせているようだった。


「……憎しみに囚われすぎると、停滞を生む。長の教えだ。女神の使いから話は聞いている。お前への個人的な恨みは今は忘れてやろう」

「ふーん……あれから、調子はどう? 木の枝とはちゃんと結婚したのか?」

「この!!」


 少女は顔を真っ赤にして杖の先から光線を放った。光線は大賢者の目の前で留まり何かを形作っていった。その何かは山猫へと姿を変え、地面に着地した。山猫は短く鳴き、森の茂みの中に消えていった。


「あのさぁ、前にも言っただろう? 俺を本気で殺したいのなら、中距離の魔術なんかやめておけって。ましてや、そんなでっけえもんを介して使う魔術なんて、遅すぎて話にもならん。今回の場合は、その辺の石ころでも投げた方がまだ確率が高かった……って、あれぇ? この話、違うやつにしたんだっけかな?」


 以前、私にした暗殺指南と混同している。私はそのことに気付いたが、特に何も言わなかった。


「まあ、そんなわけで久しぶり、エルフのクソガキよ。案内を頼む」

「……来い」


 悔しさを滲ませた表情をさせながらも、エルフの少女は私たちを案内してくれるようだった。





 エルフの里は冷たい緑と闇に彩られた鬱蒼とした木々の中にあった。エルフたちの家は苔むした樹木の根元や樹木の上の幹の部分に構えてあり、人々がそれぞれの家の窓や玄関から私たちの様子をじっと窺っていた。残念なことにその眼差しは、お世辞にも私たちの事を歓迎しているとは言えなかった。


 高い樹木たちが日光を遮る薄暗い空間の中で、唯一太陽の光が差し込んでいる部分があった。そこには巨木の切り株をくり抜いたような一軒家が建てられていた。そこがエルフの長の家だった。



 家の中は床も壁もまさに切り株の中そのものだった。甘酸っぱい、木苺のような香りがほんのりと漂う室内は、広さの割に仕切りはそう多くはなかった。丸みのある窓やドア、そして木の歪みに合わせて作られたかのような独特のデザインの家具類には、どこか暖かみを感じさせられた。


 壁に沿うように設置された緩やかな螺旋階段を上り、蔓植物の青々とした葉に挟まれた廊下を突き当たると重厚な木の扉が待ち構えていた。その扉が開かれると室内には一人の男性のエルフが立っていた。


「こんにちは、大賢者様。ようこそ、いらっしゃいました」


 エルフの長は穏やかに挨拶した。


 私はホッと胸をなでおろした。どうやらエルフの長は、まともな人のようだった。外見の年齢を人間で例えると30代くらいだろうか。線の細い長身の男性で、糸のように細長い目をしている。口元には微笑みをたたえ、少なくとも敵意はない事を認識できた。


「こんちわぁ。座っていいかな?」


 人間代表は相手の返事を待たずにどっかりと椅子に座って大きく伸びをした。相手はまだ立っているのに、なんと失礼な態度であろうか。


「構いませんよ。気が利かなくて申し訳ない。人間と接するのも久しぶりなものでして」


 穏やかさを維持しながらエルフの長は自らもそばにあるテーブルについた。


「どうぞ?」


 長に勧められてから私はピィちゃんを抱っこして大賢者の隣に座った。


「きらきら星、何か飲み物を持ってきてくれるかな?」


 ……は? き、きらきら星?


「はい」


 私たちをここまで案内してくれたエルフの少女が返事をして部屋を出た。どうやら、それが彼女の名前らしい。


「……今時にしちゃ、なかなか根性のあるガキだよな? あれはおたくの子供?」


 少女の姿が見えなくなると、大賢者は話のとっかかりとして彼女の事を話題にした。


「いえ……あの子はいわゆる戦争孤児でして、私が身柄を預かっているのです」

「戦争孤児って……エルフ戦争の時の、ですか?」


 出しゃばった真似なのはわかってはいたが、聞かずにいられなかった。長は黙って首を横に振った。


「我々にも、身内同士での争い事はあります。彼女はその時の被害者で、エルフ戦争と直接の関係はありません」

「1500年もあれば、そういう事もあるわな」

「勝手に足さないでください。500年です」


 エルフの長が私たちのやり取りを聞いて笑った。


「失礼しました。こんなに面白い人たちと知っていれば、もっと早くお会いしたかった……」

「『憎しみに囚われすぎると、停滞を生む』これは俺たちの世界の古い魔法使いの言葉だ。よく知っていたな?」


 見回すまでもなく、室内の本棚にはぎっしりと本が詰め込まれていた。収まりきらなかった本たちが積み重なっている塊も至る所に散見された。


「今、我々は停滞……いえ、緩やかではありますが、むしろ後退している状況にあります。このまま滅んでゆくのも運命。この里で暮らす者たちは、そう考える者たちばかりです」


 横を見ると、大賢者は長の薄い目をまっすぐに見て話を聞いていた。問題行動は多数あれど、まさかこんな真面目に首脳会談ができる人だとは思いもしなかった。


「エルフの秘宝について情報を与えるのは構いません。ですが、ひとつだけ……あなたたちにお願いしたいことがあるのです」

「いいよ」


 大賢者は即答した。長はまだ何もお願いごとの詳細を話していない。私が不思議に思う前に、背後でバコンという物音がした。振り返って音の発信源を確かめると、カップをのせたお盆を両手に持って立つエルフの少女の姿があった。


ドアは全開に開かれていた。少女はお盆で両手が塞がっている。では、彼女はどうやってドアを開けたのだろうか。その答えを出したのは大賢者だった。彼は立ち上がり、少女につかつかと近寄って目線を合わせた。


「さっきからコソコソと聞き耳を立てやがって。ほら、お前の名前を言ってごらん?」

「……きらきら星」

「いい名前だな。だが、長すぎる。お前の名前は今日から……キラだよ?」


 少女は助けを求めるような視線を長に向けた。


「きらきら星……いや、キラ。これからはその人の所で学びを深めなさい。そして、お前なりの答えを見つけ出すんだ」


 長は彼女を突き放しただけだった。


「最近、平和ボケしてたからな。歓迎するよ。そうだな、しばらくはその殺意を忘れずに、俺が一番無防備な時を狙うといい。セックスは最近してないから、ウンコしてる時と寝てる時。その時がチャンスだぞ?」


 大賢者は少女に向かってにこやかに自分の暗殺のアドバイスをした。

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