2 思い出の天才
「あ、その……」
訪ねてきたのは、坊やだった。坊やといっても成人はしている。彼は秘匿戦争後に再編成された特防課に入ってきた若者だ。あどけなさが抜けきらない未熟な魔法使いで、私にとっては元後輩にあたる存在でもあった。
「アランか。なぜここがわかった?」
「その……イシュタルさんが辞めるって聞いて、俺は……」
アランの煮え切らない態度を見て苛立ちが募ったが、私はそれを押し隠した。
「……せっかく来たんだ。コーヒーでも飲むか?」
とりあえずの残飯処理をさせるべく、私は彼を部屋に入れた。
つけっぱなしだったラジオからはニュースが流れ続けていた。
『……続いてのニュースです。大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダー氏が中国で目撃されました。『死の谷』と呼ばれる非常に危険な場所に向かう姿が地元住民により目撃されたとのことです。これに対し専門家は……』
大賢者ともなれば一挙手一投足が報じられる。もう完全に手の届かない所に行ってしまったのだという実感が湧いた。精神的な倦怠感を感じながら、私はアランに浄化済みのコーヒーを突き出した。
「あ、ども。いただきます。あれ? イシュタルさんの分は?」
「私はもう飲んだから」
何も知らない無垢な男は納得し、胃袋にしっかりとコーヒーをおさめた。多くの人々は私のしたことを下劣に感じるだろう。しかし、もっと下劣な存在がこの世には存在する。
例えば旅の途中で、金髪碧眼の美しいエルフの少女と敵対したとする。そんな時、普通の人物ならばどうするだろうか。私だったら攻撃魔法で普通に戦う。魔法族ならばきっと誰もがそうするだろう。まかり間違っても『態度が生意気だ』という理由だけで性器と肛門を露出させた状態で相手の動きを固め、2つの穴に木の棒を突っ込んだりしないだろう。最終的に道端にいたカエルとそのエルフとを本気でファックさせようとしたりはしないだろう。もちろん、最後の行動は私が全力で止めさせてもらったが……世の中には本当にそんなバカがいるのだ。それが稀代の天才魔法使いであり、現在の大賢者でもあるレオナルド・セプティム・アレキサンダーという男だ。
あれと比べれば、こんなこと何ということはない。むしろ可愛らしいものだと思わないだろうか? アランは私にはっきりとした好意を抱いている。コーヒーについて真実を明かせば、きっと喜ぶことだろう。
「……すごいっすね?」
「え?」
目の前の新進気鋭の坊やの言葉は、ここにいないクソ野郎の思い出に勝ることができなかった。
「だから、この家ですよ。こんなすごい家に住めるなんて、さすがっす」
アランが大都会のど真ん中にあるこの家を褒めた。高層階にあって、窓は全面ガラス張りで、街を一望出来て、出動命令が下されればすぐに動ける。魔女が住まう家としてこれ以上になく、最低の場所だ。
「俺も早く、こんなところに住めるようになりたいっす」
「……そう。頑張って」
いくら希望を抱いても、魔法界から犯罪はなくならない。発生件数こそ減少傾向にあるものの、手口は巧妙化しその内容も悪質なものに変わっていっている。私は目の前にいる自分とは正反対の存在をどう始末するか、思案した。
「その……どうして辞めてしまうん……すか?」
「……うん?」
話が振出しに戻った。アランは私が退職した現実を受け止められずにここまでやって来た。捜査において被疑者の住居を探し出すなんていう行為は基本中の基本ではあるが、それとはわけが違う。
そういった者たちから報復される可能性のある我々は強力に守られている。それらをこの坊やがすべて突破したという事実。何よりもそのスピードには驚かされた。まがりなりにも特防課に所属できる資質を持っているというわけだ。
「まずは褒めよう。一日とかからず、私の住居を探し出すなんてやるじゃないか。見直したよ」
「いや、それについては……」
アランは居心地悪そうに口ごもった。
《チュンチュン》
再び、来客を告げる鳥のさえずりが響いた。
「すまん、ちょっと出てくる」
「あ、はい」
私は玄関に向かった。その扉を開けた先には最悪の未来が待っていることも知らずに……。




