17 りんぱ
天空都市ガバディンギル。私たちは今、この都市にある最高峰を目指している。最高峰というのは文字通り、この都市で一番高い峰の頂上のことで、物理的にその場所を目指しているということだ。時刻は午後八時。朝一番に宿を出発して、もうこの時間である。
「まだ、着かないん、ですか?」
息も絶え絶えになった私は、大賢者の背中に訴えた。
「もうすぐだ。頑張れ」
一方、大賢者様は息も切らさずに出発時から変わらぬペースでスイスイ歩き続けている。その体力たるや、化け物だった。
「もう、これ以上、邪魔立ては、ありません、よね?」
朝早くに出発したのに、こんなにも到着が遅れているのには理由があった。まずはこの山に生息する数々の魔法生物の襲撃。体長6、7メートルのシャハロンベアの群れや、鱗粉に幻視効果をもつサーダトンチョウたち、姿を見るだけでこちらの生きる気力を奪うヤッソンカモシカ、これらに行く手を阻まれたが全部彼が退治てくれた。だから、そこは問題にならなかった。
私にとって大きな障害となったのは謎解きだった。スフィンクスの問いかけのように、謎かけをしてくる石碑がこの山には不定期にいくつも設置されていた。大賢者様は石碑の問いかけに対して、持ち前のポンコツっぷりを発揮してくれて、毎回のように不正解時に発生するペナルティを受けることになってしまった。おかげで何度も山の入り口まで戻されて、登り直しを余儀なくされたのだ。つまり、全部この人のせい。最低、レオナルド・セプティム・アレキサンダー、最低。
「大丈夫だって。俺を信じろ」
信じた結果がこの時間だよ。問いかけがわからないぐらいで、いちいちキレないでほしい。まったくもう。とにかく、もう少しだ。もう少しで、この無限地獄から解放される。山道の始まりは木々や緑が豊かだったのに、いつしか風景は草木も生えない殺風景な荒野が続いていた。
「おっ!?」
何かに気が付いた様子で、彼は坂道を走って登って行った。信じられない。本当に走ってる。バカなんじゃないのかな。彼は坂を登りきって、すぐにこちらに向かって叫んだ。
「頂上だ!! 着いたぞ!!」
地獄への招待者が地獄の終わりを告げた瞬間だった。
頂上は思っていたよりも開けたところだった。中央に大きな枯れ木が一本あるだけで、他に何も目ぼしいものはない。私とピィちゃんは到着するなり、すぐにその場にへたり込んだ。
「なんだ!? だらしがない!! 特防課は基礎体力訓練もしないのか!?」
度を越えてるって。ほぼ丸一日、ほとんど魔法なしで、こんな急勾配な山道を何度も何度も登る訓練なんてするわけがない。反論する元気もなかった私は、隣でピューピュー息切れしているピィちゃんに水を渡すのが精いっぱいだった。
「ゼノもダメなの!? ……まぁ、幼体だしな。とりあえずお疲れさん」
大賢者は労いの言葉をかけて、枯れ木の方まで歩いていき、そこにドーム型のテントを張った。その後、彼は意味もなく叫んだ。
「ビバァァァァク!!!!」
……いや、この場合はビバークじゃない。彼が張ったのは、どうやらちゃんとした魔法のテントのようだった。
「はいっ!! それじゃあ、これからの予定を説明するから!! さっさと中に入った、入った!!」
この人、ヤバいかも。大自然の中にいると、ウザさに磨きがかかるかも。これから待ち受けるウザ絡みにぞっとしながらも、私はテントへと足を向けずにはいられなかった。
「まずはタルだ。横になれ」
テントの中には予想外のものが設置されていた。黒い革張りの小さな腰掛椅子が一つと、医療用の白いベッドが一つ置かれていた。
「え?」
「疲れたろう? 俺が治してやる。喜べ。つい最近まで、世界一のヒーラーだった男の回復魔法が受けられるんだ。ゼノ、お前は座って待ってろ」
ピィちゃんは指示通りに、てちてちと音を立てて椅子に近づいて、そこにちょこんと座った。かわいそうに、猫背になっちゃってる。
「何ぼさっとしてんだ。ほら、さっさと寝ろ」
「は、はぁ」
……そうだった。この人、そういうことやってた時期もあったんだった。
「あ、そうだ。ズボンとブーツは脱いでから横になるように。脱いだら腰にこれでも巻いとけ」
そう言いながら、大きな白いバスタオルのようなものをこちらに差し出してきた。
「ぬ、脱がなきゃいけませんか?」
「医療行為ですから!! 皆さん、やっていらっしゃることなんですよぉ?」
「……あっち向いててください」
強く言われて、仕方なく従った。
「それでは、準備が出来ましたら、こちらのベッドでうつ伏せになってください」
なにか、変なことが始まろうとしていた……。
「本当にこれって、治療なんですか?」
巻いたバスタオルの下から手を入れられて触診をされた。熱を持った私の脚は、思ったよりも武骨でごつごつとした彼の手を歓迎していた。
「恥ずかしがらなくても、私からは見えてないので大丈夫ですよ~」
彼は白々しく敬語を使い続けた。若干、会話がかみ合っていない気もした。
「あ……っ……」
膝の裏からふくらはぎにかけて、強い痛みが走った。私は思わず小さな声を上げてしまった。
「声が出そうだったら、我慢せず出して構いませんからね~」
なんだろう……口調は至極優しくて真面目なのに、なぜこんなにも胡散臭いんだろうか。
「ん……っ……」
今度はふくらはぎから足の裏にかけての痛みだった。私は声を押し殺して、それに耐えた。ビクビクと軽い痙攣が起きているのが自分でもわかった。
「あ~、これ、リンパの流れがちょっと悪いな~」
「り、りんぱ?」
聞き慣れない言葉に私は戸惑った。
「ちょっと内側からほぐしていきますね~」
「……っ!!」
瞬間、えもいわれぬ快感が私の火照った部分を包み込んでいった。
「~~ッ!! 」
「は~い。これで終了となります。お疲れ様でした~」
「……すごい」
大賢者の見事な施術によって私の足からは疲労感というものがすっかり消え去っていた。
「いったい何をしたんですか?」
椅子に座ったピィちゃんの触診をする大賢者の横顔に向かって、私は質問した。
「ん~? なぁに、お前の修復能力を活性化させただけのことよ。一昔前に主流だった回復魔法の基礎だな」
手を動かしながら私の話し相手にもなる、器用な彼の横顔はいつもと違って真面目なものだった。
「一昔前って……今はまた違うやり方ってことですか?」
現代の魔法界において、回復魔法を使える人物は貴重だった。その知識に触れるのも珍しいことで、私はまた、知的好奇心を抑えることができなかった。
「うん……今は魔力を分け与えるのが主流かな。細胞を無理に活性化させるよりも、副作用がないから」
「どうして、今回は昔のやり方をしたんですか?」
「……よし、終わり。で、なんだって?」
私よりも短い時間で施術を終えたピィちゃんは、立ち上がって椅子の周りを駆け回った。私は興奮するピィちゃんを抱っこして、再びベッドに座りなおした。
「だから、どうして今のやり方じゃなくて、昔のやり方で私の疲労を抜いたのですか?」
「今回みたいな場合は、昔のやり方でも副作用はない。だから早く終わる方でやった。それだけだ」
「へぇ……」
「命に関わるような場面でもない限り、魔力を他人に分け与えるのは結構危険だし、手間なんだよ。おかげで回復魔法の使い手が極端に減っちまって、大学の回復魔法学部なんかも今では最難関になっちまってるだろう?」
「そうですね」
魔法界は深刻なヒーラー不足に陥っている。そのこと事態はニュースや現場に出ていた時に肌で感じていたことでもあった。
「まったく……魔法界ってのは、どうしてこうなっちまったのかね?」
突然、彼が年寄り染みたことを言い始めた。
「……知りませんよ、そんなこと」
「……そっか」
話はそこで終わった。相変わらず、彼にはなんでもお見通しのようだった。




