16 マニアシェンツィア
そう大きくない棒付きのアイスはすぐに食べ終わった。私が食べ終わるまでの間に同じアイスをピィちゃんは2本、大賢者は5本、それぞれが消費していた。というか、この得体のしれない日本製のアイスはいつ買ってきたのだろう。いや、それも考えるだけ無駄か。大賢者に国境は関係ないのだから。
「天空都市には明日行って、そこでまた一泊してから生ける鉱石を取りに行こう」
「わかりました。ガバディンギルまでの移動手段は公共の転移魔法陣ですよね?」
私は大きな不安の塊を少しずつ砕いていくことにした。
「え? そっちがいいの?」
大賢者が意外そうな声を上げたが、こっちとしては当たり前だった。ガバディンギルはそこそこ名のある観光地で人だってそれなりにいる。そんな場所で、もしまたあの恥ずかしい空中移動をされようものなら2度と故郷の土が踏めなくなってしまう。
「絶対にそうしてください」
「なんだ、残念。お前の地元周辺で波風立ててやろうと思ったのに」
その悪意をもっと他の良いことに向けてほしい。何度そう思ったことだろうか。
「お前がそう言うならそれでいいさ。他に何か、質問はあるか?」
「なんでそんな……すぐに行けない感じなんですか? 目的の場所は」
「アラビアの夜空を楽しみたいんだ。中東にはあんまり縁が無かったし」
本当だろうか? 私は疑いの眼差しで彼を見つめた。
「やーねぇ? この子ったら、あんなに可愛かったのに。どうしてこんな疑い深い子になっちゃったのかしら?」
また嫌な言い方をする。過去の私の写真のどこにそんな部分があったというのだ。私はまんじりともしなかった。
「いや……本当だって。ほら」
そう言って大賢者は部屋の天井や壁といった周りのすべてを取っ払ってしまった。
「山もいいよなぁ……」
現れた星空を見上げて彼は呟いた。部屋の床と家具だけをそのままに、誰もいない夜の空間が辺りに広がっていた。なんという力押しの魔法だろうか。こんな大がかりな空間魔法を使う人がいるなんて、本当に信じられない。
私の家を含めて町に施されたすべての防護魔法を凌駕し、そこに新たな防護魔法をかけて外側から私たちのいる空間を誰にも気付かれないようにしている。しかもこちら側からも外の人間を認識できないように特殊な細工がしてあるようだ。何なんだ、この魔法は。ロマンチックすぎる。
「この魔法で、何人の魔女を誑かしてきたんですか?」
「つまんねぇこと聞くなよぉ~」
彼は笑ってまともに答えてくれなかった。きっと彼自身、その数を把握していないのだろう。考え方から何から、すべてにおいて彼はおかしい。私はそろそろ彼を人間と思わないようにしようかと本気で悩んだ。
「じゃあ、また明日な」
あっというまに部屋を元通りに戻して彼は去って行った。無意味なのはわかってはいたが、私は今一度、部屋にありとあらゆる防護魔法をかけなおした。
神と悪魔の最終戦争は決着がつかなかった。地上のほとんどすべてを滅ぼし、お互いの存在すら残さずにその戦いは静寂なる終焉を迎えた。天空都市ガバディンギルは、その時の戦禍によって地上と引き離された土地であるとされている。
魔法界において、空中に存在する都市というものはそう珍しくはない。ただ、他の空中都市に無いものが、このガバディンギルにはあった。それが魔法界最古の図書館である。『マニアシェンツィア』と呼ばれるその図書館は一般の人間が立ち入ることを許されていない。まあ、私のように隣に大賢者でもいれば話は別だが……。
滞在する宿のチェックインを終えて時間を持て余した私は、指輪に使う宝石について何かわかればと思い、お忙しい御身の大賢者様に頭を下げて魔法界最古の図書館の訪問を提案し、ここへ至った。
円形の建物の中心には巨大な宇宙望遠鏡が設置されていた。館内には大量の本と本棚の他にも、数々の天体儀や、何に使うのかよくわからないスケールを組み合わせたようなもの、絶対に時計ではない時計の形をした何かなどが置かれていた。
「はぁ~ん、眠たくなっちゃった~」
我らが大賢者様はこういう厳粛な場所でも変わらず絶好調であった。
「ちょっと……恥ずかしいから、ちゃんとしてください」
机で頬杖をついて退屈そうにしている彼に私は呆れながら注意をした。
「うん……でもさぁ、わざわざ調べなくても大丈夫だって。あいつのオヤジに聞きゃあ、宝石の事なんか大体わかるだろうに」
『あいつのオヤジ』というのは彼の恋人であるソフィーさんの父親の事だ。魔法界にとって大迷惑なことをしていた存在の夫であり、異世界の支配者にあたる人物でもある。
「そうかもしれないですけど、別にいいじゃないですか。私みたいな下等な魔女にとって、こういう場所に来れるのは、とても貴重な体験なんですから」
「あっそ……」
まるで小学生男子のように不満を隠さない態度をとる彼を尻目に、私は貸し出してもらった蔵書のページをめくった。
「あ、これはどうですか? アジアの秘宝、龍神の玉」
めくったページには、ドボルグの言っていた素材そのものの情報が記載されていた。挿絵には蛇のような長い胴を持った東洋のドラゴンが光り輝く玉を手にした姿が大きく使われていた。
「ああ、それか。それはダメだったわ」
「え?」
「神のくせに龍神が死んでてさ。玉も全然、ただの石っころになってた。まったく……無駄骨だったな。せっかく俺が中国まで連れて行ってやったのに」
「連れて行った? 誰をですか?」
「……zzz」
彼がこういう態度をとるときは大概恋人の話題が出たときである。照れくさいのか、何なのか、いつもいつも寝たふりをしてごまかそうとする。
「いい加減にしてください。質問に答えてくださいよ」
「……だからぁ、あいつがその宝玉を使った指輪が欲しいって騒いだわけ。それが大賢者の称号授与式の日だったの」
式典当日に姿を見せなかったのは、ソフィーさんと揉めていたからだと彼は以前にも言っていた。しかし微妙に筋が通らないその話に私は疑問を持った。
「その話が……なんで喧嘩になっちゃうんですか?」
「当時は若く、未熟でした」
ふざけている。まったく反省していない。ということは、詳細はわからないけれど絶対この人が悪いんだと思う。
「中国へ行ったのは最近ですよね?」
「うん。お前んちに行った前の日だよ。龍神のアレは」
「ええ?」
脳内で計算をする。式典のあった日と彼が中国から帰ってきた日はひと月以上開いている。大賢者とソフィーさんの喧嘩は何度も見てきたが、どれも極めて瞬発的なものでどんなに長引いても日を跨ぐことはなかった。ひと月なんていうのは2人のする喧嘩としてはどう考えても長すぎる期間だった。
「空き期間がおかしくないですか? 式典のあった日からずいぶん経っていますよね?」
「ああ、まあ……ね? だからまず、式の日にあいつがヘソ曲げて卑劣にも弟夫婦の家に立てこもりやがって。俺はなんとかそこでナシをつけて」
今さらながらだけど、この人って最悪なんだなと思った。彼の弟といえば、大魔導士のユリエルだ。大魔導士というのは理論上この世に存在するありとあらゆる魔法魔術が使えるという、資格そのものが証明になる称号だ。そんな強大な力を持つ大魔導士でも、実の兄がまき散らかす迷惑行為は防げないということだ。私は心の底から弟のユリエルに同情した。
「んで、詫びも含めてその場にいた全員を日本に連れてったんだよ。メシを食いに」
前に会ったメアリーとかいう変な魔女はだからあの時、大賢者に『ごちそうさま』的なことを言っていたのか。どうでもいい謎がひとつ解けた。
「そっから弟夫婦とは別れて。で、俺たちだけでしばらく日本に滞在して。そのまま観光して。もういいか、ってなって。それでそのまま、中国に玉取りに行って」
「観光って……ひと月以上も?」
「うん」
仲がいいのか悪いのか、よくわからないエピソードだった。
「それで、なぜソフィーさんは一緒じゃないんですか?」
何日ぶりかの質問を今一度ぶつけてみた。
「え?」
大賢者は急に耳が遠くなったふりをした。
「聞こえてるでしょう? 答えてください」
「……そら、もう、あれよ」
彼は言葉を探すように視線をキョロキョロと動かした。
「龍神の所に行くまでに”死の谷”ってとこを通らなきゃいけなかったんだけども、そこの環境がちょっと、あいつに合わなかったみたいで、段々とイライラし始めて」
確かに以前していた旅の道中でもソフィーさんはそういう部分を隠さない人だった。お姫様気質というか、決して我慢強くはない人だ。
「それで何とか目的地にたどり着いた、と。で、いざたどり着いたら龍神も玉もダメで。まあ、そこでまた……」
なるほど、彼女の不満が爆発してしまったわけか。
「それでまた喧嘩になったということですか?」
「いや、その場はなんとかなだめた」
なんとも珍しいことをしたものだ。この人がそういう行動をとったということは、余程の空気になっていたということだろう。
「その時に龍神の玉の代わりを見つけてやる、と。ついうっかり、そういう約束をしちゃって。んで、一緒にいてもうるさいだけだから、あいつは先に帰らせたって話」
意外な事実が判明した。信じられないことに彼の方に落ち度がなかったのだ。
「その話……本当でしょうね?」
念のため、彼を問い詰めた。
「疑うのは自由だ。すべて終わったら、あいつに聞いて……いや、やっぱ聞くな。蒸し返されたら面倒だから」
言葉から判断するに、どうやら本当の話のようだ。私は少しだけ彼の事を見直した。
「それじゃあ、うんといい宝石を見つけましょうよ」
「だからそれはオヤジに聞けば大丈夫だって。こんな退屈なところはもう出よう」
「はぁ……」
半ば強制的に私は貴重な蔵書のある古代図書館から連れ出された。




