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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
15/160

15 望まない帰省

 

 ベッドをのぞき込むと彼はイビキをかいてパンツの中に両手を突っ込んで寝ていた。布団をはだけ、何も被っていない状態で寒くないのだろうか。それとも寒いからパンツの中に手を入れているのだろうか。


「起こすべきかなぁ?」

「ピピピ」


 私の相談にピィちゃんは首を振って答えた。


「だよねぇ……」


 気持ちよさそうに眠る彼の寝顔からは知性のかけらも感じられなかった。大概、普段からそうだけど。


 ドワーフの名工とされるドボルグに指輪に必要な素材の事を聞いてから一夜明けるどころか、放っておいたら午後がやって来そうだった。いつまで経ってもこの男が起きてこない事に不安を感じた私は、ピィちゃんと共に彼の寝室にこっそりと様子を見に来ていた。


「……」


 あまりにも無防備な寝姿を見ていると一種のひらめきに近い、ある考えが浮かんできた。……ひょっとしたら、今って……もしかして。


「殺すチャンスかもしれない」


 ついうっかり願望を口から出したその瞬間、彼はパチリと両眼を開いてむくりと起き上がった。


「俺様にむかって殺気を飛ばすとは、なかなか挑戦的だな?」


 これが大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダーのその日の最初の言葉だった。





「本気で俺を殺したいなら魔法は厳禁だ。ましてや言葉なんか絶対に使うな。今日の場合、枕で窒息させた方がまだ確率が高かったぞ?」


 ハムステーキにラクレットチーズを大量にかけたものを豪快に頬張りながら、大賢者は私に暗殺のアドバイスをした。


「恐縮です。お疲れのようでしたので、つい」


 過去にこの人から受けたハラスメントの数々を思い出しながら、私は厚く御礼を申し上げた。


「疲れてなんかいやしないさ。惰眠が好きでね。趣味を楽しんでいただけだ」

「そうでしたか。私はまたてっきり、次の目的地の下調べをしてそうなられたのかと思いました」


 海底の入り口を割り出した時のように、知らない間に犯罪組織のひとつでも壊滅させたのではないか。そう考えた私は彼の事を起こせなかった。結果として、今この時があった。


「サウジアラビアの上空にある天空都市のさらに上だ。生ける鉱石はそこで採れる」


 やっぱりしていたんじゃないかと思ったが、もともと彼に備わっていた知識なのかもしれないとも思った。向こう側が明かさない限り、真実は闇の中ということだ。


「天空都市……ガバディンギルですか?」

「よく知ってるな。そういえば、実家近いんだっけ? じゃあ、まずはタルの実家に行こう」

「冗談はよしてくださいよ」


 私は笑いながら彼の冗談を流したが、すぐに不穏な空気を察した。


「冗談……ですよね?」


 彼はにっこりと笑ってこちらを見ているだけだった。





 実家!? 実家って、あの!? 標高2000メートル越えの私の実家!? なんで!? どうして!? 悪い冗談はやめて!! 私、何か悪いことした!? ああ、本当に、本当に来ちゃった、この人……。何もない、標高が高いだけの、超田舎……と思ったけど、久しぶりに帰ってきたら、ずいぶんと商店が増えてる? ……あ、声をかけられた。そうか、私……地元だと有名になってたのか。そうだよ!! 隣にいる外面のいい男が大賢者様だよ!! 記録員なんて、魔法史に残らないから、そんなに持ち上げないで!! もうやめて。私の顔写真入りのキャンディなんて、勝手に売らないで!! 実家の外観とか、勝手に観光地化しないで!! ……わかった。もう、わかったから。私が悪かったから。だからやめて。ママ、そんな男に、私の生まれたときから大学卒業までのすべての写真を一枚一枚見せないで……。





 久しぶりの実家への帰省は最悪だった。いたたまれなくなった私は自分の部屋に閉じこもった。施錠、防音、防火、防水、防毒、防臭、ありとあらゆる保護魔法をかけて自分とピィちゃん以外の部屋への立ち入りを禁じ、外界を完全にシャットアウトした。


「アイス食おうぜ!!」

「……どうして」


 私の魔法などまったくの無意味と言わんばかりに、大賢者は棒付きアイスを片手にノックもせずに勝手に部屋に入ってきた。


「ほら、アイス溶けちゃうから。食べて?」


 花びらのような形をした白いアイスの先端を向けられた私は黙ってそれを受け取った。


「さあ行け」


 言われるがままにアイスを一口かじった。……甘い。しかし濃厚なミルクの味が口の中を優しく包んでくれた。


「中も食べたか?」


 かじった部分を見てみると、そこには光沢のある黒い物体がアイスに包みこまれるように存在していた。


「行け」


 またもや命じられるまま、今度は中身もアイスの白い部分と一緒にかじった。……超甘い。アイスの中身は粒の残った豆のジャムみたいなものだった。でも、なんだ、この……ミルクとジャムが織り成す絶妙なハーモニーは。癖になりそう。


「おいしい……です。とても」

「うむ。それが”あんこ”だ」


 あんこ? ああ、いつぞやの、タイ焼きの本来の中身とされるやつか……だから何?


「……ナード丸出しの女に何か用ですか?」


 過去の、特に高校時代の私の写真を見てそう評した彼にふてくされながら質問した。


「何か用がなくちゃ、来てはいかんのか?」


 ……いかんと思う。用もないのに、人が施した数々の保護魔法を破ってまで勝手に部屋に入ってきてはいかんと思う。


「わはははは、冗談だよ。話はアイスを食い終わってからにしよう」


 不法侵入者は笑いながらアイスをぱくついていた。

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