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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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14 名工ドボルグ

 

 私が見ていたのは雲一つない澄んだ青空だった。普通だったらわざわざ足を止めてまで見る必要もないものだ。しかし私はなんの変哲もないその青空をずっと眺め続けていた。


 大賢者様とピィちゃんはちょうどいい高さの木の柵に並んで腰掛けて一服していた。洞窟の中で出会った少年の姿はもうどこにもなかった。


「……何も聞かんのか?」

「ええ。でも聞いたとして、答えてくれますか?」


 結局、私は彼に質問してしまった。


「いいや。この場合、それは野暮ってもんだ」


 近くで大きな瀬音がしていた。その瀬音は私たちが今しがた出て来た洞窟の内部にまで響き渡っている。地底の世界は自然豊かでどこか懐かしくなる情景が広がっていた。自然の魔力がこんなにも溢れる場所を訪れたのは生まれて初めてのことだった。





 歩き始めたときは、とても晴れやかな気分だった。私たちを導いたのはどこまでも続く曲がりくねった一本道で、複雑に道が入り組んでいた洞窟とは対照的なものだった。異変はすぐにやってきた。進めども進めども、家らしい家など一軒も見当たらなかったのだ。


「ここだな」


 先導する大賢者が歩みを止めた。そこは道脇で草原が少しだけ盛り上がっているだけの場所だった。


「え……ああ、そうか」


 私たちが目指していたのはドワーフの家だったことを思い出した。彼らは地下に暮らすと聞いたことがある。私は盛り上がった草原に視線を移して注意深く家の目印を探した。よく見るまでもなく、小さな三角形の煙突が地面から突き出ていた。煙突からは白い煙がうっすらと上がっていた。


「ふふっ。わかったか?」

「はい」

「だがな、今回の旅ではあまり頭を使わんでいいぞ」

「ど……」


 《どうしてですか?》とまた言いそうになって口をつぐんだ。


「その方が俺が楽しめる。それと遠慮はするな。質問はいつでも歓迎するぞ?」

「はぁ……」


 そうしたところで教えてくれないこともあるじゃないか。私は内心で彼の曖昧な優しさを毒づいた。そんな思いを知ってか知らずか、大賢者は普段通りの大きな声で煙突にむかって呼びかけた。


「こんちわぁ~、大賢者ですぅ~」

「うぃ~~」


 間髪入れずに盛り上がった草原の頂点から陽気で小さな太陽が姿を見せた。


「おう、ちょっと、あれ、待ってろ。サングラスが、アレが無いと終わるから、俺たちは」


 太陽だと思ったのは、内部で何やらバタバタとしている人物の頭頂部だった。


「よっしゃ、ごめんごめん。えーっとぉ? おぉ~~!!」


 全身を現したドワーフは草場のてっぺんから私たちを見下ろしていた。ちいさな背丈と大きな手足。ツルツルの頭に豊かな白髭を蓄えた胡散臭いその老人はフォックス型のサングラスをかけていた。


「なぁんてこったい……こいつは驚いた。え? アルバート? いや、え? あれ? ちがうよなぁ? アルバートはもう死んだもんなぁ? う~ん、アルバート……ではないんだよな? ちょっと待って。ヒントいらないから!! 自力で当てたい!! えーっとねぇ、わかんない!! ヒントをくれ!! はやく!!」


 どうしよう、変人は大賢者で手一杯なのに……。私の心配をよそに変人たちは勝手にやりとりを始めた。


「その名前を知ってるということは、あんたがドボルグだな? お久しぶり。アルバートの孫だよ」

「あ、そっか!! てことは、お前さんはあの時のガキか!! 大きくなったなぁ……俺も年を取るわけだ。それでぇ!? どういうわけでアルバートの孫がここに!? いや、待て!! いや、やっぱ待たなくていい!!」

「仕事を頼みたい。とある世界の支配者の娘にふさわしい指輪を作ってほしい」


 ドボルグはピイちゃんを見た後に私のことを見た。


「支配者の娘ってのは……そこにいる魔女のことじゃないよな?」

「ああ、こいつは俺の弟子いや、飼い犬みたいなもんだ。気にしないでくれ」


 わざわざ言い直すあたりに、彼の性格の悪さが表われている。弟子でいいじゃないか。こんなのでも一応大賢者なのだから、そっちだったら悪い気はしなかったのに。


「ふーん。しっかし……支配者の血を引く者か。となると、ちょっと特殊な材料が必要になってくるなぁ」

「どんなものが必要なんだ?」


 大賢者に記録をとるように動きだけで指示をされた。私は急いで掌の上に使い魔を出した。


 私の使い魔は至ってシンプルなもので瞳だけの存在である。私が覚えずとも、この使い魔がその場のすべての光景や音、動きを映像として記録してくれる。記録した映像はもちろん再生ができ、部分的に取り出すことも出来る。8か月前、レオナルド・セプティム・アレキサンダーの旅の記録員として私が同行することになったのも、この使い魔があってのことだった。


生ける鉱石(リビングオーズ)。これが無いとまず駄目だな。他の素材だとほら、石に負けちゃうから。爪が。それにお前、アルバートの孫ってことは、どうせ恋人の指輪のサイズは知らねぇのに下着のサイズだけは知っているような典型的なクソ野郎に育ったわけだろう? だけど大丈夫だ。その素材なら問題ない。ガチっと、こう……サイズを合わせてくれるから。指輪の方で。そんなわけで、まずは生ける鉱石(リビングオーズ)


 すごい早口だ。何気なく大賢者への悪口も混ざっている。これは記録をしておいて大正解だった。悪口の部分を後で何度も再生しよう。


「石はねぇ……ぶっちゃけお好み。お好みなんだけども、支配者クラスにまでなっちゃうと、それなりの格と独特の力があるからな。普通の素材だと石溶かしちゃったりとかするじゃん? やつらって。バカだから。すぐ怒るし。だから神様に献上するようなものなら耐えられるんじゃない?」

「例えば?」


 大賢者が具体的な答えを求めた。


「龍神の玉だとか、あとは……なんだ? 永久氷は……指輪には向かんし……はじまりの木の琥珀なんかもいいかもな? そんなもん手に入ればだけどな? あと神秘の宝玉は……削れないな。というか削りたくない。もったいなくて。あれはそのままネックレスとかで使った方がいい味が出るから。他でいうと千年珠なんかもいいかもな? いや、だめか? 悩むなぁ……悩んだらぁ……石の色を相手の瞳の色に合わせてみるとかはどうだ?」


 すごい以外に言葉がない。はじまりの木ぐらいしか言っていることがわからない。神々に献上する宝石がそんなにも多彩だったことを初めて知った。あと喋りすぎだ。絶対に8割9割はいらない情報のような気がしてならない。


「そっか……ありがとう。ひとつも持ってねぇや。材料が集めまったら、また来ることにする」

「おう、そうか!! 気を付けて帰れよ!? うぃ~~」


 騒がしい小さな太陽が、再び土の中に還っていった。


「なんか……私、疲れちゃいました」


 疲労感だけが現場に残った。


「一度コテージに戻ろう」

「……はい」


 世界の広さを舐めていたかもしれない。世の中には人間以外にもたくさんの種族が住んでいて、その中には気味の悪いものや、気のいいおじさんや、胡散臭いおじいさんまでもがいる。今日起こったことはしばらく忘れられそうにもない。私は頭の中で温泉にゆっくりと浸かる自分の姿を想像していた。

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