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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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13 地下洞窟

 

 長く深い海底の穴の中は真っ暗闇だった。


「あ、ダメだ。これ」


 大賢者の声が聞こえて握り拳大の光の玉が闇の中に浮かび上がった。


「これでよし」


 見慣れた顔がすぐ近くにあった。光は私たちを優しい色で照らし、どこまでも続く地の底への降下を手伝ってくれた。



 たどり着いた場所は土気色の岩を中心に構成された、狭い洞窟のような場所だった。


「よっ、と」


 到着早々、大賢者は私の体を自由にしてくれた。彼は何やらもぞもぞとローブの中で体を動かしているようだったが、私は再び踏みしめることのできた地面の感触を確かめることに集中していた。


「ピィッ」


 少し遅れてから後方でピィちゃんが落下してきた声と音が聞こえた。私はいつものように着地を決められなかった彼を抱き上げ、大賢者のいた方に向き直って次の指示を待った。


「では行こう」

「はい……あれ?」


 大賢者の後ろ姿に違和感を覚えた。いつもより背中が小さい。頭の高さもおかしい。なによりも手足の長さと大きさが全然違う。


「どうしたの?」


 あどけない声をさせた未成熟な体つきの少年がこちらを振り向いた。


「えぇっ!?」


 私はまったく見覚えのない美しい少年の登場に戸惑った。


「僕たち、お似合いだね? お姉ちゃん」


 私よりも少しだけ背の低い少年は悪戯に笑った。底意地の悪そうなその笑顔を見てからようやく私の脳はその少年の中身が大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダーであることを認識してくれた。


「あの……なんのつもりですか?」

「こういうのは趣味じゃないか? この姿、中南米の飢えた女海賊どもには大好評だったんだぞ?」


 魔法で自らの姿を少年へと変えた大賢者はこちらの質問の意図に沿わない下衆な回答を自慢げにした。


「そうじゃなくて、どういうつもりでその姿に?」


 大賢者は無言で私たちがこれから歩くことになるであろう道の天井を指差した。それは私の身長でギリギリ頭がつかなそうなくらいの低さだった。


「納得できた? お姉ちゃん」


 少年の姿の大賢者が小馬鹿にしたように首を傾げた。その憎たらしさといったら相手が彼じゃなかったら手が出ていたかもしれないと思うほどに酷いものだった。


「お姉ちゃんと呼ぶのはやめてください」


 世界一強くて生意気なガキを先頭に私たちは洞窟内を歩き始めた。





 少し歩くと、コツコツコツという小さく高い音が幾重にも重なって聞こえ始めた。


「近くに鉱夫がいるな」


 言われてからその音の正体が鉱石を掘るツルハシの反響と残響が混じった音であることに気が付いた。


「こっちだ」


 大賢者は分岐した道を迷わずに進んだ。分岐の先にはまたいくつかの分岐があり、進めば進むほど道は複雑さを増していった。それなのに大賢者はどの分岐点でも一切の迷いを見せることはなかった。


 いくつもの分岐点を越えると残響はなくなり、音がはっきりと聞こえるようになってきた。さらに道を進むと奥まった曲がり角の壁面に映る影が金属音に合わせて動いていた。


 大賢者は手で私たちに静止するように合図すると、自分もその場で足を止めて影にむかって声をかけた。


「こんちわぁ~。お仕事中、すいませ~ん」


 生意気な少年の声が洞窟内に響くと影はピタリと動きを止めた。


「俺たち、職人を探してるんですけど~」

「……なんだぁ? 人間のガキかぁ?」


 倦怠感のある低く太い声が応答した。大賢者は慣れた様子で遠巻きに影に話し続けた。


「そんなとこ。魔女と……ちょっと変わったやつもいる。忙しいとこ悪いんだけど、少しだけお話させてもらってもいいかなぁ?」

「わかった。こっちに来るといい」


 話がついたようだった。少年レオナルドは私に向かってしたり顔を見せてウインクをした。



 初めて出会ったドワーフは少年の姿になった大賢者よりもさらに背が低く、手足の大きい中年男性のような見た目をしていた。ヘルメットとゴーグルで顔のほとんどは隠れていたが、長くて黒い髪の毛と髭、それに赤い大きな鼻がとても印象的だった。


「お父さん、職人のドボルグって知ってる?」


 少年の姿の大賢者はそのドワーフをお父さんと呼んだ。その呼び方もあってか、彼はすぐにそのドワーフと打ち解けていた。


「ああ、知ってるとも。名工ドボルグだろう? ここから出て、しばらく道なりに進むと彼の家がある。いつも煙突から煙を出している家だ」

「おー、近所だった。ラッキー」

「ああ、お前は何とも運がいいやつだ。人間にしちゃ珍しく礼儀もわきまえているようだし、気に入ったよ。良かったら出口まで案内してやろうか?」


 ドワーフは体の割に大きな手足をせわしなく動かして上機嫌に私たちを気遣ってくれた。


「いや、大丈夫さ。お父さんたちが道を分かりやすくしてくれてるし」

「はっは!! 言うじゃねぇか!! ところでお前さんたち、一体どこから入ってきたんだ?」

「上。俺たちの世界の海の底」

「おいおい……50年以上前にあそこから入ってきた人間はいたが、そこから来た人間なんてそれっきりだぞ!? 門番の合言葉も知っているようだし、お前さん、ただのガキじゃないな!?」

「そうさ。本当は俺、大賢者なんだ」

「はっはっは!! これはこれは。大賢者殿がこんな所まで、わざわざご苦労なこって」


 ドワーフは彼の言葉を本気にしなかったようだった。当の大賢者本人も鉱夫のドワーフと一緒になって笑っていた。





 洞窟はかなり複雑に入り組んでいた。私にはこれまで来た道がとても『分かりやすく』なっているようには思えなかった。大賢者がドワーフに言っていた言葉は本当にその通りなのだろうか。それとも冗談だったのだろうか。私はまた彼に質問がしたくなったが、その気持ちをグッとこらえて違う言葉をかけることにした。


「……ずいぶん、気に入られてましたね?」


 歩きながら彼の背中にぶつけたのは私が純粋に抱いた感想だった。近頃の私は質問が多すぎた。そう思い、これまでと少し違うアプローチを試してみたくなったのだ。


「……ま、死んだじいさんのおかげだな」


 今日の所はアプローチを変えた効果があったようだった。どうやら大賢者様が口を動かしてくれる気分になってくれたらしい。


「50年以上前に俺たちと同じ方法でここにたどり着いたのが、死んだ俺のじいさんなんだ。ガキの頃の記憶を頼りに門番に合言葉を言ってみたが……これがドンピシャ。因果というものは恐ろしいなぁ。どうにも不思議と覚えてやがる。いい加減なじいさんだったから、俺に話してくれたことなんてどれも胡散くせぇと思ってたんだが……」


 私は黙って彼の話に耳を傾けた。その方がもっと口を滑らせてくれることに期待が出来るという思いもあったが、単純に彼の祖父にも興味があったからだった。


「この分だと記憶の中にうっすらとある、胡散臭いあの自称ドワーフも本当にドワーフなんだろうなぁ……」

「えっ? じゃあ、ドワーフに会ったことがあるんですか?」

「むか~し、じいさんに転移で連れてこられて、会ったことがあるような、ないような。実際に会うまで確信が持てない。だから全部黙ってたんだ。すまなかったな?」

「ふふ……」

「なんだぁ?」


 大賢者は歩みを止めてこちらを振り向いた。


「いいえ、なんでもありません」

「また首絞められてぇのかぁ?」


 私は凄む大賢者がもう怖くなくなっていた。それは彼が少年の姿をしていたからではなかった。


「締めたいのなら、お好きにどうぞ?」


 私は直立して彼に自分の首を差し出した。


「……うるせぇ。行くぞ」


 彼は再び背を向けて歩き出した。私はその背中に黙って付いていった。少しだけ彼という人間が知れた私はその時の思いを胸に秘めることにした。

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