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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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12 海底にて

 

 お前は俺以外の何者にも付き従ってはならない。


 その光景を見た私は彼がそんなことを言っているような気がしてならなかった。


「それじゃあ、行こうか」


 彼は自分の腕の中で震える私のことなどお構いなしに、そのまま一気に下まで降りた。海の底は岩と穴だらけで平坦な場所など何処にも存在しなかった。


「ピィッ」


 少し遅れてピィちゃんが上から降ってきた。






 まず、恥ずかしさがあった。


「はい、おいで」


 口笛を鳴らして完全に私を犬扱いした大賢者は躊躇なく私を横抱きにした。海岸線の見える足場の悪い場所だったが彼は1ミリたりともグラつかずに姿勢を維持し続け、恥じ入る私の顔を見てせせら笑っていた。


「あ、あのぅ……」


 この歳でそんなことされるのはさすがに気が引けた。というか、とてつもなく恥ずかしかった。彼のように媒体を介さずに空を飛ぶ魔王技術を修得していないことを、私は心の底から悔やんだ。


「現代社会に生きる魔女ってのは軽すぎるな。流行ってんのか? 軽量化が」

「……えぇ?」

「まぁ、気にするな。俺は軽い女に興味はない」


 意味の分からない言葉をかけられた私はそのまま猛スピードで沖の方にまで連れ去られた。


 海上でピタリと動きを止めた大賢者は少しの間だけ海面を見つめていた。すぐに低い唸り声のような音がし始めた。


「……さすがに海は重たいな」


 彼が小さく囁いた。重低音はどんどん大きくなり、反対に波の動きは穏やかになっていった。徐々に波は落ち着き始め、やがて完全に波がなくなったその時、水面に一本の亀裂が生じた。その亀裂は遥か彼方の水平線にまであっという間に広がり、一つだった海が割れて海底が露わになった。


「あ、わりぃ。でもタイミングがいいな」

「ピッ」


 私たちの後を追ってピィちゃんも飛んできていた。私は人間の域を越えた分類不能の超魔術を目撃して身震いした。


「それじゃあ、行こうか」


 私たちは一気に海底までの距離を縮めた。





 尻もちをついたピィちゃんを抱き上げた私は、今一度干上がった海底の様子を観察した。周囲は岩群(いわむら)が立ち並び、地面には様々な形をした数々の穴があいている。少し離れた場所には他の岩よりも隆起した場所があり、自然とそちらに目がいった。


「あそこだ」


 大賢者は隆起したその場所こそが目的地だと私に知らせた。


「あの場所って何なんですか?」

「海底火山風ゴーレムじゃない?」

「じゃない? って……」

「実際に見てみないとよくわからん。大賢者だって何でも知ってるわけじゃないんだよ?」

「……そうですか」


 まるで緊張感のない会話だった。大賢者はコテージでくつろいでいた時よりも、さらにリラックスしている様な、どこか気だるそうな様子を見せていた。


「行くぞ」


 そう言って、彼は足場の悪い海底を嘘みたいにヒョイヒョイ進んでいった。私はピィちゃんを抱きながら、なんとか彼の背中を追いかけた。


 少しだけ高くなった岩場の上で、大賢者は近くにある隆起した場所をじっと見つめていた。遅れて到着した私も、彼の横に立ってその場所を見た。隆起した部分は表面がでこぼこした大きな黒い岩の塊だった。その塊はまるで呼吸するように、血管のようなものを浮かび上がらせては消え、浮かび上がらせては消えを繰り返していた。脈動する塊の手前には、少しだけ窪んだ円形の砂地があった。


「あそこに立ったら、動き出すと思う」

「なんでわかるんですか?」

「大賢者だから」


 この言葉が面倒臭がっている時の彼のお決まりの返事になりつつあった。


「でもその前に……お前たちは今から魔法禁止」


 大賢者に頬を優しくひと撫でされた。あっさりと、私とピィちゃんは一時的な魔封状態にされてしまった。


「どうして?」

「防衛本能が邪魔になるから。ま、そこで見てな」


 そう言って大賢者は岩場を離れ、そのまま円形の砂地の所まで歩いていった。




 彼は基本的に防御魔法を使わない。その理由は『攻撃された魔法よりもさらに強い攻撃で魔法ごと相手を消した方が早いから』である。何とも彼らしいその暴論を初めて聞いた時、私は呆れながらも納得させられてしまった。もちろん、それは最高の防御方法の一つだとは思う。それを実現させるには後出しの状態で敵の攻撃よりも強い攻撃を繰り出す能力が要求される。敵の攻撃が音の魔法だったりした場合は最悪だ。より強く速い音の魔法を相手の魔法に正確に被せないとならなくなる。そんな神がかった芸当が人間に出来るわけもなく、彼の理論は我々の感覚からすれば机上の空論同然のものである。


 しかし私は確かに見たのだ。彼の戦いぶりというものを。それも何度も。そういった戦いの場で彼は自身の理論の正しさをその身をもってはっきりと証明してきた。


 わからないのはそういう高度なことが出来るくせに、魔術戦よりも驚くほど野蛮な格闘戦を好む傾向が強いことだった。以前していた旅の最終決戦時には、素っ裸になってステゴロで異世界の支配者をシバいていたことが記憶に新しかった。




 大賢者が円形の砂地の中心に立った。すると、脈動する塊がうねうねと動き出した。塊はみるみるその形を変え、顔と胴体を形成した。目と鼻がなく、口だけが横に大きく浮かび上がり、その口の中には人間と同じような歯まで生えていた。大賢者を一飲みに出来そうなほどに大きく膨れ上がったその顔は、蛇のように長い胴体を這わせながら、防御魔法もろくにかけていない彼の元へ近づいていった。


「危ないっ!!」


 私は叫んだ。こちらの声に反応した異形の怪物がピタリと動きを止め、私の方にゆっくりと顔を向けてニヤリと嗤った。


「……!!」


 まともにその顔を見た私は背筋が凍った。怪物の頬がパラパラと欠けるように剥がれ落ちたのが見えた。


「ボボ、ボボボ……」


 怪物はくぐもった音を口から出し、また大賢者の方に顔を向けて歯をカチカチ鳴らし始めた。


「”ハベリーム”。そんな怒るなって、友よ」


 大賢者は微笑んで怪物に語りかけた。すると怪物は円を描くように彼の周りをグルグルと回ってから地面に潜り始めた。身体を回転させながら怪物は凄まじい勢いで地面に対して垂直に穴を掘り続けた。穴はどんどん深くなっていき、ついには怪物そのものが穴の底に消えていってしまった。


「終わったぞー。早く行こうやー」


 大賢者はこちらに手を振ってにこやかに合図を出した。


「……はぁ??」


 何が何だかわからなかった私は困惑するばかりだった。





 怪物が海底にあけた穴を見ながら私は呆然としていた。


「心配だった? ああいう時は、叫んじゃだめだよぉ?」


 すぐ隣で大賢者が私の肩になれなれしく手を置きながら高説を垂れていた。


「……何が起こったんですか?」


 怒り半分で私は事情の説明を求めた。


「ん? 道を開けてもらった」


 不完全な説明に感情のもう半分が埋められ、すべて怒りで満たされた。


「だから、誰に!? あの気持ちの悪いの、何だったんですか!? 思い出しても寒気がする!! 大体!! いつもいつも、なんで説明してくれないんですか!? そんなに私は使えませんか!? 無能ですか!?」

「うーん……答えづらい事を聞くなよ。あれは門番みたいなもんでさぁ……」

「もう……知りません!!」


 今更説明を受けても湧いた怒りは収まらなかった。


「まぁまぁ。これでドワーフのところに行けることだし、機嫌直せって」

「……どうして何もしてないのに、”門番”は道を開けたんですか?」


 怪物の不気味さを思い出さないように、私は表現を変えて彼に尋ねた。


「ドワーフって合言葉が好きなんだよ。だから俺はそれを言った。それだけだ」

「……言わなかったり、合言葉が間違っていたら、どうなっていたんですか?」


 私の問いかけに、大賢者は握った自分の左拳を右手で包み込んで答えた。


「パクー、じゃない?」

「なんで合言葉の正解が分かったんですか?」

「ま、その辺はお目当てのドワーフに会えればわかるさ。そろそろ行こうぜ?」


 私はまた彼に頬を撫でられ


「お前も」


 足元で心配そうに右往左往していたピィちゃんも同じことをされた。

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