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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
4章 暗闇の章
118/160

118 マーキュリー

 

 一夜明けてタンザニア。のはずだったが、大賢者に連れてこられたのは本土から離れた『ウングージャ』と呼ばれる島だった。


 白い石壁で造られた建物がぎゅうぎゅうに詰められたその世界は一つ角を曲がればそこかしこに私たちの世界が広がっていた。当然ながら、向こうの世界に住まう人々は私たちの暮らす世界になど見向きもしていなかった。


 全体的に観光地化されている為か町には露店が多く立ち並んでいて、各店舗から発せられる砂糖菓子の甘い香りやコーヒーやらシナモンやらの香りには、ふと足を止めたくなる気分にさせられた。


 大賢者がこの町を訪れた理由は何なのかと思ったら、非魔法界のロックスターの生家に行きたいとのことだった。もったいないことかもしれないが、そちらの世界に疎い私にはその家を見てもよくわからなかった。


「いやぁ~……いい経験ができたな」


 意外な事に大賢者は悪目立ちするようなこともせず、大人しく観光を終えた。美術館や博物館のような場所へ行くと真面目に見学するタイプなのかもしれない。


「昼メシどうする? この町だとカレーとシーフードしかなさそうなんだよなぁ……」


 腕時計を見ると、昼食の時間にはまだまだ猶予があった。大賢者はカレーもシーフードもそんなに得意ではない。知らない土地ではお店を探すのにも時間がかかる。そう思った私は先を見越して本来の目的に沿うようなルートの提案をした。


「本土に行けばお肉もあるんじゃないですか?」

「え~? そんなに急ぐぅ?」

「でも、急がないとお店が混んじゃいますよ?」

「混む? う~ん……そうだ、こういう時は屋台にしよう」

「屋台?」

「経験上、どんな港町でも屋台にさえ行けば肉料理がある……はず」

「へぇ~。それは知りませんでした」


 屋台という選択肢は頭になかった。流石、世界を股にかけていた元賞金稼ぎはよく知っている。


「とにかく行ってみよう。当たり外れがすげぇんだ、これが」


 大賢者はそう言って迷路のような作りをした町を歩き始めた。





 食べ物探知人間は迷うことなく広大な商店街を抜け、屋台が密集するエリアにまで私を導いた。その場所は私たちのような観光客の姿はほとんどなく、地元住民の方たちを中心としたローカルな雰囲気が漂っていた。


 着いて早々、大賢者は緑色をした謎のジュースを私の分まで勝手に購入して手渡してきた。使い捨ての透明な容器に入れられたそのジュースをストローで一口飲むと、ほのかなライムの香りと酸味が広がる万人受けしそうな味がした。少し甘すぎるような気もしたが、そこはご愛嬌というものなのだろう。


「すっぺぇ!! ハズレ!!」

「そうですか? 私には甘く感じますけど……ちょ!!」


 大賢者は私が口をつけていたストローをくわえてジュースを口に含んだ。


「うん……交換しよう。酸っぱいの好きだろう?」

「……まあ、好きですけど」


 勝手に交換されたジュースを一口啜ってみると全然違う味がした。先ほど飲んだものと比べるとライムの香りと酸味がより強いそのジュースは、私からすればさっぱりと飲める口のあたりの良いものに感じられた。


「な?」


 何が「な?」なのかはわからなかったが、大賢者は自信満々の笑顔を見せつけてきた。


「これでおいくらですか?」

「ふたつで1000タンザニアシリング」

「へぇ~」


 一杯約25円の味の安定しないドリンクは高いのか安いのか、判断に困るものだった。


「さあ、本土に行く前に何か腹に入れおこう。タルは何食いたい? イカタコ?」


 なぜピンポイントで当てようとしてくるのか。イカやタコはそんなに好きなわけでもない。普段はピィちゃんがいる手前、そういった食材は何となく口にしないようにもしている。しかし、せっかく海に囲まれた島に来たのだから海産物を食べてみたい気持ちはあった。


「色々回ってみましょう。お目当てのお肉料理もありそうですよ?」


 私はこの旅始まって以来の観光らしい行動に胸を躍らせながら屋台の密集するエリアを大賢者と共に練り歩いた。





 それぞれが購入した屋台の料理は併設されていたテーブルで食べることにした。そこで大賢者が最初に口にしたのは牛肉のスープで、私はカツオの切り身を揚げたものが真ん中に豪快に乗せられたスパイスの効いた炊き込みご飯だった。


「これ……フハハハハ!! 牛肉一本勝負!! 食べてみろ!!」

「これもなかなかパワーで押し切ろうとする味がしますよ? ご飯だけでも食べてみます?」


 私たちはそれぞれの料理をひとくちずつ交換し、その味わいを共有した。最初の一品はお互いに微妙という結果に終わった。それでも私たちは涙が出るくらいに笑い合ってそれを楽しんだ。


「はぁ~……最高。やっぱこういう事を一緒に楽しむには、お前かアシハラに限るな」


 大賢者が帯同させる人員として私を指名した理由を不意に明かした。それなりに場数を踏んだ魔法族というのは不潔な環境にも美味しくないご飯にも強いのである。


「さあ、次いこう。これは美味いだろう。だって焼肉だもん」


 早くもスープを完食した大賢者が今度はひと口大にカットされた牛肉を口に入れた。


「うん、これは美味い。食べる?」

「いただきます」


 お互いの料理を一口ずつ交換しあう形になりながら屋台での食事の時間はゆっくりと過ぎていった。早食い大食いの大賢者は先に食べ終わると飲み物を買ってくると言って席を離れた。一人きりにさせられたことに気が付くやいなや、見知らぬ若い男が近づいてきて私に声をかけてきた。


「ようよう!! お姉さん一人で観光!? どう、ザンジバルの美しい海は!? まあ、俺もこの島の人間じゃないんだけどね。ハハハハハ!!」


 どうやら下手くそなナンパ師のようだった。ひっさしぶりにこんな目に遭った私はその男の眼球を破裂させるか生殖器を裂傷させるかで思い悩んだが、それらよりももっと面白そうな案が浮かんだので男の好きにさせることにした。


「いやいやいや……麗しいねぇ……君みたいな人とこんなところで出会えるなんて、運命感じちゃう。俺はラージャー。ダルエスサラームで商売をやってる」


 タンザニアのナンパ師ラージャーは先ほどまで大賢者が座っていた席に座ってしまった。見ると、確かに金まわりの良さそうな身なりをしていた。


「それで、どうかな? 俺と一緒にこの島を」


 濃度の違うオレンジ色の液体の入ったカップが二つ、乱暴にテーブルに置かれた。私が心待ちにしていた人物の帰還だ。大賢者はキョトンとした顔でラージャーを見下ろしていた。


 果たして彼はいかにしてこのトラブルを乗り越えるのだろうか。ドキドキとワクワクが止まらない中で、大賢者はラージャーを見つめる目を大きく開いて第一声を発した。


「ちょっと、やだぁ~!! イケメ~ン!!」


 あ、そういう感じなんだ……。私が思い描いていたものとは少し違う大賢者劇場が始まった。


「お金持ってそ~う!! 素敵ぃ~!! 良かったじゃない!? あなた、借金があるって言ってたでしょう!? 運命よ、きっと!! それだけでも彼に肩代わりしてもらったら!? 2000万ドルだったっけ!?」


 大賢者姉さんは私に借金があるという設定を持ち出してラージャーを怯ませた。


「初めまして、愛しい人!! よろしく!! あなた、お名前は!?」

「ラージャーさんだそうです。本土のダルエスサラームで商売をやっていらっしゃるそうですよ?」

「どこぉ~!? 行きた~い!! 教えてぇ~!? 絶対に私一人でも行くからぁ!! それとも、もう私とホテルに行っちゃう!?」

「あの~……その~……大変失礼しましたぁ!!」


 ラージャーは席を立ち、そそくさと逃げていってしまった。大賢者はその後ろ姿を眺め、私の方に向き直ってから口を開いた。


「……もうちょっと粘ってもいいのにな? こんなに価値のある魔女にも中々お目にかかれまい」


 彼は微笑みながら席につき、落ち着いた様子でフルーツジュースを飲み始めた。私は大賢者姉さんとだったら、もう2、3倍は旅が面白くなったのではないかと考えながら濃厚なマンゴージュースの味を堪能した。

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