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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 海の章
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11 大賢者のお肉

 

 恐ろしく野菜が美味しく食べられる料理。人生初のしゃぶしゃぶの感想はそれだった。私はすでに満腹になっていた。奥のソファでピィちゃんが一升瓶を抱きしめて眠っている。そんな冒涜的な絵面の手前では、未だに大賢者が鍋の中で牛肉を躍らせるのに忙しくしていた。この男の底なしの食欲というか、彼の欲望のすべてはどこから湧いてくるのだろうか。


「本当によく食べますよね」

「いや、最近はそうでもない。衰えたもんだよ」

「そうですか……」


 ズレた謙遜に納得したふりをしながら、私はこれからの旅の予定を彼からどう聞き出したらいいものか考えていた。


「海底だよ」

「え?」

「ドワーフの居場所が気になるんだろう? ここから南西の海底火山の地下だ」

「どうしてわかったのですか?」


 私はふたつの意味で聞いた。


「待て……よーし、最強の牛肉が出来あがったぞ。食うか?」

「いえ、私はもうお腹が」

「なにぃ?」


 大賢者が眉間にしわを寄せた。


「いただきます、いただきます。わー美味しそう。こんな美味しそうな牛肉、私が食べてもいいんですかー?」


 私は彼の機嫌を損ねないように態度を改めた。すると彼は満足そうに微笑み、ほんのりピンク色になった牛肉を私の器に丁寧に入れてきた。


「よし行け」


 まるで犬のようだった。命令されてから食べるその牛肉の味は


「どうだ?」


 ちゃんと美味しかった。私はなんだかおかしくなって笑ってしまった。


「なんなんですか、これ?」

「うん? 牛肉だよ?」

「いや、そうじゃなくて。私が食べたり飲んだりする前に『行け』っていうの。なんなんですか? 寝台列車でも言ってましたよね?」

「こういう関係っていいなって思って。飼い主と犬みたいで」

「やっぱり……」


 私は笑いながら肩を落とした。ずいぶん前から、私は弄ばれていたのだ。


「せっかく自由の身になったんだ。これを機に本当の自分をさらけ出していくといい」

「私はあなたの犬じゃありません」

「いいや、犬だね。ただし世界一有能な犬だ。少なくとも俺の前ではそう。だがそれはお前という魔女のほんの一面にしか過ぎん」

「うぅ……」


 屈辱的な扱いの中にも確かな喜びの言葉を入れてくる。抗し難いものが私を苦しめた。この人とまともにやり合うと頭が痛くなってくる。私はすべてを諦め、話を戻すことにした。


「……それで、どうしてわかったんですか?」


 彼がなぜ私の言いたいことがわかって、ドワーフの居場所までもを特定できたのか。私は問いなおした。


「大賢者だから」

「面倒臭がらずにちゃんと教えてくださいよ」

「あ~……わかったよ。ドワーフの居場所は密約者に教えてもらった」

「密約者? そんなものがいたのですか?」

「ああ。このあたりの臭い場所を軽く調べたんだが、どこもかしこもゴーレムに護らせたフェイクばかり。ゴーレムの核を作ったのはドワーフに間違いなさそうだったんだが、その核を使ってゴーレムを操っているのは人間だった」

「その人間が密約者?」


 大賢者は肩をすくめるようにして肯定した。


「なんかドワーフ製品の利益を独占するために違法取引してた感じだったな」


 さきほどから彼は密約者が単体の人間かのように話している。が、魔法界の様々な犯罪を取り締まってきた私の経験上、相手はそこそこ大きめの組織のような気がしてならない。


「ちなみにその密約者の規模はどれくらいでしたか?」

「つまんねぇこと聞くなよぉ~」


 大賢者は笑ってまともに答えなかった。私の勘はどうやら正しそうだった。


「……では、いつの間にそんなことを?」

「しゃぶしゃぶ買いに行く前」

「う……わぁ」


 元世界一の賞金稼ぎの肩書は伊達ではなかった。目の前の男の人間離れしたフットワークの軽さと解決能力に、私は嫌悪感すら覚えた。


「満足したか?」

「なんで……どうして私の考えていることがわかったんですか?」

「そんなのはお前の目を見ればわかる。この後の予定は、ああしなきゃ、こうしなきゃ。何をそんなに不安がる必要がある? そんな仔犬のような目をするなって。こっちに用がなくても、思わず構いたくなっちゃうだろう?」


 何も言えなかった。この人は私のことを、私が思っている以上によく見てくれている。そう思うと、不思議と体の力が抜けていくような気がした。


「肉、もう一枚食うか?」

「……いただきます」


 少しだけお腹の中に余裕ができた私は、大賢者の申し出をありがたく受けることにした。

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