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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章

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103 野次馬根性

 

 何が起こっているのかはわからないが、出来ることは少なく悩んでいる時間もあまりなかった。私の選んだ道は再び男と会うべく、一人で廃村へと転移することだった。


 廃村の最奥にある小さな共同墓地を目指しながら、今わかっていることを頭の中で整理した。テレビの報道では地元警備局が殺人も視野に入れて捜査を進めているとのことだった。それは限りなく黒に近い変死体が発見されたということだ。すぐに切り替わってしまったが、画面に映し出されていた顔写真はその変死体のものであると推測できる。


 私は元捜査官である。とはいえ、今は何の権限も持たないただの一般人だ。事件自体に首を突っ込む気はないし、それが捜査の邪魔にしかならないという事実はよく知っている。事件のことはプロの組織に任せるのが一番いいと相場は決まっているのだ。


 それではなぜ、私はこうして足を運んでいるのか。男の正体がお化けか否か知りたい。ただそれだけだった。


 共同墓地にはすぐにたどり着けた。あの時の男の証言が本当ならば、まだここに残って作業をしている可能性は十分にある。拠点に残って他の情報をメディアから得るか、それとも自分の足を使って情報を得るかの選択で私は後者を選んだ。それは捜査官としての鉄則でもあった。


 結論から言えば男の姿はまだそこにあった。しゃがんで草むしりをしながら、時折汗を拭っては水分補給も欠かさずに行っているようだった。生命力溢れるその行動からして、彼がお化けではないという事実が確認できた。


 私の予測は間違っていなかった。しかし次にどうやって男に声をかけるべきかで悩みが発生した。このまま立ち去っても良かったのだが、ここまで来たら二言三言ぐらいは話してみたい。元捜査官にだって野次馬根性というものはあるのだ。


 どうするべきか、考えを巡らせた。「あなたに似た人物が死んでますよ」とでも声をかけるべきか、それとも


「あれ? なに? 忘れ物?」


 図らずも向こうの方から声をかけられた。沈黙の中でホロホロという謎の生物の鳴き声がよく聞こえた。





「すいません……その、あなたによく似た人物が亡くなったニュースをテレビで見て、それで……」


 私はテレビで見た情報とここに来た目的をそのまま男に伝えた。男は私たちの拠点にテレビがあることと情報の速さに驚きながらも事件のあらましを話してくれた。


「死んだのは俺の兄貴だよ。俺は朝方まで警備局で取り調べを受けてた」

「そんな体でお墓の草むしりに来て、大丈夫なんですか?」


 普通に暮らしている人間にとって事情聴取というのは肉体的にも精神的にも、ものすごく負荷のかかる行為だ。私はなるべく聴取内容とは離れた話題をしようと思い、まずは彼の体調を気遣った。


「あんた……警備局の人?」


 バレた。どうしてだろう。正確には違うが、男は私の正体を一発で見抜いてきた。


「正しくはその組織の元捜査官ですけど……どうしてわかったんですか?」


 一見してそうは見えなかったが男は警戒心の強い人物だった。そういう相手だったら下手に隠すよりも正直に話した方が信頼が得られる。私はもう何も気にせず、一人の人間として男と接することにした。


「だって……ニュースを見ただけなのに一人でここまで来るし、かける言葉が優しすぎるよ。親族からですら帰ってから質問攻めなのに、赤の他人が体調の心配をしてくるのはおかしいと思って。まぁ、いいさ。今は知っている人間とは顔を会わせたくないから、逃げるようにしてここに来たんだ」


 人見知りなのに社交的で頭も切れる。聴取対象として男がかなり手ごわい人物である事がうかがい知れた。


「亡くなったお兄さんはどんな方だったんですか?」

「町でゴシップ雑誌の記者をやってた。ギャンブルと酒が好きで……それが高じて借金がかさんで関係筋に殺された可能性があるんだそうだ」


 男は表情なく事件の核心に触れ、少し黙ってからまた口を開いた。


「……なぁ、あんた元捜査官なんだろう?」

「はい」


 嫌な予感がした。しかし今更『違います』なんて言えるわけもなかった。


「少しでいいなら報酬は払う。だからその……もう少し、兄貴の事を調べてくれないか?」


 やっぱりそういう流れになった。私は男に考えを改めるよう、説得することにした。


「そういう事は地元の警備局に任せれば、問題ないと思いますけど?」

「納得が出来ないんだ。確かに兄貴は無責任なゴシップ記事を書いていたかもしれないし、ギャンブルだって好きだった。それでも殺されるなんて……最近は交流が無かったから、変わってしまったのかもしれない。それでも俺の記憶の中の兄貴は楽しそうに仕事の話をしていたし、金を借りてまでギャンブルをするような男じゃなかった。若い頃はよく一緒に賭場にも行っていたんだ。兄貴はよく言ってたよ『金を借りてまでギャンブルをするような男にはなるな』って」


 男は初めて人間らしい感情を出して訴えかけてきた。ここで情に流されてはいけない。私は心を鬼にして男に現実を教え、突き放すべく次の言葉を叩きつけた。


「上に……私たちのリーダーにかけ合ってみます。もし前向きな返答が得られれば、出来る限りはお力になりたいと思います」


 私は甘い。情になんて脆いに決まっている。それに大賢者だったら絶対に面白がって許可を出すという確信までもがあった。


「本当か!?」

「だけど……結果にはあまり期待しないでください。私が動いて得たものが、警備局から伝えられた情報の正しさをより深めるものだったとしても、受け入れられると約束できますか?」


 男の気持ちはわかるが、それはそれとして世の中というのは本当に厳しい。警備局の掴んでいる情報以上のものなんていうのは、そう都合よくは見つからないであろう。そのことを十分に理解してもらいたかった。


「……わかった、覚悟しよう。ウォンタナだ。漁師をしている。家は町の南にかかる橋のすぐそばにある」

「イシュタルと申します。まずは明日、協力できるかできないかをお伝えします。つきましては訪問させていただく際にウォンタナさんの都合のいい時間帯を……」


 その後、私は事務的なやり取りをしてから男と別れた。





 どれだけ騒いでも苦情が来ない、人気のない山の中腹は月見酒をするにはもってこいの環境だった。もっとも環境なんていうのは建前で、本音は酒とタバコが楽しめればいいだけではあった。秋の虫たちがざわめく夜の中、協会本部での手続きを終えて帰ってきた大賢者はその仕事ぶりにまだ文句を言っていた。


「剥いてきたんぞぉ~? オバちゃんが。二本指で、シュッって」


 大賢者は人差し指と中指を立てて空を切らせた。本人確認の為の検査で全裸にされ、担当者である中年魔女に剥かれた話をするのはこれで5回目だった。


「絶対、あれ常習犯だよ。剥く必要なんて無いもん。ふざけやがって。剥く資格は俺の女だけに与えられた特権なのによぉ……」


 彼の言う特権を持つソフィーさんはワイングラスに注がれた赤い液体を黙って飲むだけだった。彼女はチェーンスモーカーに近い愛煙家ではあったが、お酒はあまり飲む人ではない。したがってグラスの中身はただのブドウジュースである。


「それで、申請にはどれくらいかかりそうなんですか?」


 早めに本題に入りたかった私はバカ話の切り上げを急いだ。


「3日だとよ。暇だねぇ。何しよっか? 観光でもする?」

「それなんですけど……」


 ここを逃してはならない。私は単独行動のお許しを得るために大賢者にウォンタナの一件を告げた。


「……ええ!? 探偵ごっこをやるってこと!? そりゃあお前、良いに決まってんだろう!?」


 計算通り、難なく許可を得られた。予定通りにこの男が動くの見ると、さすがに気分が良くなった。


「そんな面白い事に出会えるなんて……良くやった!! タルには報酬として1000オーストラリアドル追加!! アシハラ、明日からまたベビーシッターを頼む!!」

「御意!!」


 話の流れはそこからおかしくなっていた。


「さぁて、困ったなぁ~。どんなオッサンなんだろう。実は犯人だったりして。楽しみだなぁ~、明日は何時に出発する?」


 目だけでなく、顔全体を輝かせながら大賢者が私に聞いていきた。


「その……一緒に来る、感じですか?」

「おま……バカだなぁ、俺がいなきゃお前はアレだし、お前がいなきゃ俺は暇だもの。当然だろう!?」


 私は甘い。他人に甘いし、未来への見通しまでもが甘かった。次の日から私の隣にはへっぽこ探偵が追加されてしまった。

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