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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章

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102 お化け?

 

 雲よりも高い位置に存在する浮島の空には雲が流れていた。


「なんか……タバコの煙みたい」


 眺めていたその雲の形をキラが一言で表現した。秋空には糸状の雲が薄く広がっていた。


「……わかるかも。皆で一斉に吸ってる時のでしょう?」

「うん……」


 3人の喫煙者たちが空に立ち昇らせる紫煙は非喫煙者の私からすると少し寂しくも見える光景だった。あの人たちを無理やり禁煙させたらどうなるんだろうか。そんな悪魔的な考えも頭をよぎりつつ、私はキラとともにサラマンダー君の散歩をさせていた。


 拠点を出発してからこの場所に来るまでに出会った生物はウサギ6羽と鹿2頭だけ。目の前には森に飲み込まれかけた廃村があった。爽やかな秋の空模様とは正反対のその荒廃ぶりには何とも言えない気持ちにさせられた。


 まだ明るい時間帯なのに植物が絡むあばら家の中からは暗闇が漏れ出していた。古い井戸には小さな虫が大量に集り、ハウス栽培に使われていたのか透明な外壁の建造物の中には木が生えていて屋根を突き破るほどの高さにまで成長していた。


「なかなか……嫌なことを思い出すな」


 キラがぽつりと呟いた。廃村の暗い雰囲気は彼女の暮らしていたエルフの里を連想させるには十分な要素があった。


「もう、帰ろうか?」


 気を遣ったわけではなかった。ここからそう遠くはない場所には何万人も暮らす都市が存在する。そう考えると、あまりのギャップに一種の不気味さを感じてしまった。


「いや、そういうのもパワーだ。いい女になるためにも、ちょっと見学していこう」


 キラの言わんとするところはさっぱり理解できなかったが、こっちの気持ちなどお構いなしに彼女はサラマンダー君を連れて廃村の奥へと進んでいった。放っておくわけにもいかず、仕方なく私はキラたちを追いかけることにした。





 廃村の最奥には小さな共同墓地があった。足の踏み入れようのないほどに草が生い茂る他の場所と違い、その墓地だけはきちんと手入れされているようだった。敷地内に足を踏み入れると、端の方に自生していた木の枝に茶色いヘビが絡みついていた。それを目ざとく見つけたのはもちろんキラで、発見した彼女は木の前で大騒ぎし、それに呼応するようにサラマンダー君が甲高い鳴き声を上げた。


「キューン!!」

「いけるかなぁ……いや、やっぱ本物は無理だぁ!! タルゥ!! やっつけて!!」


 キラは最初の一瞬だけ自分の力で何とかしようとしたが、結局は何もできず私に助けを求めてきた。そうは言われてもいきなり首根っこを捕まえられる程、私はヘビ好きでもない。苦肉の策として私はヘビが絡んでいた枝の部分を魔法で伐採し、その枝ごとヘビを野に放った。ヘビは私たちに何かしてくるわけでもなく、無事に藪の中に逃げ込んでいった。


「はぁはぁ……ありがとう」

「どういたしまして」

「キュオーン!!」


 サラマンダー君が警戒の遠吠えをした。彼が向いている方向に視線をやると墓地の出入り口に見知らぬ中年男性が立っていた。男性は鈍重に歩を進めて私たちの方へ近づいてくると、疲労感溢れるしょぼついた目をしばたきながら話しかけてきた。


「君たちは誰かな?」


 不法侵入をしてしまった。男性の口ぶりと手の行き届いたこの墓地の状況から察した私はすぐに謝罪の言葉を口にした。


「申し訳ございませんでした。今すぐに立ち去りますので、どうか穏便に」

「いや別に……俺も不法侵入だから、そこは気にしなくていい」


 違うのかい。安堵すると共に心の中で悪態をつくと男性は続きを話し始めた。


「この村の関係者かなと思って話しかけたんだけど……違うよね? 外国の人?」

「はい、その……仲間たちと世界中を旅していて、たまたまここに足を運んだんです」

「へえ、旅か。それはいいなぁ」

「オッサンはこの村の関係者なのか?」


 中年大好きのキラが踏み込んだ質問をした。男性は頷いて口を開いた。


「そう。オッサンの亡くなったおじいちゃんがこの村の出身者で、こうしてたまに訪れては墓地の手入れをしている。ここは危ないから、君たちはさっさと帰った方がいい。建物なんかはいつ崩れるかわからないし、毒を持ったヘビも出るから」

「ヘビなら茶色いのがいたぞ!? 気をつけろオッサン、まだその辺にいるかもしれない」

「ああ、ありがとう。気をつけて帰りな」


 男性のもっともな忠告を聞き入れ、私たちはその場を後にした。





 拠点へ帰ると、ソフィーさんがデッキのガーデンテーブルに腰掛けて一服している最中だった。キラはいきなり駆けだして彼女の豊満な胸に飛び込んだ。ソフィーさんは手慣れた様子で素早くタバコの火を消してキラの事を受け入れた。


「おかえりなさい」

「ただいま帰りました。ピィちゃんはどうしてます?」

「問題ないわ。中でテレビ見てる」

「ズルい!! 私も見る!!」


 そう言ってキラは慌ただしくテントの中に入っていった。エネルギッシュな彼女の姿を見届けた後、私はソフィーさんと顔を見合わせて笑った。


 今度はサラマンダー君がソフィーさんに近寄って彼女に身体を擦りつけ始めた。するとサラマンダー君の姿は消え去り、ソフィーさんの胸元に狐が火を噴く紋様が赤く浮かび上がった。


「……あら、誰かに会ったの?」

「ええ、森の中にあった廃村で地元の方に声をかけられて」


 私はソフィーさんの向かいに座り、そのまま世間話の体勢に移行した。


「ふーん……でも、おかしいわね。人の気配なんかしなかったけど」


 紋様に擬態したサラマンダー君の記憶を読み取りながら、ソフィーさんが冷静に怖い事を言ってきた。


「やめてくださいよ……道なんて、ここ以外にも他にたくさんあるだろうし……」

「タルゥ!! ヤバい!! あのオッサン、お化けだった!!」


 テントから顔を出したキラが追い打ちをかけてきた。何なんだ、2人して。一体何が起こっているというのだろうか。


「テレビテレビ!! 終わっちゃうから、早く!!」


 まったく気は進まなかったが私は催促するキラの言葉に従ってテントの中に入った。





『警備局ノネスト支部は殺人事件も視野に入れて捜査を……』


 男性の顔写真が大画面にでかでかと映し出されていた。特徴的な疲労感溢れるしょぼついた目には確かに見覚えがあった。


「な? お化けだろう?」


 キラはなぜか勝ち誇ったように言った。何が起こっているやら状況が整理できないまま、ニュースはすぐに次の画面に切り替わってしまった。


「……足、洗っていないでしょう?」


 外から帰ったら、まず足を洗えと普段からあれほど言いつけているのに……。リビングにはキラの酸い足の匂いが漂っていた。

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