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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章

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100 十五夜

 

 星空に浮かぶ月はほとんど満月と言って差し支えのないものだった。満月と断言できないのは正確に測定したわけではないからだ。人間の目というものは実にいい加減にできている。月が丸ければ満月となるのだから。


 十五夜と呼ばれる日本の収穫祭は夜空に浮かぶ月を見ながら食事を行うものだった。生焼けだのなんだのと、一際大きい声をあげながらコンロでいつまでも肉を焼き続けるお祭り野郎さえいなければ、かなり好きな部類の催し物だと思えた。


 すぐ近くには季節の野菜や果物や花々で飾られた祭壇があった。祭壇の中央には少し高さのある食器と平らな食器を組み合わせて作られた台があり、その台には神様にお供えするお団子がピラミッド型に積まれている。しかし何度見ても、このピラミッドの頂点だけが欠けた状態にあった。


「タルが一番月が似合うな」


 私を口説いてきたのはエルフの少女キラだった。お月見が始まる前にピラミッドの頂点をつまみ食いした、愛すべきおバカさんでもある。今宵の彼女は耳を隠すためのつけ毛を明るい紫色に染めてお祭りモード全開で楽しんでいるようだった。


「ありがとう……え?」


 キラは何も言わず急に私のお尻をタッチして後ろ姿丸出しで駆けだした。痴漢だ。私は直線的な相手の動きを予測し、生まれ変わった転移魔法で被疑者を先回りして確保。そのまま圧縮変形により腕時計になった飛行用魔道具で現在の時刻を確認した。


「……午後20時31分、被疑者確保」


 言ったものの、メモを取るものは誰もいなかった。


「速すぎ……いでででで!!」

「ダメでしょ? 許可もなく人のお尻を触ったりしたら」


 私はスタンディングでのハンマーロックを極めながら被疑者を諭した。


「だって……エッチだったから……イデデデデ!! ムガァ!! 助けろ!! お前の女が捕まってるぞ~!?」


 離れたところにあるガーデンテーブルでくつろいでいたアシハラがゆったりとした足取りで現場に合流した。


「本当にすいませぇん、うちの子が」


 なぜか腰の低いオバサンのような口調でアシハラはキラの犯行を謝罪してきた。


「痴漢は犯罪ですからね? ボディタッチをするときは、ちゃんと相手の許可をとってから行うように。本人に強く言い聞かせて下さい」

「すいませぇん……」


 私は深々とお辞儀をするオバサンオジサンのつむじを見てからキラの拘束を解いた。見た目年齢的には未成年であり、初犯という事もあって今回のところは厳重注意で見逃したが、この少女の未来は明るくないかもしれない。なにせ自分を助けてくれたアシハラの脇腹にミドルキックを入れるぐらいの素行の悪さなのだから。


「な、なんでぇ?」


 キラに蹴りを入れられたアシハラは困惑の声をあげた。


「なんか恥ずかしかった!! やっつけろよ!! なんだよぉ!! すいませぇん、って!!」

「やっつける必要がないよねぇ? しかも、恥ずかしかったのはこっちだよ? なんで痴漢なんかしたの?」

「ぷりん……プルィンって。タルのお尻が触れって言ってた」

「あぁ、コレはやばいわ。マジで性犯罪者の思考だ。イシュタル殿、ちょっと一緒にあっちで吉良殿の教育をお願いしてもいいかな?」


 私や大賢者とは逆の意味で犯罪に精通するアシハラからの提案だった。もちろん私はそれに応じた。





 自然と全員が集合したガーデンテーブルで取り調べは行われた。アシハラの提案では教育という話であったが、状況はキラを全員で取り囲む圧迫感のあるものとなってしまっていた。


「本当なんだよ!! お尻が喋ったんだって!!」


 迫真の供述。これほどに大事になってしまっても、自分の過失を絶対に認めないこの姿勢。どうやら彼女には足りないものがたくさんあるようだった。


「お尻は喋りません。いいかな? 触られて喜ぶ人もいるかもしれないけど、そういう人っていうのはごくごく少数。多くの人は自分の身体を勝手に触られることに抵抗があるんです」


 アシハラは丁寧な口調で当たり前の事を教えた。


「だってムガは嫌がらないじゃないか」

「オジサンはごくごく少数側の人間ということです」

「レオも嫌がらないぞ?」

「レオナルド殿もまた、こちら側の人間ということ」

「なんだそれ!! 全然少数じゃないじゃん!!」


 まさかの劣勢。変態性の高い人間が2人もいるというのは、道徳教育においては不利だった。ここで助け船を出したのはソフィーさんだった。


「この人たちは人間として数えちゃダメなの。それに、触りたくなったらその人にちゃんと聞けばいいってだけの話だから」

「そう……なのか?」


 キラは波長が近い種族のいう事を素直に聞き入れた。


「まあ許可をとっても、世の中には金欲しさにゴシップ誌にリークしちゃう女もいるけどな? あれだけ約束して、お金も渡したのになぁ……恐ろしいよ、性欲っつーのは。しかも後で思い返すとマジで大したことない女だったりするからな」


 ハニートラップの帝王が横から余計な口を挟んできた。この人がマスコミ嫌いな理由が透けて見えた。私はソフィーさんと一緒になって大賢者を睨みつけてやった。


「……結果的にマスコミに売りつけられちゃったとしても、許可って大事だよ。これからは触りたくなったら、相手に触ってもいいか聞いて、ちゃんと許可をとってから触るんだぞ?」

「真面目な話、吉良殿には刑務所に入ってほしくないからね? 人の気持ちを考えられる、まっとうな大人になってください」

「……わかった」


 二人の変態に諭されたキラは更生を誓った。少しだけ重い沈黙が流れたが、すぐに大賢者がそれを破った。


「ちなみに俺には許可とらんでいいぞ? いちいちめんどくせぇから」


 ソフィーさんが続いて口を開いた。


「私もいいわよ?」

「本当か? ムガは?」

「良いよ」


 全員の視線が私に集まった。キラ以外の大人たちはこの状況に気付き、皆笑うのを我慢したような表情をさせていた。


「もう……みんな嫌いです!!」


 全員に突然裏切られた。喚くしかなかった。私が孤立する空気は一層濃くなった。


「どうした、どうした!? タル!? 俺たち、まだ何も言ってないけど!?」


 コイツが一番許せない。大賢者は完全にバカにしたようなにやけ面で、同調圧力に困る私に対して親切を装った。


「よくわかんないなぁ!! ちょっともう一度、状況を整理しよう!? 俺はキラに触られても構わん。ソフィーは?」

「私も大丈夫」

「アシハラは?」

「構いません」

「……それで、タルは?」

「……もう嫌だぁ~!!」

「ふはははは!! どうしたんだよ、タルちゃん!? 何泣いてんの!?」


 せっかく真面目になってくれたと思ったら、すぐこうやって笑いの方を優先させる。ダメだ、この人たちは。人として終わってる。





 ひと通り騒ぎ終えると、お月見の宴の締めとして祭壇に供えていた果物とお団子を全員で食べることになった。ピィちゃんとサラマンダー君が少しだけ揉めた結果作り出された炙り団子が偶然にも絶品の仕上がりとなり、祭壇の上に建設されていた団子のピラミッドはあっという間に平地となった。


「うまい!! 明日も十五夜をやろう!!」


 キラはどこまでも大賢者のようなことを言う子だった。そんなしょうもない事を言う彼女に、いつものようにアシハラが優しく応対した。


「明日は十五夜じゃないから無理だね。でも来月になると十三夜が来るから、その時にお団子だけでも作ろうか?」

「十三夜って、何をするんですか?」


 私が尋ねると、アシハラは軽快に答えた。


「それはもう、月を見て、ご先祖様と収穫に感謝しながら皆でわいわいと……」

「一緒じゃないか!! 十五夜と!!」

「フフフフフ……」


 キラが切れ味鋭く指摘すると、ソフィーさんが珍しく声を出して笑った。


「そうだよ? 日本の魔法族は秋と月が大好きなんだもの」

「じゃあ再来月も月見するのか!?」

「再来月は……やらない。寒くなっちゃうから。あ、でも、宮中では収穫祭をやったりするけど」

「何回収穫祭やるんだよ!! 変な国!!」

「ダハハハハ!! 官民ともにお祭り大好き民族か!! いい国だなぁ!?」


 集団生活は時に難しく、思わぬところから刃が飛んでも来ることもある。それでもその日の夜も私たちには確かな笑いがあった。

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