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鉱山の神秘

 薄暗い洞穴の中に、二人の人影が立っている。一人は長身の黒衣の男――ホークス。もう一人は、作業服を着た壮年の男。プルート山の鉱床を管理する責任者。ホークスが浮浪者の中から見出して、仕事を与えた。かつてのクロシドライトがハリーにそうされたように。

「例の石は」

「ここに」

 木箱に乱雑に詰め込まれたいくつもの石。渦を巻くような奇妙な形をしたそれは、ランタンの灯りで照らされて、虹色に煌めいた。

「底のほうで見つけた分だ。大きさは色々ある。傷がつかないように随分気を遣ったぜ。注文が多いってんだよ、まったく」

「素晴らしい。これならば……」

 この石は特別だ。プルート山の奥底に眠っていた奇異なるそれは、特別の魔力を秘めていた。この石の魔力は、取り込んだ生物を変質させる。死にかけの犬でも、老いて弱った人間でも、全てを魔物に変える力。魔法使いに生まれなかったものさえ、魔法に至る足掛かりを得られる力だ。生前のハリー王子は、より優れた兵器として旧き時代の精霊を従える魔法に届いた。それゆえにこの石の研究は活用されることがなくなって、捨て置かれることとなったが、ホークスにとっては未だ有用な力である。

「こんなのが何の役に立つか知らねえが、なあ、ホークスの旦那よォ、ちゃんと金は入るんだろうな」

 壁に寄りかかりながら、男はホークスが石を検分するのを眺めている。

「スモーク家が滅んでも、金の工面はあんたがすると言うから、俺ァここに残った。あんたが連れてきたくたばり損ないども宥めすかしてよォ、毎日毎日仕事させてきたんだ。だが出入りの商人から聞いたぜ。ハリー様が死んだのは新しい王様に楯突いたからだってな。他の奉公人どもも逃げ出してるんだろ」

 男の言うことは事実である。賢しらな連中は金目のものを抱えてモリオン城から脱出した。ホークスもその場に留まっている余裕はなかった。ハリーが精霊を呼びだすために多くのものを儀式の供物に使ったがゆえに、城を守る力は残っていなかった。全て使いつくしても他の王子を全て平らげることができたなら、それでも構わなかったが――失敗してしまった。真なる魔法使いが現れて、新王ベルトランを守り、ハリーの精霊を打ち破った。魔法使いなどというものはとうに権力から離れていたはずなのに、よりにもよって、ベルトラン側についた王子王女に、その才覚が現れるとは。それらは魔法の才を持たぬハリー王子の長年の研究などまるで歯牙にもかけぬように、精霊という兵器を滅ぼした。

「この鉱山はスモーク家のモンだったが、この後どうなる? 新しい貴族に売り込んでくれるのか? できるわけがねえ、あんたはハリー様のお気に入りだったんだ。責任を問われるに決まってらァ。この穴蔵を隠してる俺は勿論、あんたの指図で石掘りしてるバカどもも下手すりゃ連帯責任ってやつを問われるわけだ。牢屋にぶち込まれるだけで済むか? 腕を落とされる? 首の皮はちゃんと繋がったままお天道様見られるかよ?」

「……」

「マ、ここの連中は元から使い捨てみてえなもんだ。あいつらがどうなろうと気にしねえが……俺はそんなの付き合ってられねえよ。守ってくれる領主様がいねえなら危ない橋は渡れねえ。こっちも生活のためにやってんだ。もうちっと手厚い保証ってのがねえと、なあ、わかるだろ旦那ァ」

 よくある世間話、あるいは交渉事の仕草。男が、ホークスの肩を叩く。そこで男は気が付いた。黒衣の上から触れた場所が、妙に、熱い。

「な、ンだ……?」

 ホークスが、一つ石を掴み取って、ゆっくりと首を傾けて、振り返る。その動作の中で、上着がめくれて、男にもその中が見えた。「ヒッ」と小さく情けない悲鳴が上がる。

「な、なんだよッ、これは! その腕ッ、それ、それは、化け物じゃあないか」

 男はホークスを指さしながら、すっかり腰を抜かして、まともに立てもしなくなった。そのまま怯えて後ずさるが、すぐに岩肌の壁に背が当たる。ホークスはその無様な男を見下ろして、優しげな声色で囁いた。

「心配は不要だ、何もかも」

「――ア?」

 黒衣の下から腕が伸びる。その肌は爛れて破れ、肉はどろりと溶け、むき出しの骨から枝のように棘が生えている。その変質は留まるところを知らず、指先から滴る血が新たな肉を作り出し、膨れて、手の中の石に貼り付いて、一体となった。熱を持つその腕が、爪が、石が、男に押し付けられて、悲鳴はそこで呑み込まれた。

「我々ハ全て忘れテ次に進めル」




◆◆◆




 プルート鉱山。スモーク家の所有していた財のひとつ。モリオンを囲む山岳地帯の一画で、建築材に使われる石灰を産出している。

 アレクサンドル一行は、調査団の馬車に揺られながら、その山道を進んでいた。

「ホークスってのはホントの魔法使いじゃないって話ですけど、じゃあ魔法って不思議な力を使うにはアレコレ用意が必要なわけでしょう。石灰の鉱山に何か魔法のためになるような大事なモンがあるンでしょうか。いや、単に資金源ってだけかもしれませンが。石灰なんてどこに持っていっても売れるだろうし。変わった力を使おうと普通の場所にいちゃいけない理由もないし」

 スフェーンが言うとおり、人の生活圏であれば焼物の材料の一部であったり、建築資材として使われたりと、決して珍しいものではない。石灰モルタルは壁の補強や仕上げに扱いやすい。地盤の改良や道路の整備でも石灰を用いる。アレクサンドルの領地ナロドナヤで生産されるタイルの素材にも、石灰が用いられることがある。

「調べなければ何とも言えないが、街から少し離れた場所だ。モリオン城の地下の次に、隠し事はしやすかろうな。警戒するに越したことはない。そうだな、念のためおまえの剣のまじないもかけなおしておこう。ラブラドルたちも剣を出すがいい。怪物退治ならば気休めでもあるほうがましだろう」

「は、ありがたき幸せ……!」

「自分たち全員分だと結構沢山ありますけど、それって魔眼みたいなご負担はないンです?」

「さしたるものではない。おまえにわかりやすく言うなら……そうだな。魔眼は重い石を担いで歩き続けるようなものだが、おまえたちに与えるまじないは、小石を拾って投げる程度のことだ」

 魔力とは現象の定義を押し付ける力であり、魔法とはそれを利用するものだ。アレクサンドルの過去視の魔眼は、確定した過去であれば本来知覚し得ない情報までも獲得することができる――が、視るものが多いほど継続して魔法を行使することになるうえ、受け取った情報を記憶し理解するために脳を酷使する。

 一方、剣に与えるまじないというのは、物質に新たな定義を付与することであり、それは一度触れて終わりとなる。ここで行う魔法は、町の中で襲ってきた百腕巨人のような、核を持つ人造の魔物を破壊するためのもの。その核を突けば魔物を形作る定義を取り払う。それはほんの少し切れ味をよくする程度のことであり、これならば、そう大した負担にはならない。そしてその程度の祈りでも、ないよりは、あったほうが良い。ありとあらゆる全てに通用するわけではないが、この先向かう場所はホークスの手がかりがありそうな場所なのだ。

「へえ。それにしても、アレクサンドル様は色々なことを知っておられる。こういうのは一体どこで学ぶもんなンです? 魔法使いって御伽噺には聞くけど、他に全然本物を見たことがないから不思議で」

「それはそうだろう。魔法使いは皆身を隠して暮らしている。私の母もその一人だった」

「えっ、そうなンですか」

「頭の旧い貴族は魔法使いを必要以上に恐れていた。そのような連中の前で力をひけらかすのは危険だと考えたのだろう。実際のところ、魔法使いなどというものは、他より少し視えるものが多いだけで大したものではないが、その僅かな違いこそが忌み嫌われる。余程何か事情がなければ、魔法使いなどというものは貴族の傍には近寄らんさ」

 その余程の事情が、アレクサンドルの母にはあったのだろう。自ら望んだのか、それとも王権に逆らうことができなかったのか、今となってはわからないが――わざわざ魔眼で視るつもりもない――母は本来貴族とは縁のない庶民であったところを、国王であった父の側室となって、王城に迎えられたことは事実である。

 父とルチル妃の目論みからして、アレクサンドルという魔法使い候補の子供を産んだことは当人たちからは歓迎されたと思われる。ナロドナヤという領地を与えられ、それに対してルチル妃から文句が出ていないのが何よりの証拠だ。しかし、自分の繁栄しか考えていない他の貴族たちからはぽっと出の田舎娘が国王の寵愛を受け、自分たちが蔑ろにされていると感じたに違いなかった。そうした敵意に晒される中で、母は欲深くなりきれず、冷酷にもなりきれず、貴族社会に上手く適応できなかった。その姿を、幼少のアレクサンドルはよく見てきた。

 あの王城で生き延びるためには、アレクサンドルには学びが必要だった。母から教わったのは、目の色を誤魔化すための色変え魔法。ルチル妃のように貴族の生まれではない、何の後ろ盾もない魔法使いが生き延びるために必要だった魔法。子供の頃から周囲に青い目のことが知られていなかったのは、母がアレクサンドルの色を誤魔化していたからだ。それ以外には何もなかったが、それが最も身を助けた。そして、母が難しい魔法を知らず、子であるアレクサンドルもまた大したものではないと思われたがゆえに、予備を求めた父たちによって兄弟が増え、下らない野心が量産された。因果なことだ。

「なんだか自分には想像もつかないようなご苦労があったンですねえ」

 スフェーンは全く王侯貴族の事情も魔法のことも理解していないようだったが、その反応はアレクサンドルにとっては良いことだった。少なくとも庶民の間では魔法使いは嫌悪の対象ではない。それはこの先ベルトラン王の存在を国民に知らしめていくにあたって、障害などないという何よりの証明だった。魔法をわからない者ばかりだというのなら、都合よく伝えれば良いだけなのだから。ベルトランや、それに従う救国の魔法使い(アルミナ)が息をしやすいように。

「学ぶだけならば王城の書庫にあれこれと揃っている。だからこそ生まれつきの才がなくとも、学びによって模倣しようとし、いずれ野心によって道を外れる者もいるのだろう」

「それがハリーや、ホークス……ということですか。探求それ自体は悪とは思いませんがッ、他人の犠牲を前提にしては、良き人々が報われませんね……」

「そのようなものをベルトラン王の治世で許すことはしない。そのための私であり、そのためのおまえたちだ」

「はッ!」

 騎士たちの剣にまじないをするうちに、馬車はいよいよ目的地に近づいていく。

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