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脅威の在り処

 ひとまず魔物の脅威が去ったので、調査団は被害状況の確認をする。その間、アレクサンドルは改めて過去視によって、さらに深く過去を掘ることにした。魔物が発生したその瞬間、それをもたらしたものは誰か。時と場所の座標をずらし、視界を広げる。

 ――街を歩く人々は、皆周りの様子を窺うようにして、足早にその場を去る。真昼の明るい時間にも関わらず、家々は窓を閉め切って、通りは閑散としている。彼らはこれから起こることを察しているかのようだ。

 そうして人がいなくなった街の建物の陰で、黒衣を纏う背の高い大男が、袋を引きずっている。人間を一人くらいは入れておけるような大きな袋。それは真実人間の死体が入っていたのだろう。魔物を作り出したのはこの男だ。虹色に輝く何かを袋の中に捻じ込んで、そうして、巨体の魔物が現れた。

 男はそれを見届けてから、左足のかかとで大地を二回蹴った。その瞬間、男は煙のように姿を消した。何か魔法を扱えるらしい。影になっていたが、少しは顔も見えた。鷲鼻。頬は薄く、顎にかけて手入れのできていない髭がある。目は青ではなく、くすんだ金だった。ベルゼアではあり触れた色の一つだ。恐らくは生まれながらの魔法使いではなく、ハリーと同じように、外道に堕ちることで魔法に触れたのかもしれない。さらにその先を、その男に焦点を当てて、行方を――。

「ッ……」

 そう思ったところで、頭痛。これ以上の過去視は負担が重い。目を閉じて、ひと呼吸する。ここで周りに不調なさまを見せて配下の連中の気を散らせるのは不本意だ。調査団の騎士たちにも怪我人が出ている中、負担を増やすわけにはいかない。傍についているスフェーンも気にしている。特にこの男はベルトランの指示もあり、もしかすればアレクサンドルの指示より国王命令を優先して今後のモリオンでの活動を妨害するかもしれない。その在り方自体は正しいと肯定せざるを得ない。主人の健康を案じることが間違いであるはずがなく、同時にアレクサンドルが認めた王に忠誠を示すことでもある。どうして咎められようか。そしてベルトランはアレクサンドルがそのように思考するであろうことを期待してスフェーンに声をかけたに違いなかった。家族らしく身を案じながら、王らしく人を運用する。アレクサンドルをこの先も長く傍に置いておくつもりがあるからそうしている。ならば無理はしないでおくべきだ。ベルトランがそれを願うのなら。

 視えた顔については、モリオン城の使用人から聞いた話と特徴が一致するように思えた。拠点であるモリオン城に戻ってから、調査団の連れている絵師に細かく指図して似顔絵を描かせると、それを見たラブラドルがあっと声をあげた。

「この男ッ……この男が、ホークスなのですか? 本当に?」

「知っているのか?」

「ええと、その、本人、かは断定できませんが、似た顔を見たことがありますッ。リーベックを覚えていらっしゃいますでしょうか。五年ほど前に兄弟たちを暗殺しようと企んで、失敗した、当時の第六王子……だったものです」

「ああ……いたな、そういうのも」

 ベルトランが玉座を継ぐより以前、王城では激しい権力闘争が繰り広げられていた。国を守る魔法使いを求めた国王は、しかし在野の魔法使いたちの協力を得られず、正妃の勧めで多くの側室を持ち、王族の中に計画的に都合の良い魔法使いを産みだそうとした。しかしその目論見を知らぬ妃たちとその子供たちは、多くが恥知らずな野心を抱き、他を蹴落とそうと躍起になった。

 リーベックもそんな兄弟の一人だ。政敵となり得る兄弟たちを殺し、あるいは貶め、自らが頂点に立とうとした。ハリーと似たようなものだが、これも失敗している。

「そのリーベックがよく連れていた家臣、確かクロシドライトと呼ばれていたと思いますが、その男によく似ています。ボクはリーベックと部屋が近かったので、すれ違うことが何度かありました。話したことはありませんが、背が高かったので目立って見えて、印象に残っています」

 当時のリーベックは家臣どもと策謀を巡らせ、二人の兄を暗殺し、一人の妹の婚約を破談にさせ、三人の弟にそれぞれの罪を着せて監獄に押し込めた。アレクサンドルやベルトランも当然命を狙われたが、リーベックが動くより先にベルトランを擁するルチル派閥の貴族たちが彼の企みを暴き立て、兄弟の暗殺計画は頓挫した。事の顛末を知った父王は、リーベックを処刑することに決めた。これを放置しては、貴重な魔法使い候補であった長男アレクサンドルや末娘アルミナをも害されると危惧したのだろう。そしてリーベックには魔法の才能はなく、国王の跡継ぎもベルトランや他の兄弟が生き延びている以上、裁きにおいて特別の配慮は不要と判断されたのである。

「リーベックを唆した奸臣どもも共に責任を取らされたので、生きているはずはないのですが……でも、この絵のホークスの顔はッ……」

「ホークスがモリオン城を出入りするようになったのは五年ほど前。ちょうど第六王子が処罰された頃と同じ。ふむ……ハリーが匿っていたと見える」

 ハリーがいつ兄弟の家臣に目をつけたかは知らないが、王城にいれば顔を合わせる機会はその気になればいくらでも作れただろう。何しろハリーは当時から噂好きで名が通っていたので、誰と何を話していようと、いつものことだと見過ごされたに違いなかった。そしてハリーはそのような見られ方をしていることを理解したうえで立ち回っており、志半ばとはいえ実際に兄弟の数を減らした者たちの手腕に興味を抱くのは当然と言えよう。彼自身も兄を討ち滅ぼして王となる心積もりであったのだから。

 死刑囚を匿う方法もいくつか考えられる。ハリーが悪精霊の騒ぎを起こしたときも、魔法の犠牲にする人間を集めるのに苦労していなかったのだ。モリオンにおいてもその痕跡が残っている。であれば、似た背格好の替え玉を見つけることもできよう。あるいは見つからなかったとしても、刑罰の前に担当の役人を買収したか。王子の死やそれに伴う政治の混乱もあり、誤魔化しが効く部分は多かったはずだ。王都から連れ出して名前を変えさせモリオンに隠しておけば、早々追手が差し向けられることもない。

 ハリーの遺した日記からは、ホークス=クロシドライトを気に入って魔法実験に参加させていたことがわかっている。アレクサンドルが読んだ範囲では、魔法に関する記述もその頃から増えており、より具体的な内容に変化している。モリオン城内でも相談役として堂々と振舞い、下働きの者たちの人事に口出しができていたあたり、元々そのような業務に経験があったと考えられる。これが第六王子の家臣だったのならそれくらいはできて当然のこと。社交界に知られるわけにはいかないが、モリオンの中で使うぶんには教育のコストも少なくハリーの助手をさせられる人材だ。

 そして、ホークスがモリオンであれこれとハリーのための雑事をしていたなら、この街については十分に知り尽くしていることになる。はかりごとにも苦労はしないはずだ。

「……ここの住民は調査団に非協力的だと嘆いていたな、ラブラドル」

「は……それは、はいッ、そのッ、我々の力不足で……」

「よそ者への不信だけではあるまいよ。より恐ろしいものが他にある。口を割れば報復を受けると怯えている」

 新国王ベルトランの権威が未だ及んでいないことは問題だが、とにかくモリオンの住人にとってはそれどころではない。目の前の脅威が切実なのだ。彼らは魔物の出現に慣れている。あらかじめ魔物を予定として知っていて、だから昼間にも外に出ない。ハリーが討たれたことは既に報せを受けているはずで、調査団の到着で裏付けも取れているが、それでもなお恐怖が残っているのなら――実際に人前に出ていたものが、ホークスがまだ、粛清されていないから。

 隣で話を聞いていたスフェーンが、顔を強張らせた。

「つまり、それってェと、なンです。民は、ハリーが、ホークスがやってきた悪行を知ってて、放っておいてるっていうンですか」

「力なきものはそれこそ捕まって実験台にされてきたんだろうよ」

 真っ当なものから食い物にされてきたから、この街は病んでいる。だから誰もが諦めて、何にも希望を持ちはしない。だが声を上げずにいたところで、自分の順番が回ってくるのが後になるだけのことだ。

「異形の体。時に複数の頭を持ち、多すぎる腕を持つ。旧き時代の伝承にも同様の特徴を持つ怪物が記録されている。百腕巨人ヘカトンケイル。街で暴れていたのはこれだろう。ホークスはこれを再現する魔法を得た。今はまだ悪精霊ほどの規模ではなかろうが、放置すれば被害はモリオンだけでは済むまい」

 奴に生産や成長の時間を与えてはいけない。魔眼を使えば探すことはできるかもしれないが、しかし、モリオン中を視ればアレクサンドルはその先が続かない。この場には手を貸してくれる妹はおらず、アレクサンドルの魔法を拡張できる道具もない。怪物を操るホークスと対峙したときに抵抗できるだけの力が残らないだろう。であれば、調査団の面々に街を探させ、見つけた後の対応に注力すべきだが、百腕巨人ヘカトンケイルへの対処で負傷した者たちもいる中、無事な人材だけではモリオンは広すぎる。

「捜索に優先順位をつけなければ手が足りん、が」

「……ホークスは救貧院で見つけた働き手を鉱山作業にも使っていたようですッ。そこに何か手がかりがあるかも」

「鉱山……プルート山か。ではそれを重点的に見よう。準備をしろ。私も行く」

「敵が潜んでいるやもしれません、危険では……?」

「そのための護衛スフェーンだ。大体、ホークスがあのような怪物を操れるのなら、どこにいようと危険は変わらん。この私も、おまえも、他の誰も皆そうだ」

 そうして調査団から選抜した者たちと共にスモーク家の管理下にあったプルート鉱山へ向かうことが決まった。実のところ、アレクサンドルの魔眼でも鉱山の方角は妙に視界が悪く、はっきりとものが視えない。それはつまり、間違いなく、何かがあるということでもある。それがたとえどれほどの恐ろしいのだとしても、行かない選択肢はなかった。

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