巨人砕きの投石
調査団からの報告を受けて、アレクサンドルは応援へ向かう調査団の待機要員と共にモリオン城を飛び出した。スフェーンもそれに続く。
「アレクサンドル様、危険です!」
流石に調査団の騎士たちが驚いて制止しようとするのを、アレクサンドルは拒絶した。
「魔法絡みだ。私が出る」
「何か秘策とかあるンですよね? ハリー王子を倒したやつとか?」
「あれは妹の力を借りたのだ。準備がなければ使えない」
「エエッ、じゃあどうするンです。普通に引っ込んでるべきでしょうよ危ないな」
「おまえは私を何だと思っているんだ」
突如として街中に現れた巨大な魔物。城壁に囲まれた街の中に前触れもなくそんなものが現れたなら、そこには必ずからくりがある。それを早急に解き明かせるのなら、味方の被害も抑えられよう。
アレクサンドルに退く気がないとわかると、スフェーンも調査団の兵士たちも諦めた。それでいい。ここを乗り切れないような弱さなら、そもそもアレクサンドルが宰相など続けていられるわけもない。
現場へと向かいながら、魔眼を開く。アレクサンドルのその眼は過去を視る。報告にあった魔物の出現場所に範囲を絞り、僅かに時を遡って焦点を合わせる。
視界に映るは魔物が現れたその瞬間。調査団が通った後、すぐ傍の建物の陰で何かが虹色に輝いた。瞬間、それが膨らみ、肉を生やし、怪物を形作り、輝くものは頭部に目玉として納まる。
「――核が頭部にある。今この眼で視た。魔力を帯びた剣でもあれば、あれを砕くこともできよう」
「ああッ知らないうちに魔眼を使って!」
「この程度は負担のうちに入らん」
これまでも魔眼によって愚か者どもの企みを暴き立ててきた。それと同じことだ。あるいはより容易い。必要な情報を得るために視なければならないものが限定されているのだから、ただの瞬きと変わらない。
現場に到着すると、ラブラドルを筆頭に調査団の騎士たちが剣を取り、魔物の気を引いていた。周囲の建物や地面に壊れた部分がある。倒れた兵士もいる。足元を斬りつけているが、斬った先から再生していくのがわかる。恐らく、頭部の核となっているものに強い魔法の力がある。魔力とはあらゆる物質が持ちうる、現象の定義を押し付ける力。それがこの怪物を形作っている。そこに生きているという現象を強く定義づけているために、死ににくい。
とはいえ、死なないわけではない。魔眼で視たとおり、この魔物には核がある。それを潰せば殺せるだろう。その巨体ゆえに、届く方法が限られているだけだ。
調査団の連中はそもそも街中で人に対する聞き込みを任務としていたため、狭い路地や室内でもある程度扱いやすい剣術に長けた人間で構成されている。弓はない。砲台も。役立ちそうな小道具も用意がない。今回のような大型の魔物が街中に現れることを想定していなかった。頭の弱点を攻撃するにはどうするべきか。近くの建物から飛び移ろうにも、周囲を破壊しながら歩こうとするあの巨体に飛びつくのは容易ではない。ヒポグリフや天馬の類もモリオンにはいない。現状ではどうにか怪物の行動を押し留めることはできているが、このままでは状況が悪い。怪物は再生しても、人は疲弊してしまう。
「魔力の剣ってのは、何か特別なモンじゃないといかんのですか」
「何でも構わん。私が怪物の定義を打ち消せるよう魔法をかける」
「ふうん。まァ大体話はわかりました。弱点が割れてンなら十分でしょうよ。要は頭をカチ割ればいいわけだ。ちょうど目玉っていう的もある。魔物と言っても無敵じゃないなら大丈夫だとも、悪精霊よか怖かない。空だって飛んでないし、逃げていくこともない」
スフェーンが体をほぐすように軽く肩を揺すり、腰に差した短剣を抜く。
「これにまじないを」
「できるのか」
「とりあえず、やってみるだけやってみましょう」
ありふれた剣だが、騎士が護身に持つための剣だ。全くのなまくらとは違う。アレクサンドルが刃をひと撫ですると、魔力を帯びた短い刀身が淡く発光する。
「賜りました。ではここでお待ちあれ、です。万が一あなたに何かあったら、ベルトラン陛下が悲しまれますンでね。動くのはせめて、他の誰も代行できないときだけにしといてくださいよ」
スフェーンは他の調査団員に混じって駆けだした。その足に一切の迷いはない。最悪失敗しても、アレクサンドルが何とかしてくれるだろうと思っている。甘えた考えだが、信頼でもあるがゆえ、必要以上に緊張することがない。恐怖に足がすくむよりは余程良い。
「応援到着です、団長!」
「おお、来てくれたかッ!」
「ラブラドル殿、そいつの弱点は頭らしい! 今から自分がブチ抜くンで、仕留める準備を頼みます!」
「え、あ!? そ、そうなのかッ! わかった、やってくれたまえ! お前たち、盾を構えろ! 防御態勢!」
応援に加わった者たちも含めて、魔物の足元を囲む。踏まれればひとたまりもないが、だからこそ自由にはさせられない。何人かが蹴飛ばされながらも、盾が邪魔で、魔物の動きが鈍った。
スフェーンは彼らの後ろで、剣を構える。すう、と深く息を吸って、
「そォらァアッ!」
――大きく振りかぶって、投げる。
誰でも一度はやるような子供の頃の石投げ遊び。水面を跳ねさせる水切り遊び。より多くの数を跳ね、より遠くへ届くよう、色々な大きさ、形状の石、何なら焼くのに失敗して割れたタイルさえも子供にとっては遊び道具。幾度も試し身につけた投擲の経験が、大人になって、成長した体で結実する。
短剣は勢いよく回転しながら放物線を描いて空を切り、怪物の目に突き刺さった。
「体勢を崩したぞ!」
狙い目は正しかった。巨体がふらついている。しかしまだ刺さりが甘い。まだ核が壊れきっていない――。
「もう一発!」
足元のひび割れた地面からその欠片を拾い上げ、頭上に狙いをつけて投げる。豪速の石は短剣の柄に当たり、さらにその傷を広げる。怪物を怪物たらしめる生命の核に、深く、深く、刃が届く。
「下がれ下がれ、下敷きになるッ!」
騎士たちが盾を構えながら後退したところへ、巨体が倒れ伏す。
「よし今だ、首を落とせェッ!」
ラブラドルの指揮のもと、先頭の騎士が剣を振った。怪物の核は割れ、首は落ち、それは生命ではなくなった。巨大な体は糸がほつれるように崩れ、霧散し、後には小さな死体だけが残った。スフェーンは後ろを振り返る。
「安全確保、完了です」
アレクサンドルは無事である。自分から危険に向かっていこうとする主を引き留めて、その代行を成した。スフェーンは正しく仕事をできたのだ。
「おまえは何でも投げ慣れているようだ」
「子供の頃たくさん練習しましたからね、水切りってやつです。上手くやるには狙ったとおりに投げられなくちゃいかんのですよ。こう、角度をね、良い感じに。川岸の向こうまで跳べば周りに自慢できたンで」
「そんな広い川、……城壁の外へ出るのが習慣か。よく魔物に襲われて死ななかったものだ」
「母には散々叱られました」
「良い親だ。腕白坊主にはさぞ苦労しただろうよ」
軽口をたたきながらも、アレクサンドルの玲瓏な青の眼は魔物の死体から視線を外さない。小さくしぼんだ亡骸。それが異質であることを、スフェーンも感じ取っている。
「ところで、この……これって」
「素材だ」
頭を、怪物としての核を打ち砕かれた魔物の死体。そのはずのもの。しかしそれはどこからどう見ても、骨と皮しか残っていなくても、痩せ細った人間そのものだった。
「どうやら怪物を作る実験はまだ続いているらしいな」
悍ましきモリオン城の地下の痕跡。悪精霊を呼びだすための犠牲。あれと同じようなものがまだ、今もなお、この街では途絶えていない――。