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魔法使いの仕事

 スモーク領モリオンを王家直轄領として接収する。それが此度のアレクサンドルの仕事である。

 欲深い大人たちによって多くの腹違いの弟や妹たちと覇権を巡って争うことを求められたのは今や過去の話。かねてより次代の国王の座は長弟ベルトランに、と願っていた想いは予想外の形で結実した。そして長年の派閥間の対立を崩して、ベルトランはアレクサンドルを次なる宰相として受け入れた。全ての兄弟を愛することはできなかったが、一番愛していた弟とは、末の妹の協力もあって、この先当たり前の兄弟として、互いを慈しむことができる。これ以上の幸福はあるまい。

 弟の国を守る。そのためには、反逆者の根城だったモリオンの後始末は早急に片づけるべき案件であった。もしスモーク家に罠が残っていたなら、これから悪精霊によって荒らされた土地を再興するのに邪魔になる。それはこの先の外交にも影響する。国力を損なうような不安要素は丁寧に潰さなければならない。それがもしも魔法に関わることであれば、単に学のある行政官を派遣するだけでは解決できない。魔法使いたるアレクサンドルこそが紐解き、後に続く道を敷かねばならぬことだ。

 ベルゼアの都市は、その多くが、外敵や魔物から民衆を守るために城塞としての機能を持っている。このモリオンも例に漏れず、街を壁と防衛塔が囲っている。都市の中心にはひと際大きい塔がそびえており、これが天守として扱われている。人がモリオン城と呼ぶときはこれのことを言う。

「お待ちしておりました、アレクサンドル兄上ッ!」

 先行してモリオンに入っていた調査団は、ベルトランが選定した弟、ラブラドルが率いている。悪精霊の災いを生き延び、ベルトランに恭順した男だ。親しくはないが、これまで目立って争うこともなく、災害時には生存者の救出のため家臣らを率いて陣頭指揮を執っていた。協力者としては適切な人員だ。

 アレクサンドルとその護衛スフェーンは、モリオン城の兵舎に通された。これからのアレクサンドルの拠点である。恐らくは上級将校が使う想定になっているのか、狭いなりに調度品はそれなりの質のものが揃っている。

「ではラブラドル、報告を」

「は! まずはスモーク家の人間についてですが……」

 彼によれば、モリオン城に勤めていた者たちは乗り込んだ時点でほとんど離散していたという。兵士たちも最低限しかおらず、戦う意思はなかった。スモーク家の縁者も寝室で死亡しており、残った僅かな使用人たちは、すっかり怯え切ってろくに話もできない者ばかりで、素性もはっきりしていない。

 調査団はひとまず兵舎の空き室を拠点として占拠した。城内を検めたところ、使用人室や他の家臣たちが使っていたと思しき部屋から帳簿や手紙がいくつか見つかっているが、それらに露骨な怪しい点はなかった。悪精霊を操ったハリーの居城であったにも関わらず。

 しかし当然何もかも潔白ということもなく、開かずの部屋が二つあると言う。一つは恐らくハリーの書斎と思われるが、壁が崩れて中に入れなくなっている。

 もう一つは地下牢へ続く扉だと思われる。こちらは鍵がかかっており、破壊しようとしても扉はびくともしない。

 城内についてはそのようなところで、周辺の住民への聞き取りでは、近頃は物騒だと不安がる声が多く、王都からの調査団へも警戒心が強い様子だ。何者かに破壊されたと思しき崩れた建物や道路がいくつか発見されており、街の治安維持は長らく適切にされていないように見えるが、それについて詳細を問いただしても、住民たちははっきりとした答えを出さない。彼らには根本的に政府への信頼がなく、よそ者の騎士たちがやってきたところで、何の期待もしていないようである。

「以上がこれまでに判明していることです。次のご指示を!」

「ひとまずハリーの書斎は瓦礫の除去を。危険を感じた場合は報告しろ。地下牢は私も一度見ておくとしよう。何か魔法の罠があるかもしれん。確認できるまでは誰も来ないように」

「は、そのように! すぐ手配いたしますッ!」

 ラブラドルに調査団の兵士たちの指図を任せ、アレクサンドルは宣言どおり地下牢へ向かう。

 開かずの扉と言われているのは、魔法がかけられているものだった。扉の周りに呪文を書きつけておく。そういう細工があると理解していないものが触れると認識阻害を起こすのだ。その現象を維持するために、時々魔法使いが手を入れる必要があるが、それを施した者が常に気を配っていなくても扱える極めて初歩的だが有用な魔法。旧い資料にも残っているやり方だ。目の前の扉を壁のように感じ、鍵穴を見失い、果ては扉への距離感も狂わせる。扉を開けるという単純な動作すら適切にできなくなる。調査団の連中が理解できなかったのは仕方がない。それを判別する目がないのだから。恐らく彼らは扉が鉄製であることさえわかっていなかっただろう。

「……魔法の罠があるかもしれんからおまえも待っていろと言っただろう、スフェーン」

 後ろを振り返ると、そばかす顔の男がのんきに立っている。

 この男はアレクサンドルの護衛騎士だが、しかしアレクサンドルにとって、そのようなものは本来必要のないものでもあった。自分の身は自分で守れる。何しろ子供のころからそうして生き抜いてきた。だが次の権力者に自分の息のかかった手下を売り込もうとする野心的な連中が後を絶たず、周りからあれこれ言われるのが煩わしくなって、仕方なしにましな者を傍に置くようになった、それだけのものだ。

 スフェーンは元は一兵卒に過ぎなかったが、仕事を与えればきちんとこなした。平民の出身ゆえに貴族社会特有の魔法使いへの嫌悪もなく、アレクサンドルが強いられていた派閥争いについて余計なことを言わないのも気に入って、騎士の身分を与えて今に至る。これまで特段逆らいもせず、大人しく言うことを聞く犬のようなものだったが、今日は珍しく待てができないでいる。

「いやア、そういうわけには。罠があるかもってのは、危険かもってことでしょう。そんなところに主を一人放り出すのは流石にどうかって話です。それに上で書斎掘ってるやつらだって危険があるかもしれんってのに、自分だけボヤっとしてるのは落ち着きませンよ。何よりベルトラン陛下からのお言いつけで」

「は?」

「アレクサンドル様を無事に連れ帰れと。こういう時せめて見える場所にいないと、後で陛下に胸を張ってご報告できんでしょう」

 ほらこのとおり、とスフェーンは懐を探って何やら封筒を取り出した。中にはベルトランの名が入った証書がある。アレクサンドルと共にモリオンの様子を見てこいというようなことが書かれている。これはあからさまにアレクサンドルへ向けた念押しであった。一人で行動して誰にも知られずに倒れられては困るぞというメッセージ。アレクサンドルの側近と話してみたいと言うから、そこまで言うならと送り出してみれば、すっかりそれを懐柔しているのであった。人を手懐けて使うことに躊躇いがないことは、王に必要な資質には違いなく、またアレクサンドルがこれと決めた王相手にならば、手駒が尻尾を振るのもまた不思議な話ではなかった。他の者なら許さないが。

「……我が王の望みならば、致し方あるまい。邪魔はするな」

「はい!」

 スフェーンに見守られながら、改めて扉を調べる。魔法を維持する力の源は、何か魔力の籠った宝石の類であったらしい。石壁の間にひっそりと埋め込まれているのを取り外すと、扉の幻惑がなくなった。鍵はかかっているが、錠前は一つ。その鍵穴を覗き込んでから、アレクサンドルは懐から小さな鍵を取り出して差し込んだ。少し揺らして押し込みながら回すと、扉が開いた。

「おお……えっ何で開くんですか? まさかこれも魔法?」

「鍵穴の形式がナロドナヤ城と近い。こういうのは一つ二つ万能鍵を持っていれば開けられるものだ。鍵穴にさえ入ればな。三年前に捕まった盗人への尋問から鍵の欠陥が発覚している。混乱の原因になるゆえ世間には伏せられているが、一部の貴族は知っている」

「へえ。じゃあ鍵ってのも頼りにならンのですね」

「だから本当に大切なものは見張りを置くだの、かんぬきをするだのと、開けづらくする工夫をするわけだ。さあ、行くぞ」

 鉄の扉の奥に続く、長い階段を下りていく。スフェーンにランタンを持たせて視界を確保しながら進むが、どこまでも薄暗い。

「ナロドナヤ城にはこういう地下牢っていうのはありませンよね。牢屋敷が別にありますし」

「元は我が城にも牢があった。母の領地となる前の行政官が埋め立てたのだと聞いている。かび臭い地下など誰も寄り付きたがらないが、だからこそそこで何が行われていても人の目につかない。そのような不正を許さなかった結果だ」

「前の方の時代はよく知りませんけど、正義感の強い方だったンでしょうね」

「正義は結構だが、ナロドナヤは旧い時代の遺跡が多い。気安く埋めた先には、案外価値のあるものが隠れていたやもしれん。今となっては掘り起こすのも手間だ」

 しばらくすると、鼻を衝くすえた臭いがしてくる。予想はついていたことだ。ランタンの中から地下室の蝋燭に火を分ける。そうして実態が明らかになる。

「ウワ」

「狼狽えるな。おまえ、ベルトラン陛下に報告せねばならんのだろう」

「そう……ですね」

 そこには死体が積まれていた。汚れた床の上に転がる、もの言わぬ肉塊に成り果てたものたち。骨が見えているものさえある。腐った肉に張りついた、薄汚れたお仕着せから察するに、その正体は城勤めの侍女として集められ、犠牲になった若い乙女たちに違いなかった。

「それにしたって、なんで、こんな……」

「ハリーの実験場だったのだろう。他にも似たようなものがまだあるかもしれないな」

 ベルゼア王国を荒らした弟は、魔法の才を持たなかったのを補うために、他人の命を使った。その実験の痕跡は王都でも見つかっている。ここにある死体も同じようなものだ。彼は他の王位継承候補を滅ぼすために、スモーク家の縁者さえ生贄にした。

 アレクサンドルの過去を視る魔眼には、数多くの苦痛の顔が映る。今は亡きハリーの行動について調べるには、この魔眼では視えるものが多すぎて、特定は難しそうだ。今は瓦礫に埋もれているというハリーの部屋のほうが、情報を得やすいかもしれない。

「可哀想になァ……」

 凄惨な死の在り様を見て、スフェーンが小さく呟いた。それは確かに、アレクサンドルが評価した人間性である。

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[良い点] 推しを推す、大好きだったので続編の連載がとても嬉しいです…! 応援しています!
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