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虚構転成冥界紀行  作者: 味醂味林檎


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評定

 アレクサンドルたちが王都に帰還したとき、悪精霊に荒らされた街もそれなりに復興が進んでいた。前と全て同じとはいかないが、皆変化を受け入れ、前を向いて暮らそうとしている。新しい日常だ。これを守るために、皆怪物に挑み、犯罪者を処断した。

 ベルトラン王は兄と弟、そしてそれに付き従う騎士たちの無事を喜んで、盛大に出迎えた。事前にそれなりのことは手紙を出して報告はしてあったとはいえ、やはり直接顔を見なくては安心しきれないところもあったのだろう。王は騎士たちの冒険について聞きたがり、そのまま評定が始まった。

 調査団が到着した時点でのモリオンの状況と、その対応について。皆の戦いで脅威は去ったということを改めて確認する作業だった。回収した希少品は国庫に納められることとなり、ベルトラン王は事件への対処を高く評価した。

 モリオンの領有権は接収の実動部隊に与えることと決まった。復興のために金がかかることもあって、金銭の類は国庫からはすぐには出てこないが、土地の権利ならばすぐに動かせる。ここで領主となり得るのはアレクサンドルとラブラドルの二人で、土地を分けることもできたが、アレクサンドルはそれを辞退したため、モリオン領はそっくりそのままラブラドルに与えられることと決まった。調査団はラブラドルの直属の部下たちで構成されていたので、そのまま家臣団としてついていくことになる。

「ボクが、モリオン領主にッ……!?」

「すごいじゃないですかラブラドル様!」

「もう一回イカ探しに行きますかラブラドル様?」

「ベルゼア王国も先の悪精霊のせいで多くの貴族を失った。民の混乱を防ぐため人手が足りぬところには行政官を派遣しているけれども、それができる人材も限られている。モリオンの行政官もいずれ引き上げて他を任せなくてはならない。おまえがより多くを学んで務めを果たしてくれるのならば王国としても助かるよ。上手くやれれば一時の金子きんすよりもきっと価値あるものになるはずだ」

「なる……ほど……? つまりッ……つまりボクも誠心誠意頑張りたいと思いますが皆にも手伝ってもらわないとどうにもならないかもしれないかもということかもではッ!?」

「勉強しないといけませんねラブラドル様!」

「偉くなると仕事も増えるんですねラブラドル様?」

 これはラブラドルに箔をつけさせるための人事でもある。生き残った未婚の王子たちは、先王である父の意向で用意が進められていた舞踏会で、他の貴族の令嬢や同盟国の王女と顔を合わせることになる。相応の土地を持つ領主ともなれば、より政略的に望ましい相手を選びやすい。悪精霊によって傷つけられた国力を思うと、敵を減らすための根回しが必要だった。ラブラドルはその駒として十分な価値がある。

 ラブラドル側からしても、様々な面で手のかかるものを押し付けられた節もあるが、それでも価値ある領地だ。元々王子の一人でありながらも継ぐべきものを持たなかったのだから、これは僥倖なことである。国王の親族として重用されることは、彼自身だけではなく、彼に付き従う臣下たちや未来の家族にも影響が大きい。

「ではよろしく。しかし、アレクサンドルたちのほうはどうしようか。今回のことは皆で力を合わせて乗り越えたんだろう? 何もなしというわけにはいかない。労いが足りぬとなれば私の王としての器が疑われよう。何か望むことはないのかい」

「私はベルトラン王の魔法使いなのだから、王の憂いを払うのが役目というもの。今以上に望むものなど」

 アレクサンドルとしては、そもそもの今が夢まぼろしのような幸福である。幼少期の悲しみを癒してくれた弟、ベルトランのために生き、いずれベルトランのために死すことができる立場になった、この現状を維持さえできるのなら、他に必要なものはない。領主として領地ナロドナヤのために何かやるべきことがあるとすれば、それは褒美として貰うものではなく、政治で成すべき何かだろう。アレクサンドルにはそうするための力が十分にある。最初から。

 その考えが伝わったのか、ベルトランは苦笑しながらも、今度はアレクサンドルのすぐ傍に控える騎士のほうに声をかけた。

「ではスフェーン、おまえはどうかな。私の願いを聞き届け、アレクサンドルを無事に連れ帰った」

「元よりアレクサンドルさまの護衛は自分の仕事です。特別何か改めていただくようなことはございません――ああ、でも」

 スフェーンのほうも、主に倣って単に元々の職務に含まれる仕事を遂行しただけだという顔をした。実際、事前に気をつけるようにと国王から声をかけられただけのことで、大してやるべきことが変化したわけではなく、護衛役としてアレクサンドルの戦いをほんの少し手伝った程度のことだった。スフェーンが気を付けていても、そうでなかったとしても、ほとんど何も変わらなかっただろう。だが、返事をしているうちに一つだけ思いついたことがあった。

「もうじき舞踏会でご結婚のお相手が決まるンでございましょう。この先何かと忙しくなることでしょうし、今のうちにご兄弟水入らずでお話しなどなされては。政治の討論も良いですが、それ以外のことも。全てのご兄弟を集めるのは難しいやもしれませんが、都合がつく方とは全て、お会いになる機会をお作りになられるのがよろしいかと存じます。強いて言うなら、それが自分の望みです」

「そんなことが望み、なのかい?」

「王国の大事なことを決めるンであれば、焦りすぎず躊躇いすぎず、落ち着いて視野を広く持てる状態であってもらいたい。考えることが多い方々こそ適度に息抜きをしていただかないと」

 スフェーンは、自分たちの暮らしに不満がなく、故郷に愛着があるのは、良い領主がいるからだと信じている。そしてその領主たる存在には、庶民の出身であるスフェーンには考えの及ばない苦労があることもわかっている。人でありながら、国家運営のための容易く替えの利かない部品にならねばならない。だからこそ、同じように想いを共有できる立場の者同士での交流はあるべきだ。部品から人に戻す工程として、良き人が人として良くあり続けられるように。少なくともスフェーンの主たるアレクサンドルには必要なことだ。何しろアレクサンドルは、国王ベルトランをとても大切に想っていて、自ら部品になろうとする。忠誠は立派なことだが、スフェーンは主には人であってほしい。『全てのご兄弟』と言ったのは、アレクサンドルだけを特別なように言うと角が立つと思ったからで、実際の王族たちの扱いがそれぞれどうなるかは、特に興味がない。

「では、健気な騎士の進言に従おう。きっとそれは、良いことだ」

 アレクサンドルが何か言う前に、ベルトラン王は笑顔でその願いを肯定した。後から「生意気なことを」とアレクサンドルはスフェーンをなじったが、そこに本気の怒りの色はなかった。




◆◆◆




 結局ベルトランは、兄弟たちの一人ひとりと個別に対話を望んで、遠方にいる者には手紙を書き、すぐに会える者は順に部屋に呼んだ。

 最初に呼ばれたアレクサンドルは、ただの話をした。モリオンでの戦いについては事前に手紙にも書き、評定の場でも語ったが、ベルトランはなおも話をねだった。求められるがままに言葉を紡ぎ、いよいよ話すことが何もないというほど語り終えると、ベルトランもアレクサンドルが不在の間の出来事を語った。

 老いも若きも皆復興のためによく働いていること。視察に訪れた先で子供が笑っていたこと。食事が美味しかったこと。父が生き残った妃たちの尻に敷かれている様子が面白かったこと。雨が降った後に晴れた空に虹がかかったこと。他愛もないことだ。

 それは、とても楽しい時間だった。互いの信頼を確かめるまでもなく、ただの家族として過ごす、穏やかな時間だった。

 確かにスフェーンの言うとおり、この先忙しくなって、こうした機会は減るだろう。舞踏会の準備もある。縁談がうまくまとまれば、相手の一族との交流も重要だ。貴族の妻を迎えるとなればそれは相手の一族を代表する外交官として丁重に扱わねばならぬもの。ただでさえやるべき政務が山積みなのだから、新たな家庭を大切にしようとすれば、自然と元の兄弟に構っている暇はなくなっていく。良い結婚であればそうなる。それが健全だ。アレクサンドル自身はともかく、ベルトランは、そうであってほしい。彼が良縁に恵まれることを願っている。

 アレクサンドルは王都の自室にて、机に向かう。

 王族も貴族も、全てが自らの領地に引きこもっているわけではない。むしろ政治の都合で王都を拠点とし、自らの領地に帰らない者も少なくない。アレクサンドルの場合は必要に応じてヒポグリフを駆り帰還するが、少なくとも舞踏会とその後の王子たちの結婚の儀式が終わるまでは、領地へ戻ることはないだろう。いちいち移動するのは手間だ。

 とはいえ、一日中政務に縛られているわけではないので、ベルトランとの対話の他にも、自由にしていられる時間はある。机の上には、あの光る石があった。

 怪物退治の記念がてら、騎士たちが拾い集めてきた、七色に輝く貝の石。魔力を秘めた特別な石。力の強いものはあの場でアレクサンドルが魔法のための燃料にしたが、鉱山は広い。魔法勝負の中でも消費されずに残ったものが、凱旋する騎士たちの前に転がり落ちてきた。それらはどれも大きなものではなく、秘めたる魔力も微々たるものだ。百腕巨人ヘカトンケイルを生み出すほどの力はない。安全性に問題がないと判断し、アレクサンドルはそれらを持ち帰ることを騎士たちに許可したが、そのうちいくつかは献上させた。ベルトランは冒険の証であるその石を気に入ったようだったが、ともかく、そのうちの一つは最終的な評定の結果としてアレクサンドルのところにやってきた。傷の少ない巻貝のようなその石は、ひと際つややかで、やはり奇妙にも複雑な色合いに煌めいている。

「妹はこういうものを好むかどうか」

 王のための魔法使い、そのもう一人。アレクサンドルについて、最もよく理解しているであろう、末の妹。

 手紙を書く。彼女ならば、この石の価値は、わかってくれるだろう。

「スフェーン。これをコルディエー公へ届けろ」

 結婚したばかりの彼女には、祝いが必要だ。そして彼女にも、ベルトランの結婚が上手くいくよう、祈ってもらう。

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