表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

国王/騎士のありふれた親愛/敬愛

 ――騎士というのは皆が皆、誇り高くあるべきものだと言う。

 国を愛し弱き者を助け、勇気を持って悪徳を許さずに戦い、主君に忠節を誓うもの。スフェーン・タイタンもまたそうした騎士の身分を得た者の端くれであったが、実際のところそうした行動規範というのをきちんと理解しているわけではなかった。

 ベルゼア王国において、王侯貴族に仕える騎士の多くは、やはりこれもまた上流階級の出身の者が多く、皆幼い頃から教養を身につけているのだが、スフェーンは平民の出身である。エメリー領ナロドナヤのタイル職人の家に生まれ、子供の頃は親の仕事を手伝うこともあったが、結局家業は兄が継いだので、自分は自分で食い扶持を稼がねばならぬ。そうして兵士に志願し、町の警備に当たっていたある日、魔物も入ってこない街中にも関わらず物々しい鎧を着こんだ不審な連中が城へ向かうのを見つけた。何者であるのか、何の目的なのかと問いただしても答えはなく、ならば不届き者であろうと判断してそいつらを投げ飛ばし、地面に転がした。後から応援もやってきて、大きな騒ぎになる前に事態は解決したのだが、それがどうやら領主殿にまで伝わって、思いのほか気に入られたらしかった。ナロドナヤ公、アレクサンドル王子はスフェーンに礼節を学ばせ、傍仕えに抜擢し、幾つか手紙の配達なんかの仕事をさせた末に、騎士の身分に就かせたのである。そんな調子で気が付いたら出世していたものだから、どうしたって幼い頃から修練を積んできたような高尚な連中とはいまひとつ話が合わなかった。政治はわからないし、物の価値もよく知らない。空を駆けるヒポグリフに乗りたいなんて言う連中の気持ちは理解できない。地に足がつかないのは不安でしかなかろうに。

 とまあ、そのような有様なので、決してスフェーンは他と比べて特別優秀とは言えない。たまたまアレクサンドル様の目に留まっただけだ。強いて言うなら人よりちょっとばかし幸運だった。少なくとも彼自身はそのように認識しているのだが、しかし不思議なことに、スフェーンは今名指しで国王ベルトランに優秀な騎士として呼び出されているのだった。しかも気負わず話すのに二人きりが良いとのお達しだったので、スフェーンはくれぐれもベルトラン王に失礼をしないようにと言い含められて送り出されてきた。

 王都は先日、悪精霊と呼ばれる凶悪な怪物によって荒らされてしまったため、復興の最中である。城も再建中で、国王もまた仮の住まいとして、被害の少なかった貴族の屋敷に泊まっている。それゆえ謁見の間などという大仰な場所ではないぶん幾らかましではあるが、何にしても緊張はする。何しろ相手は国王なのである。王子であった時代に彼宛ての手紙を届けに行ったこともあるが、その時は特に対面するようなことはなかった。アレクサンドル王子について回るうちに王城で姿を見かけたことはあっても、直接話すというのは正真正銘初だ。

 何でも次の宰相となるアレクサンドルが傍に置くような人間がどのようなものか、一度じっくり話をしてみたかったとかいう話。アレクサンドルはこの後悪精霊を呼びだした悪党の本拠地に赴く予定で、スフェーンも護衛としてついていくことになっているので、この機会を逃せばしばらく時間を取れない。今しかないのだと念を押されて、一体何が待ち受けているのかと、スフェーンは戦々恐々としている。

「へ、陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「そのように堅苦しい挨拶はいらないよ。他に聞いている者はいないからね。楽にしたまえよ」

「は、はい、でしたら、遠慮なく……?」

 実際、部屋の中に他の人間はいなかった。国王たる身分にありながら護衛の一つもないとは、それだけアレクサンドルが寄越す人間を信頼しているということなのか、それとも自分が気づいていないだけでどこかに人が隠れているのか、スフェーンには区別がつかなかった。まあ国王陛下自身が良いというのなら良いのだろう、と頭を上げる。王はおっとりとして大らかそうな顔立ちをしていて、座っている姿さえ背筋がしゃんとして立派で、見るからに上品だった。主と同じだなとスフェーンがのんきに考えている間に、早速だが、と王は話を切り出した。

アルミナから聞いたのだが、おまえはアレクサンドルのお気に入りだそうじゃないか」

「はあ、そうなンでしょうか」

「あの子の見る目に間違いはない、そうに違いないとも。それともなんだい、おまえはアレクサンドルを嫌っているか?」

「まさか、ありえませンよ。アレクサンドル様はちゃんと飯を食わせてくださるし、ナロドナヤの立派な領主様です」

「はは、確かに食事は大切だ。それをわかっているのなら十分。頼みがある。聞いてくれ」

 妹君の慧眼がどれほどのものかはともかく、国王陛下から頼むと言われて無視はできない。楽にしていいと言われてはいるが、スフェーンは姿勢を正した。王の目は真剣なので、臣民たる自分も真面目に聞かねばならぬ。

「先日、スモーク領……モリオンに調査団を派遣したのは知っているね。これからきみたちが向かう予定の場所だ。国を荒らした悪精霊はハリーが操っていた。ハリーも悪精霊も我が魔法使いたる兄と妹が成敗したが、やつの本拠地であったモリオン城にまだ何か隠し玉があってもおかしくない。各地の復興も大切だが、もしまだ脅威が残っているのならそれは取り除かなくてはならない。調査団からの連絡によれば、モリオンは随分と荒れ果てているらしい。悪精霊の被害を受けていないにも関わらず」

「……? 一体どういうことです?」

「単にハリーが政治を疎かにしたからなのか、それ以上に魔法で悪さをしていた影響が出ているのか、はたまた全く別の理由があるのか。その区別をつけられるのは魔法使いだけだろう。アルミナも優秀な子だが、魔法に関してはアレクサンドルが一番詳しい。だから仔細の確認は兄に任せるのが道理というものだが……アレクサンドルは働きすぎるきらいがある。何でも一人で背負い込もうとするんだよ」

 確かにその見解は正しい。悪精霊の相手にしても、ハリーを討つのに、アレクサンドル王子は一人で剣を持って立ち向かった。コルディエーへ向かうまではスフェーンもついていったのだが、魔法を使う敵を相手にするのに足手まといだからと、他の兵士たちも皆置いていかれたのだ。それで上手くいったので正しかったのだろうが、いかに貴族社会に不慣れなスフェーンでも、当たり前の人付き合いを知らぬわけではない。日頃世話になっている主人が死にかけの姿でヒポグリフに運ばれてきたのを見たときは肝が冷えたものだ。

「国王として優秀な人間を使い潰すようなことはしたくない。それに弟として兄が無理をするのは心配になる。兄の特別な目は負担も大きいようだ。が、私は王としてそれに頼らざるを得ず、そして身軽には動けないのだ。調査団の団長には信用のおける弟の一人を指名したが、しかしアレクサンドルは弟を相手に隙を見せたがらないだろう。だから私や他の弟の代わりに、アレクサンドルが無理をしないよう見守っていてほしい」

「見守ると仰いましても……確かに護衛の任は仰せつかりましたが、それで手一杯です。自分なんぞに何ができますやら……?」

「兄は少し人間不信なところがあるが、自ら見出して傍に置いているおまえなら大丈夫だとも。どうか我が兄をよく支え、適度に休ませてやってほしい。そしてことが終わったとき、無事に王都まで連れ帰ってきて、モリオンでの様子を聞かせてほしい。私の配下からも護衛をつけたいが、元々派閥争いをしていたものだから……アレクサンドルもあまり慣れぬ相手が近くにいては気が休まらないだろうし」

 成程、とにかくこの国王陛下は、兄君の身を案じているのだった。庶民の間でも家族や親戚に何かあれば、身近な人間に話を聞くものだ。スフェーンも兄が怪我でもしたら母に様子を聞くだろう。それと同じ。わかりやすい。

 そしてどうやらモリオンという場所は、スフェーンが考えるより危険な場所かもしれないというのも伝わった。わざわざこのようなことを忠告しておかねばならぬと、国王陛下は警戒しているのである。そのように重要そうな話をされると、いよいよスフェーンより優れた人材を他に見繕うべきではないかと思うのだが、それが難しいということはわかっている。何しろ悪精霊の被害によって多くの人間が死んでしまったので、お偉方にも選択肢というものがないのだろう。

「ご期待に副えるかはわかりませんが、できる限り、努めます。アレクサンドル様は、元より自分の主なンですから」

「アレクサンドルに良い騎士がいて嬉しいよ」

 何か他の者に言われたらこれを見せなさい、と国王は直筆のサインを入れた証書を寄越した。スフェーンがそれを懐にしまうのを見届けると、にこにこ愛嬌のある顔をして、わざわざ呼び出してすまなかったね、と国王は言った。どうもこの国の王様というのは気配りの人のようだぞ、とスフェーンは思った。アレクサンドル王子もわざわざ平民上がりの自分を取り立ててくれるのだから、兄弟共々心根の優しい世話焼きで似たような気質なのかもしれぬ。まあ、アレクサンドルのほうがもう少し気難しいかもしれないが。彼はいつもしかめ面だ。機嫌が良さそうな姿というのをそもそも滅多に見ない。

 翌日モリオンへ向かう道中のアレクサンドルは、やはり眉間にしわが寄っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ