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虚構転成冥界紀行  作者: 味醂味林檎


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18/22

怪物退治

 ひとまず、アレクサンドルたちは落とした怪物のもとへ行くことにした。

 近くまでイカに運ばれて、そこからは洞窟から魔法で切り出した岩を階段のように組み替えて、降りていく。

 落下した怪物は、まだ僅かに体を震わせていた。生きている、ように見える。回復するだけの力はなさそうだったが、万が一のこともある。アレクサンドルの指示のもと、騎士たちが剣を振り下ろし、怪物の肉を切り分ける。そうして核となっていた石を取り出すと、ようやくそれは動きを止め、本来の形に戻った。

「この石、使えそうですか」

「鍵には十分」

 魔力とは現象の定義を押し付ける力。それを都合の良いように誘導し、扱うことができてこその魔法使い。アレクサンドルは既に悪精霊を討つために、王宮の宝物庫にあったものから力を吸い上げて使った経験がある。洞窟の改変についても既に小規模ながら成功している。これについても同じようにすればよい。

 拾い上げた石から感じ取れるのは、自らを周囲に広げようとする力――環境変化の力だ。貝殻のような形をしたそれは、真実貝であるのだろう。だからこそ、鉱山の中であるにも関わらず、この洞穴の内部が奇妙な生物の居場所に変質している。貝が暮らすのに適した環境を、既に命のない、この貝殻に宿った魔力が再現しようとして、中途半端に完成した。ラブラドルが手懐けたイカも、そうした海のようで海ではない場所で、その場所に適応する形で現れたに違いなかった。この石を取り込んだ生物が化け物に変わるのは、石が持つ変化の力のせいだ。適性が高ければ海の生き物として強くなり、そうでなければ正しい形を失って怪物となる。それこそ、百腕巨人ヘカトンケイルのような。

 とはいえ、怪物になったとしても、その変化には限りがある。ホークスが鉱山を支配できているのは、鉱山を由来とする物質から魔力を得て、鉱山の中で怪物になったからだ。あくまでも、山の中のもの。周囲の生物を捕食してより力を増しているが、この鉱山から出ていくまでは、鉱山の一部に過ぎない。それ以上に特別な異能を得ているわけではない。何しろ、この石の力を、力があると知っていながら適切に汲み上げられていない。

 そのことを、果たしてホークス自身はどこまで理解していることか。いかに魔法の研究に没頭していたとしても、肝心の眼を持たないのだから、理論を知っていたとして本質には辿り着くことはあるまい。そこがつけいる隙になる。

 アレクサンドルは石を左手に握り込み、膝をつき、右手で地面に触れながら、改めて洞窟の改変を試みる。

 貝の形をした魔力の塊は、小さなひとかけらであれども十分な助けになった。肉を失った貝が、石と成り果てた産物。言ってしまえばこれもまた死者の骨であり、時代が違えば精霊と呼ばれたかもしれないものだ。それほどの力を秘めているのなら、同じ力を持つ者同士共鳴させれば、更なる力を引き出すことができる。

 魔眼を開き、騎士たちが辿ってきた道を探り、目当てのものを見つけて、大地に介入する。アレクサンドルの魔眼の性質上、何かに割り込むことには向いている。自らを大地の一部として扱い、大地を定義する力に働きかける。魔力の通り道。仲間の通り道。ホークスが気づくより早く、触れる大地を書き換えて、必要なものを作り上げる。

 岩が動く。壁が、床が、天井が変形する。曲がり捻じれて溶けて固まる。複雑な迷路のように入り組んでいた地形を無視して空間が繋がり、一つの部屋になる。あの大イカも身動きが取れるほどの広さだ。

「あッ、さっきの貝の石!」

 ラブラドルとスフェーンが見つけたものも目の前に現れる。予定どおり、それらの力に接続できている。地面の表層にあるものならば、物理的に近いぶん、干渉も容易い。魔力の流れを支配して、ホークスの支配領域を侵食する。

「このままホークスの居場所まで道を作る。やつが周りを食い尽くす前に、その核を潰す。魔眼がなくとも、やつも大地に介入し続けているのだから、しばらくすれば気づいて反撃してくるだろう。私はこの石の力でホークスの足止めをする。その間におまえたちが斬れ。百腕巨人ヘカトンケイルとして強大になっていようが、そのイカを扱えているなら無理ということもなかろう」

「最初のプランとあんまり変わってない気がするンですけど」

「ホークスに魔眼はない。私にはある。この貝のおかげで視えるものが多いことを活かせるだけの余裕が作れた。魔法の射程が伸びたぶん、近づかずとも仕掛けられるし、相手は私ほどは周りが視えていないのだから、対処が一手遅れる。スフェーン、おまえは私を見張っているがいい。やつの反撃がこちらに向かってきた場合、私は対処しない」

「は?」

「確実に獲物を仕留めるには、目を逸らすわけにはいかんだろうさ。私の見落としは、おまえがやれ。私がホークスと魔法勝負をしている間、集中できる環境づくりをしてもらう」

「なるほどなるほど……イカれたご信頼をどうも。マ、自分の視界にいてくださるンだからこれ以上は望むまい。ラブラドル殿、自分にもイカスミ分けてもらえますか」

「なんだ光りたいなら早く言いたまえッ」

「光りたいわけではないです、明るさを確保すンのに都合がいいだけです。ここには光る魚あんまりいないし」

 理屈がはっきりとわかっていないものでも便利であれば気にしないスフェーンは、躊躇いなくイカスミを被った。こうして発光する人間が二人に増えた。

「ではこれより道を広げる。ホークスを逃がすな。必ずやつを滅ぼす」

「必ずや! よしッ、調査団騎士六名、イカに全員乗っているなッ! いざ出発ッ! 振り落とされるなよッ!」

 騎士たちはアレクサンドルの号令に従って、決戦に臨む。魔法による支配領域の拡張によって、岩に閉じられた道をこじ開ける。巨大イカは騎士たちを乗せ、空気を吸い込んで体を一瞬膨らませたかと思うと、それを一気に吐き出して勢いよく飛び出した。

 開かれた道を泳ぎ突き進んでいくその後ろ姿を見送って、残ったアレクサンドルは引き続き大地の操作に注力する。スフェーンはこの先に備えて剣を抜いた。灯りになるものは、イカスミを被ったスフェーン自身だけだ。

「頼むから何とかできる範囲であってくれよ……」

「……来るぞ!」

 大地が揺れる。




◆◆◆




 岩の扉が開かれる通路を、全速力で突き進む。やがて広い空間へと出て、強者の気配が近づいてくる。そうしてラブラドルたちは、怪物のもとへとやってきた。

「こいつが……」

 肥大した肉体、そこには無数の目と腕がついている。近くの宙を泳ぐ魚を捕まえては咀嚼するそのさまは、まさに暴虐の化身そのもの。アレクサンドル曰く、これがホークスだという。ここに至るまでに多くの人間を犠牲にしてきた成れの果てに、かつて人間であった面影は欠片ほども残っていない。こんなものが、ホークスの目指した理想だというのか。これほどまでに――醜い姿が。

 そのホークスの目がラブラドルたちを捉え、彼は一瞬、足を止めた。

「――我が糧ガまた増エタ」

「喋った」

 誰かがそう呟いた、それと同時に天井の岩が変形し、急速に鋭い槍のような鍾乳石となってラブラドルたちを串刺しにしようと落ちてくる。

「回避ッ!」

 ラブラドルの声に合わせてイカが体を捻る。それで騎士たちはイカから振り落とされて地面に転がることになったが、体を引き裂かれることはなかった。

「弱キ者が、賢シらナ」

「……ホークス、ハリーの手先よッ! 国家転覆を目論んだ罪人よッ! 国家の礎たる民の命を弄ぶ外道の行い許し難しッ! ベルトラン国王陛下に代わり、我がモリオン調査団が貴様を誅伐してくれるッ!」

 虚勢であっても言い切った。ラブラドルのその宣言を聞き、仲間たちは皆体勢を立て直して各々に剣や盾を構える。ここが決戦の地である。何としても、ここでこの男を、この怪物を、殺さねばならぬ。

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