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虚構転成冥界紀行  作者: 味醂味林檎


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勇気あるものたち

 ひとまず全員の無事は確認できた。消耗を抑えるため、アレクサンドルもイカに乗った。

「このイカはどうした」

「仲良くなりました!」

 発光しているラブラドルが答えた。アレクサンドルの見立てでは、巨大イカと何かしら魔法の力によって共鳴しているようだ。専門の知識を持たないラブラドルが自ら選択したこととは考えづらい。奇妙な偶然によって発現した現象に違いなかった。

「……そうか。まあいい、ホークスらしきものを発見した。これを対処する」

「ホークス……! やつはどこに」

「あれを見ろ」

 アレクサンドルが指さすほうには、魔法によって壁を作り変えられた穴が開いている。そこには既に目標の姿はないが、道はまだ閉じられていないので、追いかけることはできる。

「ホークスは百腕巨人ヘカトンケイルとなり、魔法で洞窟の形を操りながら、周囲の生物を喰らい、力を強めている。これを殺す。それでモリオンでの仕事は概ね終わりだ」

「あの穴を見る限り、なんか、すごい大きい気がするンですけど」

「大きいぞ。あれくらいの広さがないと通れないほどに成長している」

 それを聞いて、騎士たちは皆眉を顰める。元々強敵であろうと予測していても、具体的な想像がつくといよいよそれに相対する現実味が不安に変わってくるものだ。

「我々で倒しきれるのか……?」

「街にいたのより確実に巨大だな……盾これで足りるか?」

「でも、百腕巨人ヘカトンケイルには違いないんだから、とにかくどうにかして核ってやつを砕けば何とかなるんじゃ? できればって話だけど……」

 誰かが言ったその言葉は、確かに間違いなく、そのとおりである。どれほど体が大きくなり、力が強くなろうと、先にモリオンの街で倒した怪物と基本的には同じものだ。ただ性能が高くなっただけで、構造は変わらない。

「ホークスを討つにあたり、問題はただ二つ。体が大きいぶん核を見つけられても狙いづらいであろうこと。そしてホークスの知識にある魔法を用いてくることだ。手強い相手だが、打つ手がないこともない」

「それは?」

「魔法を使う時、奴は洞窟と繋がっている。その時に私も魔法で介入すれば、私の影響を排するためにやつの注意が逸れるだろう。その隙に、おまえたちがやつの核を引きずり出し、潰す。私の魔力の限界があるため、相応に接近する必要があるが、そのぶんやつの注意も惹きやすいはずだ」

 魔法使いたるアレクサンドルが使える手段として、それが最も現実的なように思える。真正面から戦いを挑むには、既に相手は強大になりすぎていて、この先さらに成長していく一方だ。搦め手に頼らなければ勝算はない。

 しかしその作戦について、誰より渋い顔をして反対するのが、スフェーンだった。

「それって要するに、よりによってあなたが一番危険な囮役ってことになっちまうってことじゃあないですか」

「使えるものは何であろうと使うべきだろう。我が身さえも」

「いやあ流石にちょっと一旦待ったをかけたいですよそれは。どうせ危険は危険でも、ちょっとでもマシな方法がきっと何かあるはずだ。そうだ、魔力? ってのを何とか補う方法があれば、ちったあ安全度も成功確率も高まるんじゃありませんか」

 実際、ハリーやホークスの魔法というのはそのように運用されているものだ。それに、悪精霊との戦いにおいても、アレクサンドルが魔法の力を強めるために色々なものをかき集めていたのだから、同じようにできないはずはない。とはいえ、この場において都合の良い魔力の源が得られるかという新たな問題に突き当たる。

「相応のものがあれば可能ではあるが、私が介入できる程度のものでなければならない。魔法の力を持つものというのなら、この洞窟自体もそうだが、これは力が強すぎて人の手には余る。ゆえにこそ、ホークスはホークスで表層を改変する程度のことしかできないのだろう。我々を洞窟に引き込む程度のことはあらかじめ用意をしておけば何とかなっても、そのあとは見える範囲にしか触れられない。魔眼もないのなら、触れられる範囲はより狭くなるだろう」

 魔力とは現象の定義を押し付ける力である。風が吹くという現象、水が流れるという現象、その他多くの現象が互いに自らの定義を押し付け合い、釣り合いのとれた状態が生まれ、自然というものが成り立っている。魔法とはそうした力に付随する定義を意図して増幅させたり改変したりすることで、そのためには釣り合いを崩すだけの別の力が求められる。

 この洞窟、この鉱山は、その地形が形成されるまでの間に、人間が観測している以上にずっと多くの現象を積み重ねて今の状態がある。現象が発生するということは同時にそこには魔力も当然あるということであり、間違いなく、ここは力の溜まり場だった。

 ホークスの場合、まずは百腕巨人ヘカトンケイルを作るために、多くの人間の命と、洞窟から採取した石を糧とした。そして自らが百腕巨人ヘカトンケイルに変じたあとは、その怪物性を持って洞窟の一部を支配したが、そこまでやっても一部に留まるのは、所詮は採取した石など洞窟のほんのひとかけらでしかないということもあるが、何よりホークスが魔法使いとしての才覚に欠けているからだ。彼は魔眼――魔力を感知する機能――を持たない。どれほど知識を蓄えようが、肝心なものが視えないために、ひたすら効率が悪くなる。彼が真なる魔法使いであったなら、容易くこの鉱山全土を制圧し、そこに生きるもの全てを支配したはずだが、実際にはそうなっていないのが何よりの証拠だった。

「表層……そういえば、ホークスは他の生き物を食って力を強めているって話ですが、それにしちゃあここにいる我々を襲いには来てないですね。やつの手が届くのはホントに限られた場所だけなんだ。いや、そのうち十分でかくなったら洞窟全部掌握できるのかもしれませんが」

 たとえ僅かなものであろうと、まだアレクサンドルたちには時間があった。騎士たちの不安は消えないが、しかし、それでもやるしかないのならばと、彼らはあれこれと考えて相談を始める。

「やつにバレないようにやるなら、さっき穴底に落ちていった怪物なんかどうだろう。光る石っころがその……打ち捨てられてた死体の一部っぽいものに触った瞬間、あの怪物に変身したんです。あれって魔法の力なんじゃ? まだ石の部分に力が残ってるかも」

「アレ落ちたけど本当に死んだか?」

「光る石……そういえば、このイカも最初は片手で持てる大きさのやつだったのが、光る石みたいな貝……貝みたいな石? を食べてこのようなクラーケンサイズに化けたのだったッ。街にいた百腕巨人ヘカトンケイルの核もそんな感じだったはずだな……きっと恐らくたぶん絶対それが力の源で間違いないッ。他にもあの石は沢山落ちていたが……」

「でもさっきの揺れで天井が崩れてきてましたよ。ゴロゴロあったけどもう埋もれちまってるかも」

 彼らの会話から、どうやらアレクサンドルの背後の空気を動かした気配というのは騎士たちが打ち倒した怪物であったらしい。百腕巨人ヘカトンケイルと類似するもの。そしてそれとはまた別に、百腕巨人ヘカトンケイルの核ともなり得るもの――生物を変質させるほどの魔力を秘めた石が目撃されている。鉱山の形を変え、洞窟の表層を操れても、全てを把握しているわけではないホークスが、見落としている力の欠片。

「それならば使いようがある」

「本当ですか!?」

「その、おまえたちの言う落とした怪物を元手にする。石の魔力があろうとなかろうと、怪物の死骸は魔法を始めるためのまきには足る。そこから洞窟を改変し、ラブラドルたちが見たという他の石を掌握できれば、ホークスとも拮抗し得る」

 その魔法をもってホークスの隙を突く。相手は百腕巨人ヘカトンケイルとなって数多の目と腕を持つが、それが物理的に届く範囲よりも離れた場所から仕掛ければ、怪物と人間の戦いではなく魔法使いと魔法使いの戦いになる。そして騎士たちはアレクサンドルを守ることを考えず、ただ怪物を打ち倒すことだけを考えて行動できるようになる。

「これで、ちょっとはマシになったか?」

「ギリ気休めです」

 そうは言いつつも、スフェーンはそれ以上反論しなかった。

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