死肉の集るモノ
アレクサンドルが洞窟の秘密に触れている一方。モリオン調査団の騎士たちは、そのアレクサンドルの指示に従って、洞窟の探索を行っている。自分たちの直属の指揮官であるラブラドルと、アレクサンドルの護衛がはぐれている。合流を待たずアレクサンドルが自分一人で探索に向かってしまったことについては、物理的に崖で行く手を阻まれているうえ、魔法に関することは騎士たちにはわからぬことゆえ仕方がない。アレクサンドルも理解を求めているわけではない。必要な作業を適切な人材が行うこと、それだけが重要だ。
「ここの生き物って妙ちきりんな形してるなァ~。そんなに大きくないから気にならないけど、怪物みたいだなァ。でかかったら怖いかもしれない」
「変って、そりゃ光ってるのは変だが光ってないのはおまえ食べたことあるだろ。怖いもんか」
「えっいつ!? いつ俺ゲテモノ食いになった!?」
「ラブラドルさまのお供でコルディエーに行ったとき、美味い美味いって言ってたじゃあないかよ」
「あのタコってやつのぶつ切り!? タコってこいつなの!? 言われてみればこいつの足? ヒレ? がそれっぽい形してる気がするな……そうかあこれがタコかあ……じゃあ美味いんだろうなあ……」
「ものを知らん山育ちがよ。いっぱい食えよ」
「こんな怪しいもの食うなよそこの馬鹿ども。あとこれはイカというんだ」
「何が違うんですかソレ」
周辺の生物は見慣れないものばかりだが、幸いにも他で見るような魔物たちほど凶暴ではないのか、あるいは単に人間を獲物と認識していないだけなのか、襲い掛かってくる気配はない。
洞窟の内部は生物同様複雑怪奇で、石灰岩が溶け出してできたらしい石柱がいくつも見られ、道も途中で何度も分かれている。調査団の装備の一環として持っている方位磁石の機能には問題はなかった。そのため、行く先々で迷わないように壁に傷をつけることで目印とし、これ以上仲間たちとはぐれないよう注意深く道を切り拓く。
どうにか崖の下へ降りられる道を見つけるか、またははぐれたラブラドル王子たちと合流する。脱出経路の確保も重要度が高い。目的はあれど、光る生物しか灯りのない中、彼らにとってはどうにも果てのない冒険のように感じられる。視界に変化が現れたのは、分かれ道を三つ進んだ先のことであった。
――魚どもが集る何か。騎士たちが近づくと、小さな魚は逃げていき、そこにあったものの正体が見えた。
それは、肉片である。魚どもに食い千切られて元の形は僅かしか残っていないが、肉から飛び出た尖ったものは、人の骨だった。太さからして、足の一部。地面にできた染みは、その肉片から零れた血だった。
「なんと惨い」
「血肉が残っているということは、死んでからそう時間が経っていないはずだ」
「あの魚は小さかったから、死肉漁りですかね。今までに見たのだって生きてる我々に噛みついてはこなかったし。そうだとすりゃあ、大物が他にいるってことですけど」
「野生の獣ならばまだ良いが、アレクサンドルさまのお話を聞いただろう。街に出た百腕巨人というのは、ホークスが魔法で作り出した怪物だという。この鉱山はやつの本拠地。気を引き締めろよ」
周辺をよく見渡してみると、似たような骨が転がっている。どれも一部分しかないが、全てを集めたとして、一人の遺体も完成しない。何人分かの、身元もわからぬ食べ残しである。
「ここで働いていた者たちだろうか。これではろくな弔いもできんな」
「どうしよう、もしこの中にラブラドルさまがいたらッ」
「落ち着け、そのように不吉なことを言うんじゃあない! あんな麗しいお顔に見合わず生き汚いお方がそうそう簡単に死んでたまるか!」
「同意見だけどその言い方はラブラドルさまに聞かれたらバチクソ不敬で怒られんか?」
せめて何か死者たちについてわかることはないか、肉片に引っかかる衣服の破片であろう布切れを確かめようと、騎士たちが膝をついたその時、地面が揺れた。鉱山に足を踏み入れていつの間にか洞窟の中に放り込まれたときのように。
「またどこかに飛ばされるのか……!?」
「わからんがとにかく潰されないようにしろっ、盾で体を守れッ」
激しく揺さぶられるのを耐えながら、騎士たちは、壁に亀裂が入るのを見た。ピシリと音を立てて割れ目はどんどんと大きな傷になり、やがて壁の欠けたところから、きらきらと輝く奇妙な石が零れ落ちた。
あれは、街で見た百腕巨人の核に似ている――彼らがそう思うのも束の間、石は肉片の合間に転がっていく。そして石が触れた肉片が、もぞもぞと蠢きだす。
「何ッ、生き返った!?」
地面が揺られる中で石を中心に寄り集まった骨肉が、混ざって繋がり、形を変え、何本もの足のようなものが出来上がって、生きているかのようにじたばたと暴れだす。その中から飛び出した骨が槍のように鋭く尖り襲い掛かってくるのを、盾持ちの騎士が弾き返す。ぐしゃりと音を立てて潰れた肉塊は、しかし、まだ動いている!
「こんなのを生き返った扱いはできねえ! 新しい別の化け物だ!」
「くそっ、寄るな寄るなッ!」
百腕巨人は核を潰せば倒せるものだった。恐らくはこの肉塊の怪物も同じようなものだ。謎の石が転がり落ちてから急に化け物の形になった。しかし、肝心の石は小さく、寄り集まった肉に埋もれて、どこに核が隠れているのかわからない。
騎士たちが肉塊を斬りつけているうちに、怪物の攻撃は緩むが、体の変化は止まらない。地面の揺れが止まった後もなお、切り離された肉も他の死体も取り込んで、徐々に質量を増やしていく。膨らんだ肉塊は騎士たちを圧し潰そうとその体を暴れさせるが、それと同時、壁の亀裂がさらに伸びて地面にもヒビが入る。
「ウワ、」
ピシリ。ピシリ。パキリ。ボロリ。足元から壊れていく。慌てて逃げようとしても遅い。肉塊の化け物が崩れた岩場ごと落ちていくのに、一番近くにいた騎士も巻き込まれて落下する。仲間たちが伸ばす手も届かない。靴に化け物の骨の肢が引っかかって、引きずり降ろされる。
「ウワアアアアアーーーーーーーッ!」
落ちる。肉体を襲う浮遊感は、死と共に在る絶望だった。死にたくない! だが回避できない! 恐怖が背筋を駆け抜けて喉が震える。来たる苦痛に備えて目を閉じることさえできない。
――されど。
「うおおおおおお間に合えええええええッッッッ!!!!」
その時聞こえた声は、追い求めた主のもの。その時、どこかから石が飛んできて化け物の肢がブツリと千切れた。
「今です!」
「動けイカ腕ッ!」
状況を把握するより先に、騎士の体に別の何かが巻き付く。今度は下へ連れていくものではなく、上へ引き上げるものだった。ぼんやりと発光しながら、どこかぬめぬめと湿っているそれは、ゆっくりと騎士を運んで、崩れていない地面に降ろした。
どういうことなのか。何が起きているのか。
混乱しているのは、落ちた騎士だけではなかった。仲間たちも皆、困惑した顔をして、そのぬめついたモノを見ていた。
「怪我はないか、おまえたちッ! と言うか今落ちてったあのヤバそうな化け物はなんだッ!?」
そこから聞こえる声は確かに、よく慕う主のもの。しかしそこにいるのは、この洞窟にいた他の魚たちのように、発光する生き物。あからさまに巨大で、それは、どう見ても――。
「ラブラドルさまがイカに!!!!」
「なっとらんわッ!!!! ちょっと華麗に乗りこなしているだけだッ!!!!」
僅かに傾いた巨体の背から、発光しているラブラドルの顔が覗く。そう、騎士たちは理解した。これはイカの光が当たってそう見えるのではない。ラブラドル本人が発光していると否応なしにわかってしまった。巨大イカに乗る彼の隣に、発光していない――当たり前だが――スフェーンがいたからである。




