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虚構転成冥界紀行  作者: 味醂味林檎


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12/22

宙を泳ぐものたち、地を這うものたち

 アレクサンドルの魔眼は過去を視る。大地、空気、水、生命、この世の全てに魔力があり、それらは互いに干渉して定義を押し付け合い、現象を成り立たせる。魔眼というのは、その定義を見分けるもの。常人の瞳には映らない世界の在り方について理解する力。特に過去視というのは確定した事象に割り込むものであり、アレクサンドルの魔力が足りる限り、基本的に視えないものはない。魔眼とはそういうものだ、というのを、アレクサンドルは母や、母の親類から習った。親族たちは皆優れた能力は持たず、欲もなく、ほんのわずか、古い時代から伝わる方法で世界を理解する手助けをしてくれただけだったが、それが今のアレクサンドルの基礎となった。

 だからこそプルート鉱山の異常性は際立っている、と言い切れる。魔力に満ちた自然世界の一角で、その過去に焦点を合わせられないということは、何者かが対策を講じたというのと同義だ。隠されているから視えない。視られたくないものがそこにあるから隠さなければならない。そんなことをする必要があるのは、プルート鉱山にものを隠している人間だけだ。ホークス。ここに手掛かりがあるかもと言ったラブラドルの見立ては正しかった。

「さて……」

 アレクサンドルは周囲を見渡した。魔法による転移。空が見える場所から、どこか洞窟の中に移動させられた。鉱山の中には間違いないだろう。何しろ強い力が渦巻いているのは感じられるものの、魔眼による過去視が相変わらずできないままだ。このような特異な環境はそう多いものではない。

 恐らくホークスとしては、アレクサンドルたちを檻の中に閉じ込めるか、あるいは岩で押しつぶすことが目的だったのだろうと思われるが、騎士たちの剣に与えた打ち消しの魔法がそれを狂わせた。事前の準備はどうやら有効に働いたらしい。

 薄暗い洞窟の中、しかし視界が確保できるのは、あちこちに夜空の星の如く光る生物がいるためだ。壁や天井から枝のように生えているのは珊瑚やウミユリのようなもので、宙に浮かぶのは魚やクラゲ、イカやタコといった、どれも海の生物を思わせる姿をしている。鉱山の中だというのに、どこからそのような生き物が現れたのかはわからないが、魔力というのは扱い方次第では常識外れの事象も引き起こせるものだ。特殊な環境であるがゆえに、特殊な生物も発生する。百腕巨人ヘカトンケイルとは違い、こちらに襲い掛かるような気配がないため、ホークスが完全に全てを制御しているわけではないように感じられる。

 過去視の魔眼が通用するのであれば、限りなく近い過去に焦点を合わせて、色々なことを調べられる――が、濃密な魔力の渦を前に、割り込む隙を探すのは難しい。生まれつき魔法使いの素養を持つアレクサンドルでさえこうなのだから、魔眼を持たぬホークスが完璧に扱いきれているとは考えにくい。これを敵を捕らえる罠として運用するならば――少なくともそう使えると判断したならば――何かやつにとって都合の良いからくりがあるはずだ。

 そしてもう一つ重要なことは、崖の上である。到底登っていける高さではないが、そこには、ラブラドルの配下である騎士たちの姿がある。「足のさきっちょが引っかかって抜けない!」「引っ張ってやるから掴まれ! おいそんなに力いっぱい握りしめるなよ、こっちの腕が折れちまうだろ!」「手伝うぞ」「こいつ加減できないバカだから気をつけろ」「そんな熊みたいに言わないでほしい」聞こえてくる会話内容からして、多少の問題はあれど深刻な怪我などはなさそうだ。

 アレクサンドルは彼らに向けて、声を張り上げた。

「そこに我が騎士スフェーンはいるか。ラブラドルは!」

「お二人ともこちらにはおりません!」

 どうやら二人は転移させられたときにはぐれたようだ。だがアレクサンドルと騎士たちも崖を挟んでとはいえ近くにいるのだから、彼らもそう遠くへ行ったわけではないはずだ。何しろアレクサンドルたちは鉱山に踏み入って、弾き出されるのではなく囚われた。ここに隠れているであろうホークスは、敵を逃がさず迎え撃つつもりでいる。そもそも外へ出す理由がない。であれば、周辺を探すか、あるいは、この洞窟の魔法を解き明かして、制御を奪い取れれば合流はできるだろう。

「私はこの洞窟について調べるため奥へ進む。おまえたちはラブラドルとスフェーン、並びに我々が合流できそうな道を捜索しろ。途中で会敵した場合、まずは自分たちの命を優先するように」

「はッ! アレクサンドル様もお気をつけて!」

 彼らは彼らで訓練を受けてここにいる者たちだ。大抵のことは放っておいても自力で対処できるはずだ。アレクサンドルは彼らに解決できない部分を処理する。それが一番合理的だ。

 賑やかな騎士たちと別れて洞窟を進む。松明も何もないが、宙を泳ぐ光る魚たちのおかげで明るさは十分にある。

(坑道にしては天井の支えがない。採掘中に天然の洞窟と繋がって、それを使っているというところか)

 天井から尖った岩が垂れている。一方地面からもぽつぽつと尖った岩が生えていて、触れてみるとその表面はつるりと滑らかである。足元もぼこぼこと隆起した部分や逆に凹んだ箇所があり、歩きづらい。奇妙な浮いて光る魚たちを除けば、いわゆる鍾乳洞そのものだった。逆に、普通の洞窟に棲みついていそうなコウモリや虫の気配はなく、他の獣も今のところは出てくる様子がない。

 いくつかの段差を降りると、やがて地面も壁も真っ直ぐに切り出されたような通路に変わった。これもまた魔法による空間異常だ。ここまで来ると、僅かながら過去に割り込むことができるようになった。自然そのままの形状でない分、手を加えたところがわかりやすい。明瞭ではないが、ホークスらしき影がこの通路を通っていった過去が視える。

 ――ホークスが、筋肉質な男に案内されて歩いていく。身なりから察するに恐らくそれはこの鉱山の作業員で、ホークスにへつらう姿からして、モリオン領の腐敗の一角なのだろうことは読み取れた。だが、それ以上は焦点がぼやけてしまう。

 ひとまず敵の姿がないことを確認して、平らな通路を進んでいくと、しばらくして少し開けた場所に出る。壁は先の鍾乳洞と同じ自然の空間といった岩肌で、ここにも光る珊瑚が生えており、その傍らの比較的足元の凹凸の少ないところに机や本棚が置かれている。どうやら、この空間はホークスの工房の一つらしい。思えば、ハリーと戦った洞穴も、似たようなものだったかもしれない。魔力に満ちた洞穴に居座って、そこで魔法にのめり込む。単に彼らにとって都合が良い条件だったからなのか、あるいは、あれもまたこの鉱山の穴と繋がっていたのかもしれない。何にしても、条件を満たすことができるのなら扱えてしまうのが魔法だ。

 本棚自体には大したものはないが、机の上には城にはなかった研究資料らしきものがいくつか積まれている。ぺらぺらと頁をめくってみると、そこには魔法使いならぬものが魔法へと至るための、悍ましき秘術に関する記録が書かれている。

(これは百腕巨人ヘカトンケイルの制作方法……)

 古の時代の伝承にもその名が記される怪物。多くの頭と腕を持つ巨人、それを人為的に生み出す業。

 資料によれば、この山で採掘される特別な石――渦を巻く石は膨大な魔力を秘めている。これを与えた生物は魔物となって肉体が変質する。食事と睡眠を必要とする当たり前のものではなくなり、大地から魔力を吸い上げて動く人形となる。

 素材となる石は鉱山の奥深くで発見され、その周辺には影響を受けたらしい魔物が闊歩していた。恐らく、道中で見かけた宙を泳ぐ魚類がそれだろう。そして、それらを参考に、動物や人間を実験に使って、ハリーたちは怪物の作り方を覚えた。

 人間を素材にした百腕巨人ヘカトンケイルを使うのは、元々人間だったものであるために――人の言葉を知るものであるために、主の指示を理解できる下地があるからだ。調教の手間が少なくて済む。魔物となった時点で人としての心は壊され、思考が鈍重になり、逆らうこともなくなる。身寄りのない人間を集めて、石を掘らせるか、実験材料に。この鉱山では、そういうことが繰り返されてきたのだ。何か問題が起きたとしても、彼らを探す者がいなければ、世間に知れ渡ることもない。

 ハリーの日記には、徐々に野心を高ぶらせ、魔法の研究に手を出していく様が記録されていた。ここにある資料も含めて考えるのなら、やはりハリーたちは強大な力を得る方法として、百腕巨人ヘカトンケイルを扱うことと悪精霊を呼びだすことの二つの手段を得た。そして、より大きな力を扱うことができる後者のほうが優先された。だが悪精霊が滅び、ハリーもまたいなくなった今、ホークスには百腕巨人ヘカトンケイルしか残っていない。それに注力して、刃を研ぎ澄ませるしかない。素材となる人間、そして特別な石とやらを使って。

(強い魔力を秘めた石か。ここのような魔力に満ちた洞窟ならば、そのようなものも生まれよう。それを呼び水として大地を操ることも、不可能ではあるまい)

 百腕巨人ヘカトンケイルには魔力を吸い上げる性質が宿る。それはつまり、大地に干渉できるということだ。魔物自体に思考能力は少なくとも、何かしら工夫をすれば、いくらでも機能は拡張できよう。

 そうした百腕巨人ヘカトンケイルの特徴と洞窟の魔力について知ったところで、大地がごうと震えるのを感じる。また鉱山に変化が起きている。何かを思考する暇もなく、目の前の壁にヒビが入り、ボロボロと崩れていく。体勢を崩さないように机にしがみつき、砂埃に気を取られて一瞬目を閉じた。次に瞼を開いたとき、視界に映ったのは。

「あれは――」

 崩れた壁の向こう側。深き地の底に、光る魚たちを喰らう獣がいる。肩から背中から伸びる何本もの肥大した腕、真っ当な生物ではあり得ざる数多の目玉。ホークスの兵器、百腕巨人ヘカトンケイル。街中で見たよりも、ずっと、大きい――。

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