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虚構転成冥界紀行  作者: 味醂味林檎


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不思議洞窟探検隊

 奇妙な洞窟の中で、二人の男が神妙な面持ちで向かい合う。互いの存在が不安を紛らわせ、気持ちを浮上させる。

「このボクとおまえが偶然的にも近くにいたことは幸運だった。怪物が出そうな感じのわけわからん場所で一人っきりだと誰だって心細くなるものだからな! おお、恐怖スリルッ! 実際ボクとてちょっぴり涙が出たそんな気がする。しかし仲間がいるとなれば落ち着いてものを考えられるというもの。これぞ希望の光! 共に手を取り合い、この窮地を乗り切ろうではないかッ!」

「そうですね」

「ボクに対して気を遣うこともないぞッ。いや誰であれ人として最低限必要な礼儀というのはあると思うが、特にボクは王弟なのでナメてかかられるとそれはそれでとてもすごく困るが、緊張しすぎて肝心なときに動けないッ! 空回りッ! そういうのが一番良くない。畏まるのは程々に、非常時ゆえ多少のことは目を瞑る心構えをしているとも。そういうわけなのでまずは互いに意見交換といこう。これからどうする?」

「ひとまず、アレクサンドル様と他の皆さんを探さなくちゃあなりませンね。それか外に出る。移動です」

 はぐれた仲間と合流するか、あるいは脱出経路を見つける。自分たちの居場所がどこかもはっきりとはしないが、全く未知の遠方に飛ばされたということはないだろう。それほど便利な力があるのなら、悪精霊が現れたとき、自在に国中を蹂躙できたはずだが、実際にはあれの破壊はゆっくりと移動しながらのものだった。ということは、ハリーの陣営にいたホークスの力はそれほど融通が利くものではなく、何かを移動させられる距離には限りがあると見てよい。

「とりあえず灯りは大丈夫そうですし」

 光る枝の間にいたのは、何もスフェーンだけではなかった。エビ――本当にエビなのかどうかはわからないが、殻があってそれらしい形状なのでそう呼ぶこととする――がいた。このエビは泳ぐように空中に浮かび、発光する液体を吐き出す。水辺にいそうな見た目をしているが、辺りに水はなさそうだ。奇妙な生物である。このような生き物は聞いたことがないが、恐らく魔物の一種なのだろう。エビの他にもタコやクラゲのようなもの……も宙を泳いでいる。本来真っ暗闇であるはずの洞窟の中でもある程度の視界が確保できるのは、これらの謎の生物も枝と同様に発光しているからである。

「じゃ早速出発しますか」

「待てッ、捜索は賛成だが、ボクがいたほうはこういうのが全然なかった。一匹くらい捕まえておくべきではないか? こいつとかでかくて頼れそうだ! ちょっとヌルついてるが絡みついてくるので落とさなくて済むはずッ!」

「それホントに頼っていいやつなンです?」

「左手が塞がっても右手で剣を持てるのでよい! 魔物のイカであればちょっとくらい握っていてもすぐ弱ることもあるまいッ」

 よくわからない生き物ではあるが、光って宙を浮く以外は特に普通のイカと違う様子はない。ラブラドルの左腕はがっちりと吸盤に吸い付かれているが、服や皮手袋を貫通したり腕を折ったりするような力はなく、危険性はなさそうだ。それならば確かに問題はない。薄暗い洞窟の中ではその光は少々眩しいくらいだったが、しばらくして目が慣れた頃、二人は出発した。

 謎の生物の光に照らされた洞窟は、やはり妙な場所で、自然の穴のように見える岩肌が続くかと思えば、岩を切り出して整えたかのように平らな通路や壁が現れる。かといって、地盤を支えるための坑木は見当たらず、資材を運ぶ手押し車が通れないような細い道も多いため、普通の坑道とも違っているようだ。そしてやはり、発光する生物が宙を浮いている。

「わけのわからん場所だッ……」

「魚っぽいのが多いけど、こいつらって美味いンですかねえ」

「食う気なのか、これをッ!?」

「前にコルディエーで食べた焼きエビは美味かったですし……」

「そうなのか……でもそれは光っていない普通のエビだったんだろう? ならばこれはやめておけ。得体の知れないものは口に入れてはいけないと相場が決まっているッ」

「持ち歩くのはいいンですか」

「口に入れなければセーフだとも相場が決まっている」

 軽口を叩くのは緊張を紛らわせるためだった。深夜のような暗闇を、光る枝や生き物が星のように煌めいている、この光景をただ美しいと受け取るだけの余裕は二人とも持っていない。ここは敵地で、仲間とはぐれて、見えるものは全て知らないものだ。それで恐れを抱かずにいられる者は限られている。

「他の騎士たちも皆無事であると良いのだがッ。そもそもどうしてボクたちは無事なのだ? 何がどうして五体満足なのだろう」

「ううむ、アレクサンドル様のまじないのおかげかもしれません。皆、剣を抜いていたじゃあないですか。それが我々を押しつぶすものを斬ったンでしょう」

「……そんなに便利なものだったのかッ!?」

「さあ、魔法のことはよく知りませンが、自分たちが生きてるのはそういうことなんじゃないかと勝手に思っていますよ。相手が自分らを殺すための魔法を作ってきた、それを壊した、だから生きてる。その理屈が正しいンなら、他の皆も生きてるでしょう」

 希望的観測ではあるが、何しろ正確なことはスフェーンは何も知らないので、良いように考えるしかない。剣にかけられたまじないは、怪物を作り上げる定義を打ち消すための魔法。それが、たまたま他の魔法を打ち消すのにも有効だった。スフェーンの曖昧な分析について、それでもラブラドルは納得したらしかった。

「そうか……ならばこの洞窟がへんてこなのもそのせいかもしれないな。本来はきちんと我々を閉じ込めるための、それらしい迷宮とか、檻とか、そういうのになるはずだった予定が、壊れて滅茶苦茶になった……そんなところではないだろうか。うん、よくわからんな! とにかく怪しい魔法を打ち消せるとは流石は兄上、救国の魔法使いと呼ばれるに相応しい慧眼と技量をお持ちなのだなッ」

「まったくです。自分が余計なことを言わなきゃ、そもそもこんな罠にかけられずに済んだかもしれんのですが」

「余計なこと?」

「ご負担があるのはよくないとなるべく魔眼を使わないようにお願いしていたンです」

 国王ベルトランの命令でもあるが、魔眼というものは相応の負担がかかるもの――らしい。それがどれほどのものか、そのような力を持たないスフェーンは正しく認識しているわけではないが、悪精霊と戦った後のアレクサンドルがしばらく医者に養生するよう言いつけられていたことは知っている。聞く限り、どうにも魔眼というのは扱うのが大変そうだということは伝わった。

 無茶はさせたくない。スフェーンには貴族社会のあれこれはわからないが、少なくともナロドナヤでの暮らしに不満を感じたことはなかったのだから、領主としてアレクサンドルは必要なことをきちんとやっているのは間違いないのだ。そのうえで、今度は宰相として国の全体のことも考えていかねばならないというし、彼の仕事は増える一方だ。それならば減らせる負担は減らしたい。どれだけ優秀であろうとも、人には許容の上限がある。

「アレクサンドル様は立派なお方ですから、本当は自分の護衛なんぞいらんのですよ。一人で何だってできてしまう。とはいえです。アレクサンドル様が全部できるからって任せきりにして、自分にできることまで投げ出してしまうってのは話が違う。他の誰かができることなら、その重荷は分け合ってもらったほうがいい。どんなに立派なお方だろうと、アレクサンドル様は一人しかいない。だからご自分を大事になさってほしいンですが、こう……上手くいかんものですね」

「主人を案ずるのは何も間違いではないだろう。いざという時のために力を温存しておくというのも戦術のうちだ。兄上自身がその提言を受け入れたのだから、おまえが気負うことではあるまいよ。もしかしたらおまえが気づかないうちに魔眼を使っていて、そのうえで此処へ来たという線もないわけでもない」

「それは……そうかもしれませんが、護衛すらままならんのでは……」

「何、どういう事情であれ、早いところ合流できれば良いのだ! こういうのは経過より結果! 悪党を討ち滅ぼし、無事に帰還できれば、そこまできついお叱りは受けずに済む……はずだッ! というかそんな真っ当に人を案じられるのならボクたちの兄弟より全然マシだからもうちょっと胸を張っておきたまえ。そういうの大事な感性だからな」

 ラブラドルの兄弟――アレクサンドルの兄弟。スフェーンがその言葉に引っかかって一瞬足を止めたのに気が付いたのか、ラブラドルは「勿論アレクサンドル兄上やベルトラン兄上は立派な方だぞッ」と弁明するように言った。要するに、他の、あまりアレクサンドルとは親しくない兄弟たちのことだ。

「自分にも兄がいますが、兄弟ってのは、そんなに大変なものでしょうか。そりゃあ、ちょっとした喧嘩なんぞはよくありましたが」

「庶民であればそれで済む。だが王族の場合は別だ。特に父上はなあ……妃もその子供たちもとにかく多かったからなッ。そうなるとモメるのだ。兄弟と言っても母が違えば王宮ではほとんど他人だからな! 良くない方向に遠慮がない。最近だとハリーとセレスが国をしっちゃかハチャメチャにしたのが印象深いが、それ以前もなかなかどうしてひどかった。恥ずべきことだが、気づいたら兄や姉が減っているとかザラだった。王族としての責務をほったらかして趣味に没頭しているやつもいるが、そういうのがまだマシな部類と言える」

「そういえば、ホークスの前の主も王族の方なンでしたね」

「リーベックだなッ。やつは優しげな顔をしていたが、実際のところボクみたいな下から数えたほうが早いのにはあまり興味がなかった。いや、脅威だとみなされてなかったって言うのが正しいか。おかげでボクは事件には巻き込まれずに済んだが、そもそも事件が起きなければより心も平和的に過ごせたはず。やはりろくでなしだったな。国を荒らす外敵ならまだしも、野心のために顔見知りすら躊躇いなく殺せるやつがまともであるものかよ」

「……その、リーベック王子がホークスに唆されたって線は?」

「どうだろうなァ~、粛清された奸臣どもは一人や二人じゃないからなァ~! それに、もし首謀者がホークスだったとして、やつだけが特別賢しらだとも思えん。何しろ失敗しているわけだからなッ! 他の兄弟たちを貶められても、長兄二人に手が届かなかったのだから、その程度のものだろう」

 主を乗り換えて生きながらえたホークスについて、ラブラドルの評価はスフェーンが予想したより高くはなかった。

「リーベックのみならず、ハリーも負けたのだ。二度も機会を得ながら主を勝たせられなかった、志を同じくする仲間さえ救えなかった、そんな男が果たしてどれほど恐ろしいものだろうか? いや今は魔法というのがあるから恐ろしいのは恐ろしいな。すまん、この発言はまるっと忘れたまえッ」

「はあ」

 魔法という神秘的な力については、専門の知識がないスフェーンやラブラドルには評価ができない。どういう理屈か怪物を作り出して操り、鉱山の岩をも自在に動かすのだから、他にも何かあるかもしれない。未知なるものは警戒対象である。

「とにかく魔法以外は大したことないけど魔法だけはわからんから何とも言えないってことですか」

「うん、まあそういうことだなッ! それにしても魔イカよ、ちょっと周りが暗くなってきたぞ。もっとはりきって光らんか。あっこらスミを吐くんじゃない! 連射するなッ、グエーッペッペッ、ちょっと口に入ったではないかッ!!! おっとなんだスミも光るし浮くのか……やはり不思議生物、不思議洞窟だな……えっまさかボクも光っている? いやこの際気にしない。ムッ、何かある。足元に気をつけろ」

 奇怪な通路を抜けたところで、イカの光で足場を照らして確かめると、ぽつぽつと地面に埋まった石らしきものがある。それらに囲まれて、丸い巨石らしきものが鎮座している。

「これは……岩……いや、巻貝……か……?」

 その丸石は、よくよく観察すればくるりと渦を巻いた発条ぜんまいのようにも見えた。表面には節くれ立った段差がついていて、その段差の欠けたところから、つるりとした内部が僅かに露出している。それは、光を反射して、虹の如く七色に煌めいた。

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