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虚構転成冥界紀行  作者: 味醂味林檎


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10/22

大穴

 単純作業のまじないの傍ら、アレクサンドルは此度の敵について考察していた。

(やつは生まれながらの魔法使いではなく、勇士たる逸話も聞かない。野生の魔物を操れるほどの技術はなく、他の怪物の作り方も知らんだろう)

 ホークスはハリーの側近として魔法に関わってきた。これは間違いなく、ハリーの手記からしてあれこれと実験を行い、成果を得てきたはずである。しかし悪精霊の事件の際には、悪精霊以外のものは出てこなかった。恐らく研究の中でそれ以上に優れたものが得られなかったからだ。そして同時に多数の怪物を操ることも難しいはずだ。そんなことができるのなら、悪精霊のみならずハリーのために兵器の軍勢を作ったはずだが、そんなものはなかった。街の中に現れた百腕巨人ヘカトンケイルも一体だけだ。粛清への抵抗で余力を残しておけるはずはないのだから、それが全力であると見て間違いない。ならばいかに数を減らしたとて、調査団の騎士たちとスフェーンがいれば、百腕巨人ヘカトンケイル程度のものは十分抑え込める範囲であろう。鉱山作業員がこちらの指図を聞くのなら逃がせばよし、敵対するようなら周りに配慮せず戦えば良い。あれは巨体で怪力を持つ化け物だが、言ってしまえばそれだけで、弱点を突けるのなら他の獣と変わりはない。

(魔眼では焦点を合わせられない。それだけこの地は特殊な環境になっている。細工なのか、元々の土地の特徴か、どちらにせよホークスに有利な地だ。この場にやつが逃げ込んでいたとして、露天掘りの鉱山。隠れられる場所は多くない。どこかに坑道を増やしていたとしても、掘れる場所も限られている。そこでやつにできることがあるとすれば……)

 するべき作業が全て終わったころ、馬車の揺れが止まり、アレクサンドルは思考の海から浮上する。

「着いたか……」

 馬車を降りればよりその全貌がはっきりと浮かび上がって見えた。魔物除けの柵に囲まれて、空を呑み込むような、白い大穴が広がっている。

「これがプルート鉱山……話には聞いていましたが、実際に見ると迫力がありますねッ」

「悪精霊が空けた穴と同じくらい深そうだな」

 長年山頂を削り、さらに螺旋状に岩肌を砕いて地下へと掘り進めた結果だ。下のほうは雨が溜まったのか、水たまりができているのが見える。穴の淵の傍には、二階建ての長屋が建っていて、周辺にはつるはしや手押し車が無造作に並んでいた。

 しかし、人の姿はない。ここには少なくともホークスが連れてきた作業員が働いているはずだが、人の気配がまるでない。聞こえるのは風の音だけで、不気味なまでに静かすぎる。

 長屋の戸を叩いてみるが、これも返事はない。鍵はかかっておらず、中を検めると、一階は事務所になっていて、二階は作業員の居住スペースらしかったが、どこにも人はいなかった。

「人間がいないってことは、ここの連中も全員逃げ出したか、それとも穴の下のほうに隠れるところでもあるのか」

「それならまだいいが」

 従業員の多くは、ホークスが調達してきた、身寄りのない人間たちだ。彼らも魔法の素材にされていても何ら不思議はない。あるいは単純に、過酷な鉱山労働の犠牲かもしれない。どちらにせよ、ろくな扱いではない。

 事務所に人間はいないが、人がいたような気配は残っている。机の上に帳簿や茶を飲み差しにしたコップがそのまま置かれている。そこへラブラドルから「金庫に鍵がかかっていますが、中を検めますか」と確認があった。アレクサンドルが許可を出し、調査団が金庫を破壊すると、中にはベルゼア通貨であるオーロ金貨が詰め込まれていた。中身があるということは、事情を知って逃げ出した人間はいないのと同義であった。罰を恐れるものがこれを隠すこともなく、持ち出しもせず、ただ置き去りにする理由はない。魔眼で視るまでもなく、わかりきったことだった。

「こいつは……よくないやつです?」

「そうだな。剣を持て。ここにまともな人間は既にいないものと思え」

「――っ、はい」

 いるはずの人間の気配がない鉱山だ。元より罠の可能性も織り込み済みだったが、実際にこの場所に辿り着いて、それは確信となった。ここから必要なものは、その罠ごと斬り伏せるだけの力だけである。

「下へ行くなら我々が先に参ります。皆準備せよ! 兄上は安全を確認できてから……」

 ラブラドルが配下の騎士たちに声をかけ、次の調査へ移ろうとしたそのとき、大きな揺れがあった。

「これは……!?」

「外へ出ろ! 潰されるぞ!」

 悪精霊が国土を破壊した時と似た激しい揺れだ。長屋が崩れて屋根が落ちてくる前に、急いで外へ退避する。

「――岩が宙を浮いてる!」

 それは誰が叫んだのだったか。

 空に浮かぶは切り出されたかのように真っ直ぐな断面をした岩。ぐらつく足元のせいではない。これは魔眼による視界の混乱ではない――実際に空間が変形している!

 積み木が崩されるように、あるいは組み替えるように、鉱山が形を変える。それは迷路に似て、複雑な段差が出来上がる。これは魔法だ。空間に干渉している。この地を訪れたものを呑み込もうとする悪意。

「斬れ、スフェーン!」

 その声は果たして届いたか。




◆◆◆




 理解不能な現象に押しつぶされた――ような、気分を味わった。

「ウワーーーーーーッ!!!!」

 ウワーッ。ウワーッ。ウワーッ……思わず口から飛び出した叫び声は、暗闇の中で反響する。それによって、ラブラドルは自身の状況を認識した。

「ッハァ! 生きている……」

 体を起こし、手探りで周辺の環境を調べる。ほとんど何も見えない暗さの中でも、壁の冷たさは理解できる。ごつごつとした岩肌からして、どこか洞窟の中。坑道のどれかかもしれない。頭が痛い。これは恐らく知らないうちに何かに打ちつけたのだろう。目を覚ますことができたので、そう悪い当たり方はしなかった……と思いたい。とりあえず、血が出るような怪我はしていない。

「一体何が起こったッ……ハッピーバレー! カートライト! シンプソン! ネイン! その他! ……だーれも返事がないッ。近くにはおらんのかッ。誰もおらんのかーッ! アレクサンドル兄上ーッ! 兄上もいらっしゃらないのですかーッ!」

 仲間に向けた呼びかけは、しかし返答はなく、そこにあるのは自分の声と足音だけだ。

「完全に分断されてしまったか……いや……まさか……うおあああああッまさかッまさかッ! 生きてるのはボク一人なのかああああああァッ!」

 長屋から外へ出た後、わけもわからぬまま、ラブラドルは一人にされた。視界は悪く、行くべき場所も見出せず、支えとなる仲間もいない。尋常ならざる状況は、ラブラドルの心を急速に蝕んだ。

「どおおおおおうしろというのだッ! 救国の魔法使いさえ対抗できないような超絶的大問題をボクだけで解決できるか? ワケない! そんな気がまるでしないぞーッ! となれば日々生きるため労働に励んでいるのにボクときたらこんな暗くて寒いところで惨めに独りで怯えながらひっそりくたばってしまうというのかァッ! そんなー!」

 心細さを吐露しても、誰も慰めてはくれない。それが猶更悲しく苦しい。ラブラドルは膝をついてひとしきりすすり泣き、噎せて鼻水をたらしながら涎を吐き散らかした後、立ち上がって歩みだした。この暗闇の中で、視界の端に薄らとした光を見た気がしたのである。火に向かう羽虫のように無防備ではあったが、しかし、虚無の中でうずくまるよりはましだった。

「お、おお……おお……?」

 果たしてそれは幻覚ではなかった。地面から、あるいは壁から、苔のような、枝のようなものがいくつも生えている。それが自ら発光している。植物、というには見たことのない形状をしていたが、それ以外にラブラドルには表現すべき言葉が見つからない。とにかく、暗黒を照らすものが何であれ、視界で周辺を把握できるようになったことは、絶望に打ちひしがれた心を僅かに浮上させた。

「あっ!」

 光る枝の間に、人が倒れている。慌てて近づき、顔を確認すると、それは見覚えのあるものだった。

「兄上の護衛ではないか! 確かそう……名はスフェーンとか言ったな! 意識がない? 脈は……ある、呼吸もしているか。じゃあ元気! おい起きたまえ! こんなところで転がってる場合ではないぞッ!」

 気を失っている男を揺り動かし、顔を軽くはたきつつ呼びかける。しばらくすると「うう……」と呻き声が上がった。

「うぐう……ラブラドル殿……?」

 男は目を覚まし、傍にいるものを認識した。これで一人ではなくなった。

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