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ゲップをしたときにも一瞬だけ心が凍る

作者: 浅賀ソルト

 僕は普段の昼食は弁当なんだけどたまにコンビニで買いなさいとお金を渡されることがある。そこで初めて異物混入という事案に遭遇した。

 弁当を買うというのはそれ一品になってしまうのがなんか嫌なので、サンドイッチとおにぎりと、気持ちサラダも買ってなんかほかにちょっと買ってみたいなことをする。

 現場はおにぎりだった。ブツは昆虫だった。

 昼休みにコンビニの袋を出して、「今日はコンビニ」なんて言っていた。たまのコンビニ飯は僕は好きだった。

 最初に食べたのがおにぎりだった。高菜ご飯の直巻きタイプで——分かっていると思うけど別に種類が問題じゃない。風評被害を招きたいわけじゃない——海苔を巻くのではなく包装を矢印に沿って取り出すとビニールのところを持ったまま口に入れた。

 一口分を噛み取り、もぐもぐと咀嚼した。

 あとから思い出してもその一口にブツがあったのかどうか確信がない。なんとなく、記憶の中では、あの昆虫の脚のあのトゲみたいなのが口のどこかに触れたような気がするんだけど、確かに食ったのかと問い詰められれば、絶対に食ったとは言い切れないですって答えるかもしれない。

 ……けど、たぶん、ちょっと食った。脚を食い千切ってもぐもぐしてうぐんと飲み込むところまでやった。喉を通っていったと思う。

 次の一口を食おうとして食い千切ったおにぎりを見て、虫がまるごと埋まっているのを見た。脚のところは切れていた。

 ん

 うわっ

 ドラマでは放り投げるところだけど、僕は冷静に机の上に置いた。その噛み口をじっと見た。すぐに吐き出そうと口を開いたけど、普通に最初の一口は胃まで落ちていて特に吐けなかった。嘔吐まではいかなかった。

「ん? どうした?」向かいで一緒に食べていた高沢が言って、隣にいた森中が僕のおにぎりを見て「うわっ、虫だ」と言った。

「おにぎりに虫が入ってる」

 教室が騒然となった。え、マジかとみんなが寄ってきて僕が置いたおにぎりをまじまじと見ては「うわっ」とか「ムリムリムリ」とか言っていた。

 誰かが写真を撮って、それからはみんなが写真を撮った。

 シャッター音がしばらく続き、机に置いたオニギリの記者会見みたいになった。

「河邊、大丈夫か?」

 河邊は僕の名前だが、僕はじっとおにぎりの噛み口を見ていた。

「河邊」

「ん、ああ」二回呼ばれないと返事をしないということが現実にあるんだとこのとき知った。

「大丈夫か?」

「いや、ちょっと気分悪い」

 僕とは無関係なところで高沢が会話をしていて、それが耳に入ってきた。こういうときってどうするんだっけ? 救急車? それに答えて高沢の友達が、いや、違うだろ、どこかに問い合わせるんじゃないか?

「違う違う」森中がその声を拾った。「こういうときはパッケージのどこかに問い合わせ先が書いてあるんだ」

 クラスの何人かが「ああ」と言った。

 何か食べるときなんとなく成分表を読んじゃう奴というのは何人かいて、そういうタイプが心当たりがあるために声を出したのだった。

「ん、いいか?」森中は僕の方を見てちょっと確認したけど、こっちが反応できないのに気づくと、手を伸ばして机の上のおにぎりを取った。

 パッケージのところをじっくりと読む。

「問い合わせ電話番号が書いてある。誰かメモってくれ。高沢」

「ん、ああ」

 メモってと言われて高沢は素直にノートとシャーペンを取り出した。

 森中がフリーダイヤルを読み上げ、高沢がそれを書いていった。

 教室の中の何人かは、もう絶対SNSに上げている感じだった。いいねが付くのを待っていた。

 僕は結局、お客様センターとかに電話する気もなれなくて、森中が電話をしてやりとりをしていた。

 やりとりの中で、「一口食べちゃって、本人はショックで問い合わせできないので代理でやっています」という声が聞こえてきた。

 そうか。僕はショックなのかとそのときになんとなく思った。


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